エピローグ

 鳥の囀りと共に、暖かな日差しがカーテンの隙間から入り込む。

 そんな朝の訪れの中、私は無言のまま、目を開けた。

 まだ微睡みから覚めておらず、ぼやけた頭で天井をしばらく見つめていると、ふいにドアからノックの音が聞こえたので、私はそちらに顔を向けて言った。


「入っていいわよ」


「あ、失礼しました! も、もしかしてお邪魔でしたか、ノルン様?」


 ドアを開けるなり私にたどたどしい挨拶でお辞儀をする彼女は、しばらく前からこの屋敷で雇われた使用人だった。

 新人のため動作が機敏だとはお世辞にも言えなかったが、それは私にとっては些細な問題だったので口にはせずに、ベッドから下りて身繕いを始めた。


「今日はアラケア様達の追悼ミサがある日だものね。礼を言うわ、だからわざわざ私を早くに起こしにきてくれたんでしょ?」


「は、はいっ! ヴァイツ様も先ほどお起こしましたので、もう間もなく支度が終わられるかと思います!」


 私はおどおどしながら答える彼女に休んで良いと告げると、着替えを終えてからカーテンと窓を開けた。

 外の景色は早朝のため人通りはまだ疎らだったが、暖かい朝日を浴びる王都の街並みが広がっていた。

 一年前まで大きな戦いがあったことが嘘のような、平和そのものの光景が。


「アラケア様、私達の命がけの戦いは無意味じゃなかったんです。魔物ゴルグ達による被害は今もありますけど、確実に減ってきています。これも貴方のお陰です」


 私は一年前のあの戦いを思い出していた。

 災厄の王ネロが滅び、この世界と人類が滅びゆく運命から救われたあの戦いを。

 それでも人が人である以上、きっと人類から争いがなくなる日はこないだろう。

 だが、過去にネロが引き起こした罪は、確かにあの戦いで償われたのだ。


「……あの時、私達と一緒に戦った皆は今はそれぞれの道を歩んでいるんですよ。今日、貴方が眠るお墓の前で彼らがどうなったか、お聞かせしますね」


 居間に出ると、ヴァイツ兄がすでに支度を整えて待っていたが、意外なことにその隣には、いつからアールダン王国に入国していたのかギスタの姿もあった。


「よう、ノルン。今日はアラケア達の追悼ミサだろ? 仕事は忙しいが、大恩あるあいつのためだからな。スケジュールを調整して来てやったぜ」


「ええ、ありがとう、ギスタ。覚えててくれたのね。懐かしい貴方の顔が見れて、きっとアラケア様も喜んでくださると思うわ」


 ギスタはまた顔に刻まれた細かい傷跡が増えており、暗殺者の仕事と言うのも、相当に過酷なのだろうと彼が仕事をする姿に思いを馳せると、私達は食堂で簡単に朝食を済ませてから、出発した。


「すでにデルドラン王国から、ポワン女王やラグウェル陛下も来てるみたいだよ。国を、世界を救った英雄の追悼ミサだからね。幼君アイザス様の後見人である、ウィンザー公も大々的にやるおつもりらしいんだ」 


「ええ、そうらしいわね。ガイラン先王やあのカルギデさえも今は英雄だものね。そこまでして下さるウィンザー公爵には感謝しかないわ」


 道すがら私とヴァイツ兄は今日行われる追悼ミサがどのような規模になるのかを話し合ったが、そういえばアラケア様はあまり盛大なことを好まなかったことを思い出し、けれど天におられるあの方にも届くなら、と自分を納得させた。

 だが、一つ引っかかっていることがあった。

 今もだが、……数日ぐらい前からヴァイツ兄の様子が少し変なのだ。

 何かを隠しているかのような、そんな感じの。


「さあ、ついたよ、ノルン。兵士達も出迎えてくれてるし、入ろうか」


 アラケア様達が眠るその墓地は王城の敷地内にある。

 だが、追悼ミサの前に私達はまずガルナス王城玉座の間にて、集まっていた。

 アールダン王国が誇る武官や文官達が間の左右に並び、玉座には先王ガイランの忘れ形見である幼王アイザスが鎮座している。

 そしてその隣には後見人である、陛下の祖父ウィンザー公の姿もあった。


「よくぞ来てくれた。一年前、人類の命運を背負って戦い、見事に世界を救って、無事に生還を果たした英雄達よ。さあ、もっと前へ進み出るがいい」


 私とヴァイツ兄とギスタと、そして聖騎士のハオランとアルフレドに加えて、デルドラン王国からやって来ていたバーンとレイリアもが玉座の間を進む。

 玉座に続く階段の前まで進んだところで、七人全員が跪いた。


「静粛に。諸君らに集まってもらったのは国を挙げての追悼ミサを行うためだが、これからそれを執り行う前に重大な知らせがあるのだ。黒騎士ノルンよ、まずはお前に渡しておきたいものがある」


 ウィンザー公は兵士の一人に指示し、包みに入った何かを私に手渡させた。

 そして続けて「開けてみよ」と言われたので、私は従いそれを開いてみた。

 すると、そこにあったのは……はめられた紅い宝石こそ砕けていたが、それは間違いなく私達が北の大陸に旅立つ前、アラケア様にお渡しした指輪だったのだ。


「こ、これは……どうして、この指輪が」


「死に瀕した時、その指輪が身代わりとなって我々の命を救ってくれたのですよ。私がシャリムに渡されたのと同様の物でしたが、まさかその指輪にそのような特殊効果があったとは、私も驚いたものです」


 玉座の間の左右に立ち並ぶ武官文官の中から、聞き覚えのある声がして、私は思わずそちらを見た。すると、そこにいた人物の姿に私は目を疑ってしまった。

 なぜならそこにいたのは、すでにこの世にいないはずの……。


「カ、カルギデっ! どうして貴方が……いえ、それじゃ……それじゃあ……まさか……」


「ああ、生きている、俺もな。王都に戻って来れたのは、ほんの一週間前だがな」


 その懐かしさを感じる声に、私は動悸を高鳴らせながらゆっくりと振り返る。

 するとそこに……そこにいたあの方が、私を見下ろしながら微笑んで言った。


「久しぶりだな、ノルン」


                  (滅びゆく世界のキャタズノアール、完)

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滅びゆく世界のキャタズノアール 北条トキタ @saitotamiya

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