第8話 「ボク達の物語」




「うみゃあっ!・・・あれ?」


目が覚めると、知らない場所にいた。


「あれれ?ここ、どこだろう」


サーバルは周りを見渡すが、どうやら自分は室内にいるようだ。


「あれー、昨日はお外で寝たはずなのにな」


初めての筈なのに、どこかで見た事あるような建物の中を警戒しながら歩く。


「かばんちゃーん?ボースー?だれかー」


誰の姿も無いし、呼びかけてみても返事も無い。


「あ、ここって・・・」


一際大きな扉を開くと、大きなホールに出ると同時に、自分の居場所を把握した。


「夢の中の・・・場所だよね?」


きょろきょろと辺りを観察してみるが、いまいち実感はわかない。

そもそも夢の中の景色なんてぼんやりとしか思い出せないのだ。


「もしかしてこれも夢の中・・・?」


舞台の前まで歩いて、大きな壇上を見上げる。


「うわー、でっかーい!これ何するところなんだろう・・・」


壇上には、色々なものが置いたままになっており

バスや橋、ライブのセットのような大道具が乱雑に置かれていた。


「これ、全部私とかばんちゃんが通ってきたちほーの・・・」


そして、綺麗に並べられたフレンズ達の手人形があった。


「あ、これみんなだ!手につけて遊べるやつかなー」


サーバルが、フレンズの手人形を並べてみると、一人分だけ足りないことに気づく。


「あれれ、かばんちゃんのが無いよ?どうしてだろう」


小道具やセット等の陰を探して見るが、かばんの人形だけがどうしても見つからなかった。

その時・・・


【次はボクが囮になってみます、サーバルちゃんが傷つかない道を・・・なんとか】


「かばんちゃん?いるの・・・?」


聞こえてきた声の主を探すが、やはりこの薄暗い劇場には自分一人の気配しかしない。


「それはサーバルとかばんの、旅の軌跡なのですよ」


「あの子の思い出の全てを形にしたものなのです」


「え、博士と助手の声?どこにいるの?」


辺りを探ってみるが二人の気配も無い。


「我々はお前の知る我々ではないですが、とりあえず話を聞くのです」


「大事な話なのです、聞くのです」


「う、うん?」


サーバルが答えると、ライトがてんっと音を立て客席の一つが照らされた。

サーバルは舞台から降り、そこに座る。


誰かがずっと使っていたのか、その席だけ少しくたびれているようだった。


「ここはパークの終わりと共に打ち捨てられた、とあるちほーの劇場なのです」


舞台の上に小さな光が集まり、色々なフレンズ達の形をして

踊るように物語を繰り返す。


(これは・・・私とかばんちゃんが今まで通ってきたちほーの・・・)


「今、ここにいる我々も、そしてサーバル、お前も実体ではないのです」


「よ、よくわからないけど・・・夢の中ってこと?」


「その解釈でもいいのです、ただお前をここに呼んだのは我々なのです」


「我々に残された、最後のサンドスターを使ってここに呼んだのですよ」


二人の言う事は、サーバルの頭ではとても理解のできるものではなかったが

大事なことを伝えようとしてるのはわかった。


全部わからなくても、きっと二人が言っていることは大事なことだ。

絶対に聞き逃したらいけないと思う。


そして、二人の声に重なるように、大事な友人の――

かばんの声が、劇場の至る所から響く。


【何度だって繰り返せます、それが今ここにいるボクの全てですから】


声に振り返っても、そこにかばんの姿は無い。

まるで何かがいたように、人の形をしていた光が宙に消える。


「あの子が、どこかの物語で死を迎え、かばんと分離した瞬間、この劇場世界は生まれたのです」


【諦めません、サーバルちゃんを幸せにする為に・・・】


「かばんの無念の意識だけが自我を持ち、怨念となったことで生まれたのです」


【あんなにも優しくて素敵なサーバルちゃんが】


「しかし、物語が大団円を迎えたことであの子の存在は必要無くなったのです」


【幸せになれないなんてダメです】


「誰も観測しないのならば、存在することはできないのですよ」


いつの間にか劇場全体が静かで温かな光に包まれていた。

そしてゆっくりと端から溶けるように、劇場はその姿を失っていく。


「でも、お前がもし、あの子を観測し続けることを選ぶのなら、この世界を存続させることができるのです」


「永遠の世界を存続させることができるのです」


「わかんない・・・、博士たちの言ってる事、ぜんぜんわかんないよ!」


「今ここにいるサーバルは、物語のサーバルの意識の半分だけなのです」


「サーバルが、どちらを選んでも大団円の物語は続いていくのです」


わけのわからない決断を迫られて、サーバルが困惑する。

ただ、何も考えないで決めてしまうのは・・・いけない気がした。


「サーバル、時間はもう無いのです」


博士と助手の声が、少しずつ遠くなっていく。


「生きるべき世界で物語を生きるか」


「あの子の為に永遠の夢を見るか」


【ボクね・・・ずっとキミと一緒に幸せになりたかった・・・!】


ぴくっと、サーバルの耳が動いた。


「誰か・・・泣いてるの・・・?」


微かな泣き声が聞こえる方には小さな扉があった。

非常灯の小さな光に照らされた扉は少しだけ開いていて、その奥から確かに泣き声が聞こえてきた。


「そちらにはあの子がいるのです、一人ぼっちで」


「そして、この劇場から出れば、この夢は覚めるのです」


助手の声と同時にホールの出口の扉が開く、扉からはフレンズ達の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「でもこの声・・・かばんちゃんの声だよね!泣いてるの、かばんちゃんなの!?」


非常灯の扉からはすすり泣くような声が小さく聞こえてくる。


【大好きなサーバルちゃん、幸せになって。】


「かつてはかばんと呼ばれていたものなのです、でも今はもう」


「サーバルは、あの子の元へ行くのですか?大団円の世界を捨てて?」



助手が先ほど言った通り、ここで"この"サーバルがどちらを選択しても大団円の世界は続くのだ。

"ぼく達の物語"へと帰れば、何事も無かったように世界は続いていくだろう。


そして、この世界で少女と共にいることを選んでも

"ぼく達の物語"の上でのサーバルは、大団円の世界の続きを生きていく。


かばんと、そして仲間達とまだ見ぬ世界へと旅に出る結末を、未来を得るのだ。

しかし、"この"サーバルはそれを永久に得ることは無い。


「サーバル、どちらを選んでも我々もあの子も満足なのですよ」


「最後の力でここへ呼んだのは、あの子を救ってほしいからじゃないのです」


「誰よりもお前の幸せを望んだ一人のフレンズがいたことを、知っていて欲しかっただけなのです」


【絶対、・・・絶対に幸せになって。】


サーバルにはぼんやりとしか理解できなかった。

でも、きっと二人の言う"あの子"はかばんちゃんだ。


かばんちゃんが、ここで私の為に頑張ってくれたんだ。

かばんちゃんが、ここで一人ぼっちで泣いてるんだ。


「さあサーバル、決断をするのです」


「決断をするのです」


【だから、さよなら。サーバルちゃん】


「私、私は・・・」




―――――



あっという間だった。

ボクがこの不思議な世界で目覚めて・・・何度も物語を繰り返して。


「ボクは、幸せだったんですね」


誰に言うでもなく、自然とそんな言葉が零れた。


何もかも、自分の体や心までもが光に溶けていく感覚の中で少女は願う。

最愛の友人の幸せを。


ボクの・・・怨念が、やっと・・・終わる・・・。




「かばんちゃん」



ふっと、後ろから何かに抱きしめられる。


他者の生の温かさに、消えかかっていた肉体の感覚が戻って来るのを感じた。


「サーバル・・・ちゃん?」


「やっぱりかばんちゃんだ、よかったぁ・・・」


失くした大事な物を見つけたような、そんな彼女の声。

ずっとずっと、自分に向けて欲しかった愛おしい声。


「どうしてここにっ、ボクは・・・もう」


「わかんないや、えへへ」


「そんな!わかんないって・・・」


「でも、かばんちゃんが一人で泣いてるんだーって思ったら、もうここに来てたんだもん」


「・・・サーバルちゃんは、いいの?」


「別のかばんちゃんとは別の私が一緒にいるんだって、だから私はここのかばんちゃんと一緒にいるよ」


いつか、物語の中で夜の闇が怖くて眠れなかった時

こんな優しい声でボクに語り掛けてくれた、あの時と同じ・・・そんな声だった。


「サーバル・・・ちゃんっ・・・」


ああ、ボクはなんて罪深いのだろうか。

言葉の代わりに、溢れ出る涙が光と交わり、彼女へと想いを伝えていく。


「かばんちゃん、私はかばんちゃんといたいよ」


かばんとしての姿が段々と光に形作られていく。

許されない事だとわかっても、背中から自分を抱きとめる腕をそっと握る。


「ボクと、ここでずっと一緒なんだよ?ずっとずーっと外にも出られず、今まである物語を繰り返すだけの・・・」


「ずっとかばんちゃんと一緒なんだもん、きっとずっとたのしーよ、えへへ」


彼女に向き直り、正面から、その存在の証明を、そして自分自身の存在を請うように抱きしめる。


「サーバルちゃんっ!」


少女を中心に光が吹き荒れるように弾け、劇場世界を作り上げていく。


「ありがとう、サーバルちゃん、一緒にいてくれてありがとう、一人にしないでくれて、・・・ありがとう」


せっかく人の形に戻ったのに、涙が溢れて全然前が見えない。

大好きな、たった一人のパートナー、もっともっとその顔を見たいのに。


「サーバルちゃん、ずっと・・・一緒だよ・・・?」


「うん、・・・かばんちゃん、ずーっと一緒」



キミが側にいてくれれば、何も怖いものなんて無い。


もう、この劇場は、永遠だから―――


―――――




―げきじょう―



「じゃあ、また初めからやってみようよ」


「うんっ、私が狩りごっこだと勘違いしてかばんちゃんを追いかけるとこだね!」


「あ、じゃあじゃあ今度はボクがうまく隠れてサーバルちゃんから見つからずに逃げちゃうって感じで・・・」


「えーなにそれずるいよー!」


二人の笑い声が劇場のホールに小さく響く。


そんな二人の姿をホールの扉の隙間から、小さな二人の影が覗いていた。



「これでよかったんでしょうか、助手」


「わかりません・・・、ですが、きっと二人は永遠の12話を繰り返すだけではないのですよ」


「そうですね、いつかは新しい物語が始まるのです」


「ですね、いつか・・・新しい物語が、きっと・・・」


「その時まで、この劇場は閉じられた二人だけの世界」


「二人が永遠の物語を紡ぐ世界」


かばんとの話がまとまったらしいサーバルが壇上にぴょんと上がる。


「じゃあ始めるよー!かばんちゃんはおはなしをお願いね!」


ぱたん、と小さな音を立てて静かにホールの扉は閉められた。

扉の外には二人の姿はもう無い。


「じゃあ、新しい”ボク達”の物語・・・はじまりはじまり」


かばんの朗読に合わせてサーバルが天井を見上げる。


「ずっとずっとついてきてね、かばんちゃん」


サーバルの台詞をかばんがゆっくりと読み上げる。

屋根で覆われていても、きっとサーバルにはかばんの読む物語のように青空が見えていた。




「彼女は空を見上げ嬉しそうに、そう言った」





「もう一つの、ボクの物語」  おわり

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