第2話
「??!!えっ?あ、?????」
リビングに小さな天井付きのサークルが置かれていた。
中には毛布が敷かれていた。
その上にあの白い猫がうっすらと目を細めて座っている。
毛並みはボサボサ。体はガリガリ。顔はグシャグシャだ。
昨夜と今朝、オカンに話したあの汚い白猫だ。
「・・・カン」
これはあれだ。あさきちと同じパターンだ。
「オカアアアアアアアアアン!!!」
私は説明を求める為に、とりあえず叫んだ。
「はいはい、お帰りなさいね。」
台所からオカンが出てきた。家に帰ったらまずはあいさつだ。
「うん、ただいま!で、これは?猫ハウスに行ってきたの?」
「そうよ。ふふふ。」
オカンはタオルで手を拭きながら笑った。そして付け足す。
「アンタが言ってた通りびっくりするくらいきったないわね、この子。」
今朝、オカンは私が家を出たあとにニコラスと散歩に出た。
私がわざわざ猫ハウスに行ってみるように言ったのには理由がある。
私とオカンでは、ニコラスの態度や散歩の仕方が異なるのだ。
私とオカンで異なるのではなく、ニコラス本人が散歩の相手を見て散歩コースを変えたり、散歩中に会う人や犬への反応を変えている、らしい。
散歩にかかる時間がオカンは朝、夕30分ずつ散歩するが、私は夜1時間だ。。
ニコラスは母を気遣い、ゆっくりオカンの後ろについて散歩する。餌をくれるオカンを慕い、敬意を払っているようだ。
だが、私はどうも同格以下の群れの一員と認識されているらしい。ぐいぐいリードを引っ張ってその日の気分で好きに散歩する。
とにかく違うコースを散歩しているのだ。
私とオカンが情報交換しているのは、つまりそういうことなのである。
猫ハウスはオカンが今の時期に朝の散歩ではあまり行かないコースにある。ニコラスは、寒い時期は散歩が少し短くなる。暖かい季節ならオカンとも猫ハウスを通るコースを散歩することもある。
もう帰りたそうなニコラスと一緒にオカンは猫ハウスを訪れた。
3つ並んだダンボール箱の一つに、その白い猫はいた。
私から聞いてはいたが、あまりにも不衛生な姿に言葉を失う。
白い猫は箱の中からこっちをみていた。
オカンは猫を確認すると、猫ハウスを後にした。
そして散歩を折り返し、再び猫ハウスを通過しようした。
そのとき白い猫が、箱の中から飛び出した。
オカンも私と同じように驚いただろう。
白い猫はニコラスに擦り寄ると、顔をベロベロ舐め始めたのだ。
ニコラスもお返しと言わんばかりに白い猫の顔をベロベロ舐めまわす。
その様子を見て、やはりオカンも白い猫のやせ細った体に気付く。
オカンは思った。
「こんな場所ではとても寒い冬は越せないってね。」
オカンは私に夕飯を用意してくれながら説明してくれた。
私は戸惑いながら、納得しながら、だけども不安を感じていた。
「まあ、そりゃあそうだけど。この子は首輪をしてるんだぜ?もしも飼い主がいたらどうするんだよ?」
「そのときはそのときよ。」
「あの猫ハウスの人たちは、ちょっとおっかないぜ?」
「気の小さいやつだね、アンタは。あんな衰弱した仔猫をあんな箱に押し込めてる人なんて飼い主じゃないわ。」
「・・・。」
なんでこの人はこんなに強気なんだ。
私は肩をすくめてお茶をすする。
「アンタ明日はお休み?」
私はシフトを確認する。明日は休みだ。ならもうすることは一つ。
「わかった。オーケー。車を出せばいいんだろう。オカン、あなたは正しい。考えるのが、馬鹿らしいほどに。」
私がああだこうだと考えながらも「このままでは死んでしまう」と、不安要素を全部とっぱらて、最優先事項を決めたオカン。その選択に、私も乗っかることにした。
翌日、動物病院で診察を受けると白い猫は風邪と診断された。
注射を打ってもらい、薬を処方してもらった。
とりあえずこれで一安心だ。
オカンが受付で薬と、診察券をもらっていた。
「名前がないと診察券が作れないから今決めたわ。」
オカンが胸の前に緑色の診察券を突き出す。
診察券には『月ちゃん』と書かれていた。
「・・・?つきちゃん・・・?」
私はなんでそんな名前を?とたずねる。
「月と書いて、ルナ。この子は今日からルナちゃんよ。」
ずいぶんド、いやキラキラした名前だと私は苦笑する。
2016年の年末。
こうして白い猫、ルナは我が家にやって来た。
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