第7話
満腹になり、体力も少し戻って上機嫌の子どもたちは、またマーヤを探したいと主張した。愛美はかなり迷ったが、ふと思いついたことがあって、それを直樹に耳打ちしたところ、直樹が同意してくれたので、ようやく心が決まった。結局、最終のロープウェイの出発時刻まで、掬星台に戻ってマーヤを探すということにした。
掬星台はまだ人が多かったが、二人は人のいない植え込みや木々の間を探して歩いた。しかし、ほどなくしてあかりが
無理もない。この小さな足で昼前から歩きづめなのだから、もう彼女は限界を超えているはずだった。愛美は半ベソをかいているあかりを抱きかかえるようにして、むこうに夜景の見えるベンチに座らせた。めぐるはそれからもその近くを物色していたが、カップルを驚かせるばかりでマーヤの気配はなく、ついに断念して愛美とあかりの元へ戻ってきた。
夏の夜の山上を吹き抜ける微風は、あかりにとっては格好の睡眠導入剤だ。あかりは愛美の膝を枕に、ベンチに横になってたちまち寝息を立て始めた。
めぐるはあかりとは反対側の愛美の隣りに膝を抱えて座り、放心したようにしばらく夜景を見つめていた。東の空に満月が出ている。明るい月光と街灯りが、大阪湾の空を藍色のグラデーションに染めていた。
あかりの頭をなでながら、しばらくして愛美が口を開いた。
「めぐる君、おばさんはね、ヒゲのシェフと、昔結婚してたの」
「ふーん。どうしてずっと一緒に住まなかったの? あんなにおいしいお菓子を毎日作ってもらえるのに」
「私の不注意でね、シェフと私の間にできた二人の子どもたちを火事で失ってしまったの」
「家が燃えたの?」
「冬の日にね。ストーブつけて二階で子供たちを寝かしつけてから、一階に降りて台所仕事をしていたの。消防の人の話では、子供の寝返りか何かで、掛け布団がはねて火がついたのだろうって。ヒゲのシェフが急いで家に帰ってきたら、家が燃えて無くなってて、おばさんと子供たちは病院に運び込まれてたの」
「ふうん」
「二か月後、おばさんが退院したら、子供たちはもうお墓に入ってた。どんなに泣いて謝ってもヒゲのシェフはおばさんを許してくれなかったし、おばさんも自分自身を許せなかった。それで別れることになったの」
「おばさんの子どもたちって何歳だったの?」
「今生きていれば、めぐる君と同い年の男の子。それから、あかりちゃんより一つ年下の女の子、いいえ、同い年になったわね、今日」
「あ、さっき、あかりのお皿に、おめでとうって紙が載ってた」
「そうね。火事があったのは、めぐる君たちがお母さんとオーベルジュ・摩耶に来た日の何か月か後よ。私たちは離婚して別々に暮らすようになった。ただ、二人で話し合って決めたことなんだけど、下の子、七海のお誕生日をお祝いするために、年に一度だけ、おばさんはシェフのレストランに行って夕食を食べる。シェフは、亡くなった子供たちのために、子供用の料理を用意して、私の料理と併せてテーブルに運んでくれる。そういう約束になったの」
「でも死んじゃってるから、食べられないんじゃ?」
「うん。お皿の料理が減ったのを見たのは今夜が初めてね」
「僕ら、おばさんの子供たちの料理、食べちゃったの?」
「いいのよ、ヒゲのシェフにとっても、おばさんにとっても、その方が嬉しかったの」
「ふうん……」
しばらくの間、愛美とめぐるは押し黙った。あかりの寝息と、少し向こうで夜景を眺める人々のかすかなざわめきだけが聞こえていた。
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