第2話 「げきじょう」



―げきじょう―


かばんちゃん、私頑張るよ!


だから・・・ずっとずっとついてきてね、かばんちゃん


サーバルがそう言って仰々しく手を伸ばす。

舞台の上のサーバルが何かを掴んだような姿勢のままピタリと動きを止め、場は静寂に包まれた。


てん、てん、と大きな音を立て、サーバルを映し出す照明が消えていく。

緩やかに幕が下り始めると、館内は一斉に歓声と拍手に包まれた。


舞台の幕が下り切ると満員の客席をすぐに立ち去る者はおらず

物語を振り返り語り合うものや、サーバルの今後を想像し、自分達で話の先を紡ぐ者達がいた。


そんな観客達の、あったかもしれない世界、あるかもしれない未来の話に

最前列に座っていた少女は目を閉じたまま耳を傾ける。


(ああ、そうだ・・・きっとサーバルちゃんはこの後、ボクを忘れて幸せになっていくのかな)


それでいい、ボクがボクとしての意識が途絶えるあの日のあの瞬間に

ボクは心からそう望んだのだから。


「あの、・・・サーバルちゃんはきっと幸せになれましたよね!」


少女が振り返ると、そこには誰もいなかった。

さっきまでの喧噪が嘘のように、まるで最初から誰一人いなかったかのように、劇場内はしんと静まり返っていた。


「・・・そうだよね」


諦めたように溜息をついて、もう一度壇上を見つめ背もたれに体を預ける。


「この後、サーバルちゃんは幸せになれたのかな」


「何か、不満があるの?」


背後から聞こえた女性の声に、少女は振り返らずに答えた。

なんだか、聞き覚えのある声だ。

直接話したことはないけれど、何度も聞いたことがあるような――この声、誰だっけ・・・


「・・・サーバルちゃんに悪いことしちゃったなって」


「でもサーバルは立ち直り、乗り越え、強くなることを誓ったわ、あなたの思い出にね」


「・・・そうなんですけど」


それでも、と少女は願う。


「せめて、ボクの代わりになる誰かがいてくれれば、って思っちゃうんです」


わがままだ。

自分はもう壇上にはいない。


こうやって、彼女の物語の顛末を知れただけでも、きっと奇跡と呼べるのだろう。


「あなたは、どうしてボクをここに?」


この声の主が、自分をここに導いた"奇跡"の実行者であろう確信はあった。

振り返らなかったのは、観客達と同じように、自分が彼女を見ようと、触れようとすると消えてしまうのではないかという不安があったからだ。


「あなたの想いが、この世界にずっと残っていたから」


「それは、魂とか未練みたいなものですか?」


「いいえ、それはあなたの怨念のようなもの」


どうやら自分は想像以上にロクでも無いものを残して死んだみたいだ、と少女はまた溜息をつく。


「ボクの結末が、サーバルちゃんの未来を変えちゃったんだもんね」


恨んだりする気持ちは全く無いのだけれど、もっと生きたかったと思うのは事実だ。

サーバルちゃんともっと一緒にいたかった、という気持ちがどこかでねじ曲がってしまったのだろうか。


そんな風に考えていると、奇跡の主が私の肩に優しく触れた。


「そうじゃないわ」


「・・・じゃあ」


「あなたの怨念は、あなた自身に対する悔しみ」


「ボクがボクを恨む気持ちが残っていたから、ボクにサーバルちゃんの物語を見せるの?・・よく、わからないです」


「私はあなたを、殺しにきたの」


急に物騒な言葉が飛んできたことに、少女が目を丸くした。


「ボクはサーバルちゃんを恨む気はもちろん無いし、別に世界を憎んだりする気も無いですよ?」


「ええ、わかってる、だから私はその怨念を殺してあげる、それが私の役目」


彼女は、神の使いとか天使とか、そんなとこなのだろうか。

別に正体なんて、どうだっていいんだと思う。


くすぶっているボクの魂を、いわゆる成仏させたいのだろう。

それを、怨念そのものであるボクを”殺す”と言ったんだ。


「・・・あなたが誰で、なんなのかわからないですけど、大変ですね」


「うん、だから、どうするればあなたを殺せるか、一緒に考えてくれる?」


ボクがボクを殺す手段を考える、か。


「あ、ほら、始まるわよ」


彼女の声に、顔を上げると、いつの間にか周囲からはざわざわと喧噪が聞こえてきた。

そして、後ろの客席からは大勢の人の気配。


ああまた満員だ、皆またサーバルちゃんの物語を見る為に集まったんだ。


「もう一度、始めてみよう?"ぼく達"の物語を」


そう言って彼女の気配が消える。

少女は視界の端に、見慣れた羽根飾りがふわりと揺れるのを見たような気がした。


響き渡る拍手の音に引かれ幕が上がり、またてんてんと音を立てて照明が壇上を照らす。


壇上にはサーバルが立っていた。


「ずっとずっとついてきてね、かばんちゃん」



サーバルは、嘆きの台詞を語り、そして再び物語は始まった。





―――――




変わらない世界。


変わらない物語・・・。  少女はただそれを眺め続ける。



かばんちゃん、やだよっかばんちゃん!

サーバル、離すのです・・・元の姿に戻るのですよ


壇上のサーバルが、かつてはボクだった虹色の球体を抱きしめる。


変わらないラストシーンだ。


壇上のサーバルが、悲しそうな顔で舞台袖へ消えていく。

奇跡の主はどうして、ボクにもう一度この物語を見せつけたのか。



「ボクはここにいるのに・・・サーバルちゃんっ!」


思わず少女が叫ぶと、壇上のサーバルがぴたりと止まって天井を見上げた。


「かばんちゃんっ?かばんちゃんなのっ!?」


少女は、壇上のサーバルが自分の声に反応したことで目を丸くした。


「え、え・・・そうだよ!サーバルちゃん!ボクはここにいるよ!」


少女は一瞬の希望を抱いたが、しかしてその後の展開は全く予期せぬものとなった。


壇上のサーバルは、かばんがまだどこかで生きているかもしれない・・・と

不思議な声が風にでも乗って、生存を示唆したのだと勘違いしたのだ。


観測する側でないサーバルに、それが幻であると理解することはできなかったのかもしれない。

・・・それ以上に、僅かな希望に縋りつきたかったのかもしれない。


そうして訪れた結末は、サーバルが一生存在しないかばんを探し続け、思い出に縋り生きていくというものであった。





劇場内にどっと拍手が広がった。


「・・・どうして、こんな・・・」


少女が満員席の喧噪の中、呆然としたまま拳を握りしめる。


「ボクが、・・・干渉したから・・・?物語に、茶々をいれたから・・・」


疑問は確信へと変わる。


「こうしてサーバルはかばんを想い続けて生きていく。例え一人ぼっちでも、ずっとかばんを想い続ける儚い少女・・・めでたしめでたし」


背後から聞こえる奇跡の主の声に、少女は唇をかみしめた。


「なにがめでたしですか!こんなの全然・・・最初より酷い結末ですよ!」


「不満があるの?」


「ありますよ!ボクはサーバルちゃんの幸せを望んだのに!もう一度幕が上がったのは・・・こうならない物語があるんだって・・・それを見せてもらえるんだって思ったから・・・!」


「きっと見れるわよ、いつか、そんな物語が」


ふっと、全ての気配が消える。


振り返るとそこにはやはり誰もいなかった。


また一人だ、この広い劇場にボクは一人ぼっち。


ぴんぽんぱんぽん、と劇場内にアナウンスが流れる。


「本日は閉館時間となりました、皆様の明日の御来場をお待ちしております」


聞こえてきた声は、奇跡の主と同じものだった。


「なお、明日の第一幕は午前9時からとなっております、お忘れのないようにお願いいたします。では皆様・・・本日もジャパリ劇場への御来場、ありがとうございました」


ぶつっと声が途切れると同時に、劇場内の照明が全て消えていく。



緑色の非常口のランプだけが残り、館内に残る少女を誘っていた。


「明日・・・」


また、同じ物語を見せられるのは明白だ。

そして・・・この劇場での意味の一つを先ほどの舞台で知った。


ボクは、鑑賞するだけではなく、干渉することができる。


つまりだ、これはボクがサーバルちゃんの物語に干渉し

サーバルちゃんが幸せになる為に、ボクが導けという事なのではないだろうか。


故に繰り返す。


ボクが、サーバルちゃんを最高の結末に導けるまで・・・

そして、ボクが満足し、怨念となったボクが死ねるまで続く。


きっとここはそういう世界。



非常灯のドアの前まで来て少女は踵を返した。

すたすたとホールの入口の大きな扉へ向かう。


駄目元で押してみると、すんなり開いたので拍子抜けしたが

開いたのは、20cm程で、それ以上は何をしても開かないようだった。


隙間からは、おそらく外へ続いているのであろう通路が静寂に包まれ

点々と非常灯の灯りだけが、ぼんやりと奥を照らしていた。


(出れない・・・か)


少女は客席を調べてみたが、何も発見は無かった。

壇上に上がろうともしたが、下りた幕がまるで鉄のようにその侵入を拒んでおり、結局は徒労に終わるのであった・・・。



諦めて、非常灯のドアを開けるとその先には小さな通路と、二つのドア。

一つは、"控室"と書かれたドアが通路の脇にあり、通路の突き当りには、おそらくこの劇場の裏口か物資搬入口なのか・・・おそらく外へと続くドア。

外へと続くドアは、予想通り何をやっても開かず、外が夜であることを少女に伝えるだけだった。

試しに5分程ドアに耳を当てたりして外の様子を探ってみたが、風や虫の声が聞こえるだけで何も得られるものは無かった。


少女は控室と書かれたドアを開ける。


中にはごちゃごちゃとよくわからない荷物が沢山積まれ、部屋の端に小さなベッドが一つだけ。


「明日まで、ここで寝てろってことかな」


・・・色々な不満が頭を過る。

自分が死の瞬間、サーバルちゃんの幸せを願ったから神様が奇跡を与えてくれた・・・というわけではなさそうだ。


ただ、不思議と暗い感情はわいてこなかった。


ボクはサーバルちゃんを助けて死んだ。

でも、ボクは死んでなお、サーバルちゃんの為に何かができるかもしれないのだから。



つづく


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