第4話

 電話を切ると愛美は二人に声をかけた。


「あのさ、めぐる君とあかりちゃんさえ良ければ、おばさんと一緒に、何か食べに行こうよ」


「えー、いいです。僕ら、マーヤを探さなくちゃいけないから、まだ山を降りたくない」


「山は降りないのよ。ここから少しだけ歩いていくと、『オーベルジュ・摩耶』っていうホテルとレストランがあるの」


「僕、さっきからずっと訊こうと思ってたんだけど、おばさん、まさか悪い人じゃないよね。もし悪い人なら、想いの色が濁ってるかもしれない。僕らが捜しているマーヤが隠れてしまうから、それなら一緒にいたくない」


 愛美は少し考えて、それからめぐるに答えた。


「実はおばさんもね、マーヤを探してるんだ。メッセージをお願いしたくてね」


「えっ、おばさんも? それでさっきから僕らの後をつけて来てたんだ」


 愛美は苦笑した。


「うん。だから、想いの色は濁っていないつもりよ。濁ってたら、マーヤを見つけられないもの」


 そう言って愛美は顏を上げた。点々と列をなす橙黄色、塊となって移動する黄白色、点滅する深紅色、そして一面にちりばめられた銀白色……。めぐるの頭越しに、まるで水面に銀河系が逆さまに映っているかのごとく、おびただしい街の灯、光の粒があふれていた。それらがさやかにまたたく様を、視界のすべてをもって彼女は確認した。愛美はもう一度、独り言のようにつぶやいた。


「うん、濁ってない」


 くたくたのあかりを励ましつつも、道の両側の木々の奥に目を凝らすことを忘れず、三人はオーベルジュ・摩耶にたどり着いた。


 先に愛美がレストランのスタッフと話をして、窓際の席が確保されていることを確認してから、ソファに座って待っていた兄妹のところに戻ってきた。


「お待たせ。さあ、テーブルへ行きましょう」


 スタッフに案内されて椅子についたら、厨房から白いコック帽をかぶった男がテーブルまでやってきた。


「あっ、ヒゲのシェフだ!」


「ん、君はひょっとして……」


「……ということは、僕はここへ来たことがあるんだ!」


「おお、そうだね! ……えーっと、めぐる君! 星めぐる君だね?」


「今は山本めぐるです」


「ん? ……ということは、お母さん、再婚したのか?」


「うん。だけど去年死んじゃった」


「なんだって!?」


「だから、天国のママに伝えてほしいメッセージがあって、マーヤに会いに来たんだ。ほら、手紙だって書いてきたんだ。マーヤに会ったら渡せるように。ねえ、シェフ、僕、マーヤに会いたいんだけど」


「マ、マーヤって……あのマーヤ!?」


 初対面ではなさそうな二人の会話をいぶかしみながらも、愛美がシェフに簡単に経緯を説明した。


 シェフは深くため息をついたが、気を取り直したように明るく二人に言った。


「当レストランへようこそ! 小さなお客さんたち、お腹減ってる?」


 兄妹が即座に口をそろえた。


「減ってる!」


「よしっ。じゃあ、おじさんが急いで持ってくる!」


 実際、そう言うが早いか、彼は本当にすぐに、子供二人分のディナープレートを運んで来た。どちらにも美味しそうな料理がぎっしり並んでいたが、載っている料理の量に少しだけ違いがあった。多めに料理が載っているプレートが兄のめぐるの前に置かれ、少な目の方があかりの前に置かれた。


「あれ、誕生日なのはあかりじゃなくて、僕なんだけど。それに『パパ&ママより』って……?」


 めぐるがそう訴えると、ヒゲのシェフは少し慌てて謝った。


「そうか、ごめん、おじさん、勘違いしたよ」


 そう言って、あかりのプレートに盛られたマッシュポテトに刺さっていた、バースデーメッセージの厚紙を引き抜いた。


「めぐる君、八歳かな、お誕生日おめでとう」


「めぐる君、おめでとう!」


 ヒゲのシェフと愛美がそれぞれお祝いを言った。


「どうぞ、召し上がれ」


 めぐるとあかりはごくりとつばを飲み込んで、お互い顏を見合わせる。おしゃべり好きなめぐるでさえも黙り込んでしまった。さらに二人は見上げるように揃って愛美の顔色を覗う。


――この子たち、ここ何年かお祝いしてもらったことないから、戸惑っているのね。


 不覚にもこみあげてくるものを無理に抑えつつ、愛美は微笑んだ。


「いいのよ、食べて」


 その言葉に救われたのか、はっきりと二人の瞳が光を発した。あかりがフォークを持ったのが合図だった。二人は料理をガツガツと貪り始める。


「よく噛んで、ゆっくり食べるのよ」


 愛美はそう言い残して、ヒゲのシェフとテーブルを離れ、店の端にあるパティションの陰に立った。

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