第10話
しばらく無言だっためぐるが突然口を開いた。
「おばさん、ヒゲのシェフのこと、まだ好きなんでしょ?」
「なっ、何言ってるの!?」
「僕にはわかるよ。想いが濁ってないんだね、おばさん。好きって言えばいいのに。ヒゲのシェフはもう許してくれてるよ、きっと」
「大人をからかうもんじゃありません」
「それでさ、おばさん、上のお兄ちゃんの名前、何て言うの?」
「拓海」
「じゃあさ、拓海くんの誕生日も祝ってあげなくちゃだめだよ。僕らだってさ、本当は誕生日、毎年お祝いしてほしいもん。きっと拓海くん、さびしがってるよ」
「そうかあ、めぐる君もそう思うんだ。山の上のレストランに行きやすい季節の、七海の誕生日に合わせちゃったのよね。拓海の誕生日は真冬だから」
「それって、大人の都合だよね。大人っていつも、子供の気持ちより自分たちの都合で決めるんだよね」
愛美はドキッとした。
「ね、おばさん。拓海くんのお誕生日、お祝いするなら、またヒゲのシェフに会えるじゃない? それで、また一緒に住みたいって言ってみなよ」
「……」
「それでさ、僕とあかりも呼んで欲しいな。だってさ、また優しいおばさんに会えるし、ヒゲのシェフのごちそうとか、おいしいお菓子も食べられるんだもん」
「そう……そうね。きっとあなたたち、呼ぶわね」
「よっしゃ! じゃあ、おばさん、約束だよ」
「よっしゃ! おばさん、約束だよ」
この時ばかりはあかりも目を輝かせてめぐると同じことを言った。
めぐるが饒舌なので、愛美は他愛のないおしゃべりが楽しくて、つい歩調を緩めてしまうのだった。にぎやかなおしゃべりなどというのは、愛美にとって本当に久しぶりのことだった。
「おばさん、僕らの家、あの角を曲がってすぐ。だけどもうここでいいよ」
「どうして? あなたたちをちゃんとパパに引き渡すわ」
「パパじゃない、後パパ。お前ら他人に何を話したんだって、後で僕らホウキでぶたれるんだよ。だから、おばさんいない方がいいんだ」
「でも……」
「おばさん、今日はありがとう。おばさんって優しいから好きだよ。怖いママより優しかったな……」
「ありがとう、めぐる君」
愛美はしゃがんでめぐるとあかりを代わる代わる抱きしめた。二人の子供の汗の匂いがする。思わず愛美は抱いた腕にさらにぎゅっと力を込めた。
「おばさん、拓海くんのお誕生会するときは、きっと呼んでよ。手紙ちょうだい。
電話は後パパが出るけど、郵便はいつも僕が見てるから」
もう眠る寸前のあかりの頭を押さえて無理におじぎをさせ、めぐるはあかりの手を引いて歩き出した。そして角を曲がるまで、名残惜しそうに何度もこちらに手を振って、そして消えて行った。
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