第9話
仔猫が産まれて数週間
「いちねっこ!にねっこ!」
私はソファーに寝転び、箱の中のあるものを数えていた
「さんねっこ!よんねっこ!」
ふわふわでまんまるの物体を
「ごねっこ!うふふ!子猫は五匹でした~!」
一人で仔猫を数えていた。それこそ猫なで声というやつでだ。
まあ、そのなんだ。仔猫というものは殺人的にカワイイのだ。
人間の理性など簡単にとろけさせてしまう程に。
ルナも仔猫たちもすやすやと眠っているのでまるで動かないのだが、私はただひたすら飽きることなく眺めていた。
本当はその温かいふわふわを触りまくりたいのだが、寝ている仔猫にそんなことをするのは可哀相だし、やっぱり健康にもきっと良くないと思うので自制していた。辛かった。
写真を撮って、兄に「仔猫は何匹でしょう?」なんて白いモコモコの塊の写真でクイズを出したりした。自分で数えたのだから五匹に決まっているのだが、あまりに真っ白で本当に五匹かわからなくなったりした。
それからまたしばらくすると、白いふわふわの物体はついに「猫」になりつつあった。
まずよく動くようになった。いままでは母親のそばにずっと一緒にいたが、気が付くと巣から出てうろうろと部屋を歩くようになった。
それからというものリビングでは床に仔猫がいないか、足元に注意して生活しなくてはいけなくなった。うっかり蹴ったり踏んづけてしまったりしては大変だ。
ニコラスがねこをくわえてしまったときはちのけがひいた
悲鳴を上げると
「なんやこれ、ねこやん」という顔をしてぺいっと口から離した。
そして個性がでてきた。正確には個体差というべきか。
猫の母乳のことはよく分からないが、どうも「いい場所」があるらしい。
体がほかの兄弟より大きい仔猫はその「いい場所」を毎回獲得しているので見分けがつくようになってきた。
なので最初はちょっと大きめの仔猫、小さめの仔猫と適当に呼んでいたのだが、オカンも私もかなり高い精度で仔猫を見分けられるようになってきたので名前(仮)を付けることにした。
オカンは相撲ファンなので、大きい順にハクホウ、キセノサト、タカヤス、エンドウ、ウラと呼ぶことにした。
ハクホウは一番大きい仔猫。多分一番良い授乳ポジションの右乳首にいつもむしゃぶりついてる。
キセノサトはちょっとだけハクホウより小さい仔猫。左乳首にむしゃぶりついてる。
タカヤスはちょっとだけキセノサトより小さい仔猫。仔猫たちはうっすら頭に黒いぶち模様が付いていた。それがちょっとだけ濃い目だ。二段目の右乳首にむしゃぶりついてる。
エンドウはあきらかに前の3匹より小さい仔猫。二段目の左乳首にむしゃぶりついてる。
ウラは一番小さい仔猫。他の兄弟が授乳してるとルナのお腹はほぼ満員になってしまって飲めなくなってしまう。
ウラはみんなの食事が終わってから適当にむしゃぶりつく。尻尾がグニャグニャに曲がっている。きっとお腹の中で、ほかの兄弟に押しつぶされてぐにゃぐにゃになってしまったのだろう。なので簡単に見分けがついた
仔猫らが大きくなってくるとルナはしょっちゅう巣を移動させるようになった。
ソファーの上から下へ。台所へ。ソファーの裏へ、横へ。棚の裏へと仔猫を咥えて連れて行く。最初はよくわからなかったので私たちは仔猫を元の巣の場所に戻すのだが
「あら大変、我が子が居ないわ」
と一生懸命連れて行くので「そういう習性なのか」と理解した。
なるほど、きっと同じ場所にいると衛生面や安全面で問題が発生するのだろう。ここは家の中なのでそんなことはないのだが。
むしろ目の届かない場所だと本当にうっかり踏むので危険だ。私はオカンが歩くたびに「足元!いないか確認だぞ」と声をかけ。
オカンは私が椅子に座ろうとすれば「クッション!いないか確認しなさい」と注意し合った。
棚の裏に引越ししたときは「仔猫が行方不明だ!大変だ!」と部屋中をひっくり返した。そしてソファーの裏がいつの間にか汚物だらけで驚いた。
うんちやおしっこは全部母猫が処理してるんだと勝手に思い込んでいた。いやはや浅はかだ。ちょっとした多頭飼育崩壊現場だ。
ルナの巣が棚の裏と確認してから大掃除をした。
仔猫たちは遊ぶのが得意だ。よく二匹で相撲をとったり、追いかけっこをしたり、噛みっこをしてじゃれあっていた。
椅子のクッションから垂れた紐に飛びついたり、ルナの尻尾に飛びついたり、ドタバタ騒いでいた。
それを眺めるのは本当に楽しかった。
「あれはハクホウ・・・いやキセかな?いやタカヤスかも・・・」
「見分けがつくから名前(仮)を付けた」とかいったがぶっちゃけ三役仔猫は手に取ってよく見ないとわからなかった。
オカンとよく「こっちの気持ち大きいのがハクホウだよね?」「・・・多分」と確認しあっていた。
仔猫目利きに自身があるオカンの友達曰く「この小さい二匹はメスね。女の子の顔をしている。大きいのはオス。男の子の顔をしているもの」と教えてくれた。
本当かどうか分からないが、オカンはエンドウにリボンを結んであげた。お菓子に付いていたピンクのリボンだ。
これで仔猫点呼がしやすくなった。仔猫たちはドタバタ走り回るので「1,2,3、・・・4いやハクホウはさっき数えた‥・3、4…」と数えてるとみんなそっくりなのでわからなくなるのだ。その点ウラはすぐ見つかる仔猫だった。鍵しっぽは目立つし、ほかの仔猫が遊んでいるときはルナからお乳をもらって、スヤスヤと眠っていたからだ。それでも五匹で動いていると、やっぱりみんな同じ顔なのだ。
ねこくらさんは言った。
「とりあえず一ヶ月。そして仔猫用の餌をひとりで食べられるようになったら里親の元に連れて行ける。」
ハクホウとキセノサトは仔猫横綱。番付最高位に成長した。こねくらさんから貰った仔猫用の餌をもりもり食べるようになった。
ついに里親に出す時がきたのだ。
ねこくらさんに連絡すると、最初の里親さんはぜひ自分で仔猫を選びたい、とこねくらさんと一緒に家にやってきた。
オカンはハクホウとキセノサトを里親さんの前に抱いて持っていった。
「かわいい!どっちの子にしようかしら?」
女性の里親さんは、二匹を前にしてその可愛さにどちらにしようか迷っていた。
すると隣にいたねこくらさんが
「どっちも真っ白な子猫じゃない!どっちも変わらないよ!」
と急かした。迷いながら選んだのは
「じゃあこっちの子にします!」
ハクホウだった。オカンは内心「最強横綱を選ぶとは大した審美眼だ」と感心したそうだ。
ハクホウを里親さんに手渡し、そのままキセノサトもねこくらさんに手渡した。
もう一人の里親さんにも連絡はついていて、受け入れる態勢が整っているので届けに行くのだそうだ。
二人が車に乗り込みそれを見送る。
仔猫は3匹になった。
後日、エンドウが貰われていった。その際にねこくらさんが茶色い一匹の仔猫を連れてきた。
「家の前で弱っていたので保護した。よかったら、この子にお乳を分けてやってくれないか。」
ねこくらさんはそうお願いしてきた。
猫が自分の子供以外を世話をするのかはわからなかったが、私たちはその茶色い仔猫を預かることにした。
仔猫は2匹になって、また3匹になった。
茶色い子猫を「オオスナアラシ」と呼ぶことにした。ルナ部屋に新たな子猫力士がやってきたのだ。
スナは本当に小さく、弱々しかった。ウラよりもずっと小さい。
ルナの巣にそっとスナを入れてみると、ルナは他の仔猫と同様に、我が子のようにペロペロと毛づくろいをしてあげていた。
そしてなんとかスナはルナの乳首にむしゃぶりつくことができた。
ルナはハクホウとキセがいなくなってもあまり気にしてなかったようだし、増えてもあまり気にしないのかなあ、と思った。
明らかに毛色が違うけど、そこも気にしないのか。来るもの拒まずなのか。母猫の愛は寛大だ。
しかし、数日後。オオスナアラシは死んでしまった。
来た時とほとんど変わらない大きさのまま。目も開かない赤ちゃん猫は、ルナとその子供たちに囲まれて、静かに動かなくなってしまった。
正直なところ、こうなるのではないかとは思っていたが。それでもやっぱり悲しかった。
ルナは一生懸命スナの顔を舐めていた。もう動かない仔猫に、それでもなお愛を与え続けていた。
ねこくらさんにスナの死を伝えると、こちらで埋葬するといって引取りにきた。
「悲しい思いをさせてしまい申し訳ない。」
スナの小さな亡骸を受け取ると、ねこくらさんは深く頭を下げた。
オカンは気にしなくていいと、声をかけ
「最後に温かい場所をあの子に用意できて、良かったと思います。」そう続けた。
タカヤスの里親さんも準備が出来ていたので、いっしょに手渡すと、ねこくらさんがある提案をしてきた。
「こんなに大切に育てている仔猫をたちを、すべて手放させるのは心苦しい。どうだろうか。一匹だけ、記念と言っては少し違うかもしれないが。手元に残してみてはどうだろうか?」
そう言って帰っていった。
仔猫は最後の一匹になった。
「それは・・・素敵な申し出ではないか」
オカンからねこくらさんの話を聞くと、私はふと明るい声を漏らした。
わずかな時間とはいえ、オオスナアラシに情が移っていた私は悲しかったのだ。
いや、可愛い仔猫たちとの別れも、少し堪えていたのかもしれない。
「正直もう3匹も4匹もそんなに変わらないと思うのよ」
オカンが世話をできると自信のこもった様子で話す。
私たちはもう決めていたのだ。
ウラを正式な我が家の猫として迎え入れようと。
そして私たちは語り合う。
「この子は女の子だから、名前を改めなきゃね」
「もうこのままでもいいような気もするけど(笑)ああ、ウラはどんな猫になるんだろう」
「鍵しっぽが気になるわね。朝吉のしっぽみたいに先だけ曲がるのかしら?」
「あのぐにゃぐにゃが真っすぐになるとは思えないなあ。あのまま大きくなるんじゃないかな?」
どんな声で鳴くのかな?
どんな歩き方をするんだろう?
目の色は?体の大きさは?頭の黒ブチはどうなるんだろう?
何が好きになるんだろう?どんな遊びをするんだろう?
朝吉や八の字とは仲良くできるだろうか?
ルナとそっくりになるんだろうか?
ああ、一体どんな猫に成長するんだろう?楽しみだ。
すやすやと人間の都合など知る由もなく、白猫の親子は眠っている。
それをときおり眺めながら、仔猫の未来に思いを馳せる。
本当に楽しみだ。
そして後日。
ねこくらさんにこう連絡することになる。
「仔猫を引き渡せなくなった。もう決まっていた里親さんに、申し訳ないと伝えて欲しい。」
と。
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