第6話
2017年4月下旬。桜もぼちぼち散り始めた頃だったと思う。
ルナは何時間もかけて5匹の仔猫を出産した。
疲れきって子供達と一緒にぐーぐー寝ていた。
「お腹痛い。」
オカンがダルそうに言う。どこか具合でも悪いのかと聞くと
「ルナちゃん見てたら私までお腹痛くなってきたわ。アンタを産んだときを思い出すわあ。」
そう言い残すと猫と一緒にぐーぐー寝始めた。
知らへんがな、と思ったがこの調子では夕飯は自分で用意したほうが良さそうだ。
私は冷蔵庫を開け、卵と人参、ウインナーを出す。
バタン、と閉めると食材を持って台所へ向かう。
そしてそのへんに常温で放置されている長ネギを手に取る。
私はチャーハンしか作れない。
ピーラーでささっと皮をむいた人参を半月切りにする。
続いてカチカチとコンロに火を点け、フライパンをかけ、適当にごま油をしく。先ほど切った人参を投下、そのまま上から調理ハサミで長ネギとウインナーをチョキチョキ切って落としていく。
食器棚からシリアル皿を取り出すと、その縁で卵の殻を軽くたたき、割って中身を皿に入れた。
箸でカチャカチャ溶いてフライパンに注ぐ。じゅわじゅわと卵が焼ける音を聞きながら、炊飯器からご飯を卵を溶くのに使ったシリアル皿に多めによそってフライパンにブチ込む。
具材を箸を使って混ぜながら炒める。
塩コショウ少々と、醤油を加えてさらに炒める。
なんやかんやでチャーハンっぽいのが完成した。
シリアル皿に盛り付け紅しょうがを乗せれば色合いもなんかいい感じだ。
汁物はインスタントのポタージュ。粉末をマグカップに入れてお湯を注ぐ。
それらを机に並べると、私はレンゲでチャーハンを口にかき込む。
盛った皿に風情がなくとも、レンゲで食べればチャーハンは美味しく召し上がれるのだ。
自分で作った夕飯をたいらげると、私はこれからどうするか思案する。
猫のことを相談するような友人知人は、私にはいなかった。
だったらもうインターネッツで調べて、里親を探すしかない。
とにかく行動しなくては。
言い知れぬ不安でいっぱいだが、早急に迅速に事を進めないと大変なことになるという予感があった。
仔猫はあっという間に大きくなるのだ。
それが5匹もいるのだから、想像するだけでぞっとする。
私がリビング中を5匹の猫が飛び跳ねてるのを想像して青ざめていると。
(夕方の散歩いってないんですけどおおおおおおおお!!!)
ニコラスがバウバウ吠え始めた。
時刻は8時すぎ。
オカンが猫のことで寝込んでいたなら当然散歩は行けていなかったのだろう。不満げに吠える。
こんな大変なときでもお構いなしだ。もちろん彼には関係ない。
仕方ない、腹ごなしに散歩に付き合おう。
私は食器を片付けると散歩支度をする。
しかし私は面倒くさくなどなかった。
オカンが散歩に行ってないことは、僥倖だとさえ感じていた。
もしかしたらあの方に会えるかも知れない。
そんな期待があった。
その方は近所の野良猫に餌を与えて回っている。
住んでいる家の周りにいる野良猫だけではない。
2キロほどの道順にいる野良猫の様子を歩いて見て回っていた。
着物を着て、頭にニット帽をつけた、どことなく気品を感じる雰囲気の年配の女性だ。
あるときニコラスが置いてある猫の餌をペロリと食べてしまったことがあった。
そのときその方は
「あらあら。貴方、ワンコなのにニャンコのまんま食べて大丈夫?」
と笑ってくれた。
私はてっきりヒステリックに怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。
野良猫に積極的に関わる人間に、私は過度な偏見をもっていたのだ。
それからお会いするたび、ニコラスは餌をねだる様になった。その方は、笑って野良猫に与えるはずの餌を分けてくれるようになった。
その方とはニコラスと散歩にいくとしょっちゅうお会いした。
夜の散歩でも、夕方の散歩でも、雨の日も風の日も、本当にしょっちゅうお会いしたのだ。
大雪のときなど、
「こんな天気でも散歩なんて大変ねえ。」
と心配された。
私はこちらのセリフだと思ったが、気になって仕方なかったので思い切ってたずねた。
何故一日に何度も見回っているのか。
何故猫を家に連れて行かないのか。
何故こんな悪天候でも野良猫の様子を見に行くのか。
その方は答える。
野良猫はその場所にいけば必ず会えるわけだはないということ。
餌をすべて食べきるわけではないということ。
食べ残しを片付けなければいけないこと。
人に慣れていない野良猫は、家に連れ帰ってもすぐ出ていってしまうこと。
すでに4匹猫を飼っていること。
そして最後に
「こんな寒い日に、猫が飢えていると思うと家でジッとなんてしてられないのです。」
そう教えてくれた。
見回りの道にある小さなお堂にいるお地蔵さんに手を合わせ、お祈りをしている姿に、私は猫ハウスの住人とこの方は違うのだと理解した。
ああ、この方は、猫が可愛いとか、猫を触りたいとか、そんな自分よがりな気持ちで動いているのではないのだな。
何がその方を突き動かすのかはわからない。
だが私は深い感銘を受けたのだ。
私はその方を、猫地蔵の母とお呼びしている。
私に猫のことを相談できる友人知人などいない。
だが、ニコラスは別だった。
彼も異常に人懐っこい犬だ。
散歩中に前から通行人がくると、その場で伏せてその人が果たして犬好きがどうか見極めたりする。
知らない人に話しかけられれば大喜び。
犬を連れて散歩してる人を発見すれば大喜び。
そんなわけで、名前も知らない「ニコラス関係の人」という謎カテゴリの知人がそれなりにいるのだ。
その中でも猫地蔵の母は別格だ。
もう勝手に友人としてしまっても差し支えないとも思う。
ともかくニコラスは人を引き寄せる何かを持っているのだ。
私はそれに期待せずにはいられなかった。
猫地蔵の母にお会いできれば、今抱えている問題、不安を払拭できるのでは、と。
ブンブンと尻尾を振り、私を見つめるニコラスを見つめ返す。
「きっといい方向に流れが変わる気がするんだ。俺に力を貸してくれ、ニコラス。」
そう呟き、私たちは散歩に出かけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます