第3話 「ハッピーエンド」



「近々、また噴火しそうだな」


「変なセルリアンが出てこないといいんですけどねぇ」


山の方を眺めながらヒグマとキンシコウが森を歩く。


「リカオーン、偵察ご苦労様」


「お疲れ様です」


「あ、遅いですよーもうお腹減ってお腹減って」


「こらこら、変化無いからって気を抜くなよ」


三人が近くの岩を椅子にして座り、各々ジャパリまんをかじる。


三人はセルリアンに対抗する力を持ち、パーク内のフレンズ達からは「ハンター」と呼ばれていた。

最近、山にはサンドスター噴火の兆しが見え始めていた。

火山の噴火は、時にセルリアンを生む。

よってハンターである三人は、こうして火山噴火に備え、山の周辺で哨戒活動をしているのだが・・・


突然藪が揺れ、何者かの接近を感じたヒグマが立ち上がり武器を構える。


「・・・セルリアンですかね?」


ヒグマの背後の岩陰に隠れたリカオンが小声で尋ねる。


「いや、匂いがしない・・・が、この状況で新種が出てきても驚かないな」


「いえ、全身は見えませんけどフレンズの形ですね、大丈夫そうです」


木の上へと飛んでいたキンシコウが、くるくると飛び下りてくる。


ヒグマが正面から迎え討ち、キンシコウが状況確認をし、リカオンが奇襲をかける。

気配察知と同時に、反射的に自らのポジションへと動いた三人はまさに連携のとれたハンターそのものと言えるだろう。



「おーい、ここから先は危ないぞ」


ヒグマが気配の方へ声をかけると、中から二人のフレンズが姿を現した。


「わー!クマだ!おサルと犬のフレンズもいるよ!」


「げ、アレってサバンナちほーのサーバルか、トラブルメーカーとか噂の・・・」


ヒグマがちょっと引いて武器を下ろす。


「この先は立ち入り禁止の山だぞ、噴火の兆しもあるから危なくて・・・」


「サーバルちゃん、ヒグマさんとキンシコウさんとリカオンさんだよ」


「・・・ん?見慣れないフレンズだな・・・」


なんの動物か一見わからない、見慣れない姿だというのも気になったが

それ以上に、自分達の名前をさらっと口にしたのが気になった。


「私達のことを知っているのか、お前」


「かばんちゃんが、会わなきゃって言ってたのってもしかしてヒグマ達のことなの?」


「うん、そうだよ」


勝手に納得している二人に、ヒグマがちょっと不満そうな顔をする。

クマクマスタンプで地面をぺしぺしと叩きながら、かばんの方を向いた。


「どこかで会ったか?」


「あ、いえ、そういうわけじゃないんですけど、その」


"かばん"とやらの何とも歯切れの悪い態度に、少しだけいらいらする。


「ま、とりあえずここからは離れろ、さっきも言ったが噴火の兆しが・・・」


「あ、あの!ヒグマさん・・・!」


「さっきから台詞を言わせてくれないなぁお前は」


呆れたように肩を落とすヒグマの後ろで、キンシコウとリカオンがくすくすと笑う。


「実は、ヒグマさん達に協力して欲しい事があるんです!」


「・・・・・・・・・おう?」




―――――



「つまり、もうそろそろ危ないセルリアンが現れるからすぐにやっつけて欲しい、と?」


「そうです、そのセルリアンはすっごくおっきくて、放っておくと大変なことになっちゃうんです」


「うーん、言いたいことはわかった、強力なセルリアンが出てくる、危ない、それはわかる・・・ただ」


ヒグマが視線をやると、仲間二人も困ったような表情を浮かべた。


「情報の出所が、わからない・・・じゃあなぁ」


ヒグマが腕を組んで唸る。


「でもでも!かばんちゃんの言う事は当たるんだよ!ゆきやまでも、ロッジでも、すごかったんだから!」


「いやそう言われても私達は、そのすごいのを見ていないからなぁ」


ハンターと呼ばれて戦ってきた自分達。

それは誇りでもあるし、セルリアンの出現の察知も他のフレンズ達より敏感な自信がある。


しかし目の前の見慣れぬフレンズは、とにかく「セルリアンが出てくるから、倒す」と言うのだ。

そして根拠は無いらしい・・・それに加えて・・・


「噴火で出てくるのはわかった、出てこなかったとしても取り越し苦労ならそれでいい

 でもとりあえずお前達は離れた所にいろ、これは譲れない」


それは、ヒグマの優しさから来る、当然の言葉だったのだが――


「いえ、ぼく達が協力しないとダメなんです、えっとヒグマさん達だけだと、その」


一緒に来る、と頑なに譲らないのだ。


「ハンターでもないお前に負けを心配されても納得がいかん」


「あの、いえ、そういうわけではなく・・・」


「そもそもそんなに強いセルリアンだったら、お前達がいたところで変わらないだろう?

 なんなら二人まとめて戦ってみるか?」


「うー、かばんちゃん、やっぱりいきなりは無理だよぉ」


サーバルも困ったようにかばんの肩をぽむぽむと叩いた。


「でも、このままじゃ・・・」


かばんが慌てて不鮮明な言葉でヒグマ達に説明するが

突然現れたフレンズの脈絡の無い発言に、ハンター三人も訝しげな対応をしてしまうのであった。




―げきじょう―



「黒セルリアンが現れる前に、ヒグマ達と接触してしまおうって作戦ね」


奇跡の主が背後で楽しそうに笑う。


「あれから、何度も繰り返しましたが、黒セルリアンとの戦いに入ってからでは

 もう結末を大きく変えることはできませんでした、サーバルちゃんにせよボクにせよ、他のフレンズさんにせよ

 どうしてもどこかで犠牲が出てしまいます」


「だからって、図書館を越えた辺りからやり直さなくてもいいんじゃないの?」


「いえ、そのままのペースで船に到着するとどうしても間に合いません」


「でも、図書館を越えた辺りから急に超能力に目覚めたみたいになってて、かばんは凄く不思議なキャラになってるわよ?」


「それは、その・・・」


少女は数日を費やし何度か物語の観劇を繰り返した。

そして、干渉しえる事や物語のルール等を徐々に理解しつつあった。


「まず、ここでボクが思えば、舞台上のボク、つまり"かばん"はある程度コントロールができます。

 でも、知り得ないことや知ることのできない事はできないし、今回のように黒セルリアンの事に関しても"なんとなくの勘"として処理されてしまうみたいです」


「うんうん、その理由を舞台上のかばんは説明ができないから・・・こんな微妙な空気になっちゃってるわけね」


舞台上では、ハンターの三人とかばん、サーバルとラッキービーストが作戦会議のシーンのまま固まっている。

ヒグマの困ったような表情が、それを証明していた。


「あと、不自然な干渉をし過ぎると何故かラッキーさんがおかしくなります」


「おかしく?」


「必要以上の事を全く話さなくなるんです、助言もアドバイスも何も」


「ありゃりゃ、なんでかしら?」


「わかりません、ただ物語のガイドとして、なにかこう・・・エラーのような感じになっているのかと・・・」


「難しいのねぇ」


「はい、一筋縄ではいきません」


少女が悩ましげに首を傾げる。


「黒セルリアンを何とかしなければ大団円はありえません、だから先手を打つのが一番だと思ったんですけど・・・」


"かばん"のコントロールに思ったより制約があることが悔しい。そんな表情で少女が拳を握る。



舞台の上で登場人物達が早送りのようにきゅるきゅると動き、シーンが数日後に飛んで再開される。


「それで?結局セルリアンは出てこなかったぞ~」


ヒグマが悪態をつきながらかばんの背中をぐりぐりとつつく。

言葉は強めでも、二人はじゃれついているような空気で、噴火と黒セルリアンの登場を待つ数日の間に

かばん達が、ハンター三人組とある程度仲良くなったように見えた。






「・・・おかしいです」


「何が?」


少女が悩まし気に顎に手を当てる。


「ロッジやゆきやまの経過日数、ああこの場合はボクの干渉で何日か省略されてる場合の日数ですけど

どう逆算してももう噴火は起きてるはずなんです」


「でも、起きてないわねぇ?」


「これ、大事なことですよ。ボクの干渉で誰かの行動に影響して結末が変わる、これは納得できますけど

 火山の噴火はボクの干渉でどうにかなるものじゃないです、明らかにおかしいです」


少女の疑問はもっともだった。

たかがフレンズ一人の力で、大自然の山の震えに影響が出るはどうにも考えにくい。


「セルリアンが出てこなかった・・・それは確かに運で片付くかもしれません、サンドスターがセルリアンの素体となる無機物にたまたま接触しなかった。

 でも噴火すらしない、は絶対に変です、ありえません」


「でも、そのあり得ないことが物語の中では実際には起きてるわよ?」


「はい、なので・・・これは"そういう物語"なんだと思います」


少女は二つの推測をあげる。

まず、噴火や黒セルリアン発生の所謂"イベント"の発生は超自然的な絶対現象ではなく、物語上のかばんとサーバルが特定の条件を満たさない限り発生すらしない、という可能性

そしてもう一つ、そもそもイベントの内容がランダム性を持ち、繰り返される中で毎回変わっている可能性。


「多分、先に上げた方だと思います。大団円には、最低でも必ずやらなきゃいけない手順がある・・・ということかと」


「つまり?」


「極端なズルはするなってことです」


諦め半分に少女が溜息をつく。


「極論ですけど、知らない情報もある程度"勘"で処理できてしまうのなら、"勘"で一直線に船に向かえばクリアになりますからね」


「でもそれだと物語として何の意味も感動もないわねぇ」


「はい、だからえーと、ボクなりにこの物語を全部で12個の内容に分けたんですけど」


少女がごちゃごちゃと色々書かれた紙を取り出す。

奇跡の主が後ろから覗き込むと、そこにはサーバルとの出会いから黒セルリアンとの戦いの結末までが12個のエピソードに分けられていた。


「あら、あなた意外とデータまとめちゃうタイプ?似てないわねぇ」


「それで、考えた結果なんですが」


背中を向けたまま少女が話す。


これまで少女は一度も振り返っていない、奇跡の主の顔を見ていない。

仕組みはわからないが、消えてしまう観客達と自分自身は違うというのわかっていた。

しかし、唯一会話が可能な奇跡の主が、どちら側の存在なのか少女にはわからない。

この目で見た途端に消えてしまうのではないか、という不安が募り振り返れないでいた。


この狭く小さな劇場の世界で、唯一の話相手がいなくなることだけは避けたい――。



「基本的に各話事にボクとサーバルちゃんが、フレンズに出会い、問題に直面、そして解決、最後に別れ・・・という流れを繰り返します」


「ふむふむ」


「おそらくですけど、どれか一つでも欠けるとダメなのではないかと・・・見てください」


少女が舞台上を指さすと、止まっていたかばん達が動きだした・・・。



―――――



―みなと―


「じゃあ、気を付けてな」


「はい、お騒がせしちゃってすみませんでした」


「いやいや、警戒し過ぎて損はしないから大丈夫だよ、仲間・・・見つかるといいな」


ヒグマがかばんと握手をして見送る。

ハンター達が手を振り、それに応えながらかばん自身もラッキービーストと共に船に乗り込んだ。


「かばんちゃん、本当に一人でだいじょうぶ?」


「うん、ラッキーさんもいるし・・・ぼく、絶対にヒトを見つけてくるよ」


「見つけたら絶対サバンナにも戻ってきてね!私、いつまでも待ってるからね!」


「うん、ありがとうサーバルちゃん、サーバルちゃんに出会えてなかったら・・・ぼく」


「かばんちゃん・・・」


どちらからともなく、二人が抱き合う。


「離れててもずっとずっとお友達だよ、かばんちゃん」


「うん・・・ありがとうサーバルちゃん」


「じゃあ、行ってくるね・・・」


出会った二人は、再会を誓い別れる―――

しかし温かな思い出がずっと二人の心を繋いでいるのでした・・・。




おわり




――――――


―げきじょう―



ドっと劇場中に拍手と歓声が巻き起こる。


「あら、ハッピーエンドじゃない」


「はい、ボクとサーバルちゃんだけのハッピーエンドです」


「ダメなの?」


「誰の犠牲も出ていませんが、これでは物語として存在している意味がありません

 今まで何度かボクがセルリアンに食べられてしまった時、色々なフレンズ達が助けに来てくれたじゃないですか」


「泣けるシーンよね」


「アレ、多分必須のイベントなんです。アレを発生させないと大団円を迎えることは難しいかと」


「まあ、ある意味かばん達の旅の軌跡が形になった瞬間だものね、でも今迎えたハッピーエンドでも・・・」


「ダメです、実はこれまでにも二回似たような終わり方を見たんです、でも・・・」


言いながら少女が、上を指刺す。

その瞬間に、ざわざわとした喧噪がすっと消えて無くなる。

まるで最初から劇場内には自分達以外誰もいなかったかのように。


「本日は閉館時間となりました、皆様の明日の御来場をお待ちしております」


ここ数日で聞きなれた閉館を告げるアナウンスが流れ始めた。


「そして・・・」


奇跡の主の姿を視界に入れないように、ホールの後部へ足早に歩いていく。

入り口の扉をぐっと押してみるが、また少しの隙間を見せるだけで開きそうにない。


「開かないんです、裏口も試しました。ボクにもこの劇場にも何の変化も無い、つまりこれは望まれた結末ではない、ということだと思います」


「へぇ、大変ねぇ」


奇跡の主はどこか他人事のように呟いた。

彼女は相変わらず相槌は打ってくれるが助言となるものやアイデアは全くくれなかった。


(声とか話し方、ボクより大人っぽいんだから何かアドバイスとかくれてもいいんだけどなぁ)


少女は座席に戻り、今回の舞台で学んだことや発見した事を紙に書き記していく。


「続きは明日です、いつになるかはわかりませんが、ボクはボクの物語の大団円を完成させなければこのままみたいですし」


「"ぼく達"の物語じゃなくて?」


「そうですね、ボクとサーバルちゃんの物語、そしてパークみんなの物語です」


少女が立ち上がり、控室に向かおうと数歩歩くと、ふっと奇跡の主の気配が消える。


「サーバルちゃん・・・待っててね、ボクきっと大団円を掴んでみせるからね」



つづく

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