第4話

ハチはうちのあさきちに次ぐNO.2的な猫だ。

「猫入れ替わり事件」を経て家猫となった。

顔が「八割れ」と呼ばれる模様ということを知ったオカンが

「じゃあこいつはハチ。はっちゃんね」

ハチと名付けた。

あさきちもハチも食事とトイレと睡眠も家でしているが、勝手口から外へは自由に出て行っている。

以前あさきちは台風で迷子になって一ヶ月近くも帰ってこなくなったときがあったが、無事帰ってきてそれからも家と外を自由に出入りしている。

とりあえずうちでは猫はそういう風に飼っているのだ。

しかしオカンはルナは部屋で飼いたいと、猫用のサークルを用意した。

のだが、どうにもうまくいかず結局他の2頭と同じ生活を送ることになった。

あさきちはもともとハチを煩わしく想っている節があったのでルナにもあまり構うことはなかった。かわりに攻撃したりすることもなく。

(なんや新しいのきとるやん。知らんけど。)

といった感じだ。

ハチは逆にあさきちを慕って野良からうちの家猫になったこともあって友好的だ。というか歓迎状態だった。

(きみかわいいでヤンスねえ。あっしと遊びやしょう~!)

多分こんな感じ。

そんなわけで、ハチはルナに我が家での暮らし方を教える先輩猫になった。


年は明けて2017年。保護して1ヶ月以上が経ち、もう2月になっていた。

その頃にはルナもすっかり元気になり、我が家にも慣れてきたようだった。

他の2頭と同じように、家で過ごし、ときどき外で遊ぶ。

そういう生活を送っていた。

ルナが2頭と大きく違うことをしていることが2つあった。

まずひとつめは寝床である。

あさきちとハチはリビング以外の部屋で寝ている。

しかしルナはリビングにあるソファーで寝ていた。

2頭が他の部屋で寝ているのは理由がある。

リビングにはニコラスのサークルがあるのだ。吠える犬がニガテな猫は多い。

2頭はリビングに来てもビビって入れないのだ。

例外もあるが、基本リビングには入ってこない。

二つ目は餌場である。

あさきちとハチは玄関にあるそれぞれのお皿で食べている。

しかしルナは台所に専用のお皿が用意されていた。

ちなみにオカンはそのソファーで食事をとり、夜はそのままそこで寝ている。

つまりオカンとルナは、ほぼ寝食を共にしていた。


ハチはうちに来て約2年。なのでまあ2歳だ。

ルナは病院で「体重からみるに3ヶ月~半年かなあ?」と大体というかざっくりばらんに言われてよくわからん。

大きさ的にはあさきちとハチの半分くらい、オス猫とメス猫の体格的違いもあるだろうがとにかく小さい。

いわゆる子猫ちゃんだ。

餌も他の2頭に与えているのより上等な「12ヶ月未満の子猫ちゃん用」だ。

ハチは先輩猫としてルナに構いっきりだ。

ハチはあさきちが大好きなのだが

(あにき!あにき!あさきち兄貴、家の周りの偵察にいきやしょう!)

と誘ってもあさきちは

(知らんわ。眠いし。ひとりでいけや、騒がしいやつだな・・・。)

と、そっけなくされていた。

昔はよく一緒に外回りに出かけていたのだが、最近はめっきりだ。

ハチはあさきちと違い若くて友好的なルナがきて嬉しいのだろう、毎日一緒に散歩に行って、虫をとって、それをもって帰ってきて、家中を走り回って

もうどったんばったん大騒ぎだ、すごーい!


しかし私たちはその有り様にすこし困っていた。

家がどったんばったんなことではない。あさきちが若いときもこんな感じだった。

「で、どうするんだい?オカン。例の『ルナ嬢部屋猫化作戦』は奮闘むなしく失敗してしまたわけだが。」

ルナは獲ってきた蛾に猫ぱんちを高速で繰り出していた。

あんなでっかい虫どこでみつけるんだ?

私は動物のいとも容易く行われるえげつない行為を呆然とみつめながらオカンにたずねた。

「お医者様がいうには半年以上たってないと手術できないじゃない?なら、まだ考えなくてもいいんじゃないかしら」

オカンはバラバラにされる虫に怯えながら答えた。

ルナの年齢は「データ不明」だ。unknown。

うちのオス猫2頭は去勢済み、オカマちゃんである。

『ルナ嬢部屋猫化計画』が成功していれば何も間違いが起きる心配はないのだ。

だがルナはいまや自由に「あさきち猫ファミリーのナワバリ」をぷらぷら歩き回っている。


ルナは異常に人懐っこい猫だ。

ぷらぷら散歩中に会った人みんなに挨拶する。

新聞屋さんにも、牛乳屋さんにも、ヤクルトのおばさんにも、配達のお兄さんにも、大工の親方にも、交番のお巡りさんにも、

みんなだ。

会った人にすぐにゴロンと腹を見せる。

(こんにちは!お腹見せてあげる!)

とんだビッチである。

「お宅の白猫ちゃんすごいかわいいねえ!猫にあんなことされたの初めてで感動した!」

うちに訪れる人が、あんまりにも嬉しそうに話すので、恥ずかしいと思いながらもそれ以上に嬉しかった。


3月頃に私たちはルナの変化に気付く。

「なんかお腹大きくなってない?」

微妙に体型が変わっているように感じた。

しかし案外これがルナの健康な状態なのではないだろうか?とも考えていた。

その頃私たちはお医者さんの「3ヶ月くらい」という言葉を鵜呑みにしていた。

私はタブレットで「猫 妊娠」と検索エンジンに打ち込む。

「『猫の妊娠期間は60~68日です。』つまり2ヶ月弱ってところか」

ヒットしたページに書いてある文章をそのまま読み上げ、計算する。

ルナが保護したとき3ヶ月の子猫なら、いま半年だ。そして2ヶ月前に妊娠してると・・・うーん。

やっぱりこういう体型の猫なのでは?

もしも体調がおかしいようにみえたらすぐ病院だ。

私はルナをひょいと抱き上げ、お腹をまじまじと見ながらそう決めた。

こんな小さい子猫の腹に赤ちゃん猫がいるなんてとても信じられなかったのだ。


翌月の4月。その頃テレビでは「迷惑な住民特集」なるものが放送されていた。

騒音やゴミ屋敷、いやがらせなどに続き、ペットの多頭飼育崩壊のことが紹介されていた。

『多頭飼育崩壊』。はじめて耳にする言葉に興味がわいた。

番組の説明で、私はその言葉の意味を知る。

つまりは猫屋敷や犬屋敷のことだ。だがこの問題は、ペットをたくさん飼っていて臭いや騒音で起きるトラブルではなくて、飼っている猫や犬が飼い主の想定を越えて繁殖し、飼育できない悪環境のことだった。

「最初は2匹の猫を飼ったことがはじまりだった」

番組のナレーションに私たちは、ゴクリと息を呑む。

「その番が5匹の子猫を産み、10匹、20匹と増え続け・・・現在では70匹の猫にその家は占領されていた!!」

ひええええええ~!!!私たち親子は画面に映し出される光景に悲鳴をあげた。

糞尿まみれの部屋に蠢く猫ねこネコ。凄まじい映像が流されていた。

番組の最後では猫支援団体の介入により猫たちはその猫屋敷から保護されていた。

見終わった後、戦々恐々しながら餌を食べているルナに目をやる。

ぱんぱんに膨れたお腹。張った乳房。

私はタブレットで「妊娠猫」の画像検索する。

「オカン、どう見ても妊娠猫です。本当にありがとうございました。」

タブレットの液晶画面をオカンに向けながら私はそう告げる。

「ええ~!で、でもまださっきのテレビみたいになるとは限らないじゃない!!」

オカンは動揺しているのだろう。めっちゃ早口で言った。

その通り。あんな不幸なことを、よりにもよって我が家で起こすワケにはいかない。

仔猫が産まれたら・・・とりあえずインターネッツで調べよう。

不安を覚えながらも、ちゃんと対応すればなんとかなるだろう。

そう言い聞かせながら、その日は床に就いた。


「大変!大変よ!起きて!!目覚めるのです!!」

翌朝、オカンの声で目が覚める。枕元のケータイに手を伸ばし確認すると時間は午前五時だった。

「大変!大変!産まれてしまったわ!!」

オカンはタオルに何か抱えながらわめき散らす。

何?何がうまれたって?まだ意識が覚醒しない。

そして私はメガネないと何も見えない。

布団から這い出すと、メガネを掛けながらオカンに近づいた。

オカンはタオルにおしぼりをくるんでるようだった。何してんだ?この人?

「ルナちゃんが赤ちゃんを産みだしたのよおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

タオルにくるまれていたのは、おしぼりではなかった。

生まれたての赤ちゃんだ。

羊水で濡れ、へその緒をつけたまま、まだ目も開いていない赤子だった。






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