第8話

 静寂は、ロープウェイの発車時刻を知らせる拡声器のアナウンスに破られた。最終便のひとつ前の便が間もなく発車するのだ。


 我に返ってめぐるが口を開いた。


「ああ、もうやばいなあ。マーヤはやっぱりそう簡単に出てきてくれないのかなあ。もっと人がいなくなって、夜中に出てくるのかなあ」


 愛美が話を切り出した。


「めぐる君、『マーヤのポスト』のお話は、ママから聞かなかった? おばさんはこんな話を聞いたことあるのよ。マーヤが見つからない時は、大きな木のうろの中にそっと手紙を置いておけばいいんだって。大きな木のうろは、『マーヤのポスト』。

濁りのないきれいな想いで置かれた手紙は、マーヤから見ると、やっぱり薄い色の光を発してるんだって。夜の間に、それを目印にマーヤが回収にくるらしいわよ」


「うろって?」


「木の根元が小さな空洞になっているようなところよ。めぐる君とあかりちゃんがさっきマーヤを探し回ってた時に、一か所あったじゃない?」


「えー、そんなところ、あったかなあ?」


「おばさん、見てたわよ。場所覚えてるよ、案内しようか?」


「それより今夜ここに泊まって、明日マーヤを探そうかな」


「ダメ、家に帰りなさい。ほら、もう少ししたら、最終のロープウェイが出発するわ。おばさんがあなたたちの家まで送って行くから」


「……じゃあ、わかった。でもおばさん、濁りのない想いで、そのうろに手紙を置いておけば、きっとマーヤが取りに来てくれるんだね?」


「めぐる君、私もマーヤにお願いするメッセージがあるって、さっき言ってたでしょう? 手紙を書いたわ。これを、めぐる君たちの手紙と一緒に置くわね」


「ふうん、誰に書いたの?」


「天国にいる、おばさんの子供たちへ宛てて」


「じゃあ、おばさんは、マーヤが本当にいるって信じてるんだ」


 めぐるはそう言いながら愛美の顔を覗きこんだ。愛美は予想していなかっためぐるの質問に、思わず目を逸らしそうになったが、想いをこめてめぐるを見つめ直した。


「もちろんよ。めぐる君は信じてないの?」


 逆に、めぐるの方が目を逸らしながら、もごもごと答えた。


「信じてるよ」


 愛美はハッとした。


――この子は……もしかして、最初からマーヤなど信じてなかったのでは……?


 さっきほとんど聞き逃しかけていためぐるの言葉が、薄い記憶の混沌から愛美の脳裏に甦ってきた。


“どうしても見つからなかったら、もう、マーヤにメッセージお願いするの止めて、僕らが直接ママのとこへ行けばいいじゃないか”


 愛美は力を込めて、もう一度めぐるに言った。


「めぐる君、おばさんは、マーヤが、本当にいると、信じてる。あなたのママが話した通りよ」


 一言ずつ区切って話す愛美に応えるように、めぐるは愛美の目をまっすぐに見据えて、それからニコリと笑った。


「よし、わかった。じゃあ、手紙置きに行こうよ、おい、あかり! 起きて!」

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