第5話 「謹毛失貌」
「バスが無くなった今、この松明しかありません。夜の間しか使えない手ですから急ぎましょう」
「確実に沈めるぞ・・・!」
「いくぞっ!」
「はい!」
ラッキービーストを抱えたヒグマとかばんが斜面を滑り降りる。
「とりあえず・・・追いつかれないように距離を・・・っ」
「何とか、船に誘導しましょう!・・・あっ!」
急過ぎる斜面にかばんが半分落ちるように転ぶ。
「大丈夫か、かばん!」
「いたた・・大丈夫です!」
しかしかばんが気づく。
転んだおかげで、走っていたら絶対に気づかなかったであろうものが視界の端に映る。
「ヒグマさん!少しだけあのセルリアンを誘導できますか!?」
「なんのつもりだ!?今は少しでも船に向かって・・・」
言いかけて、かばんの視線から意図を感じ取ったヒグマが黙って頷いた。
「うまくやれるんだな?」
呟くように言ったその一言は、少し離れた所にいるせいでかばんには届かなかったかもしれない。
しかし、かばんは確かに頷いた。
「こっちだ!でかぶつ!」
ヒグマが大きく松明を振ると、黒セルリアンが反応してそちらに進路を向けた。
『オオオオオォォォォ・・・・・・!!』
地響きのような唸り声が木々を揺らすが、ヒグマもその程度ではひるまない。
ハンターと呼ばれた者の矜持と、かばんというフレンズを信じているが故だ。
火に引き付けられるセルリアンの背後にかばんが静かに移動する。
そこには、かつては休憩所か何かであっただろう小さな小屋の残骸があった。
扉やドア、屋根なんかは酷く崩壊しているが、小さな二階建ての小屋だったであろうその残骸には
上階へと続く階段部分は、ある程度の形を保って残っていたのだ。
(高いところからセルリアンの背中に飛び移れば、・・・サーバルちゃんを助けられるかもしれない!)
音を立てないように階段を上り、屋根があったであろう部分に上がると
斜面を降りた黒セルリアンの背中が目の前にあった。
(サーバルちゃんっ!)
黒セルリアンの体内に、微かに見えるサーバルの姿がまだフレンズの形を保っていることに
僅かな安心と、なればこそ急がなければという焦りが沸いてくる。
(それでも・・・っやるしかない!)
「待っててサーバルちゃんっ今行くから・・・っ!」
屋根からセルリアンの背中に飛び移ると、かばんの体がその体内にずぶりと吸い込まれた。
まるで粘度が高い濁った水中のような感覚に、不気味な嫌悪感が沸くが、それに苦しむ暇はない。
もがくように手足をバタつかせ、サーバルへと手を伸ばす。
やっとの思いでサーバルの体を掴み、かばんが体内からの脱出を試みる。
が、水中で人を抱えて泳ぐのがどれだけ難しいか――
思ったように手足が動かない、それでももがくが一向に脱出できる様子は無く、次第に意識が薄れていく・・・
(ダメだ・・・これじゃ二人共・・・)
「かばんっ!!そこから・・・出てこいっ!!」
絶望しかけた瞬間、衝撃と共にヒグマの声が響いた。
(ヒグマさんっ!)
ヒグマの渾身の一撃で、セルリアンの体の一部が少しだけ削れ落ちる。
丁度二人の目の前に、脱出できそうな亀裂ができていた。
かばんが必死で手を伸ばすと、腕の先だけが外気に触れるのを感じた。
(これなら脱出できる・・・、・・・でもっ!)
体外に出た腕の周囲から、徐々に黒セルリアンが再生していくのが目に映る。
(ダメだ、このままじゃ・・・)
「かばん!まだかっ、これ以上は・・・!」
下では、セルリアンの攻撃を必死でかわしながら、脱出を待っているヒグマの姿が見えた。
(・・・・・・こうなったら・・・)
かばんの頭の中に色々な事がぐるぐると浮かんでは消えていくが
短い思考時間で、かばんが選べた結論は一つだけだった。
(サーバルちゃん…、見るからに駄目で…
なんで生まれたかもわかんなかった僕を受け容れてくれて…)
かばんが、サーバルの体をセルリアンの亀裂へと突き飛ばすように押した。
セルリアンの体からはじき出されたサーバルは意識を失ったままだったが、下に居たヒグマがそれを受け止めた。
「いいぞかばん!次はお前が・・・っ」
見上げたヒグマの目には、損傷個所が完全に塞がったセルリアンの姿が―――
そして、セルリアンの中でこちらを見るかばんと目が合った。
サーバルが無事なことを見届けたかばんは安心しきったような笑顔だった。
「ああっ・・・かばん!ダメだ・・・っ!」
(ここまで見守ってくれて・・・)
「かばんーーーっ!!」
(ありがとう、元気で)
――――――
―げきじょう―
「ああ、これはいつもの展開なのですよ助手」
「いつもの展開なのです」
「この後、我々が群れを率いてかばんを助けるのです、野生解放なのです」
「解放なのです」
かばんも、物語の流れを静かに見守っていた。
「どうしたの?」
「いえ、今回は"最初の物語と全く一緒"だなって」
「そうなの?初回だけは私は見てないからわからないけど・・・」
舞台上ではセルリアンの体からかばんだったもの、虹色の球体がフレンズ達によって救出されていた。
サーバルが嘆き、そしてかばんと帽子だけが残される・・・。
「全く同じです、これまでと。やっぱり黒セルリアンと戦いになった時点で・・・無理なんじゃ・・・」
かばんが頭を抱え込む。
「そんなことはないのです、そもそも解決策が無いのならお前がここに存在している事がおかしいのです」
「お前が回答席に座らされている時点で、決して答えの無い問題ではないのですよ」
博士と助手が、舞台の脇をふわふわと飛びながらわかったようなことを言う。
「でも、ここから何をしたって変えようがないじゃないですか」
火を使えるのはヒグマだけだし、彼女の攻撃力にも限度がある。
そもそも戦闘前に他のフレンズ達を無理矢理連れてきて一斉攻撃をかける・・・なんてことできるわけないし。
「ううう~どうすればいいんでしょう」
「悩むのですよ、ひたすらに」
「考えるのですよ、ひたすらに」
二人がふわふわと少女の目の前まで飛んでくる。
「お前が物語から学んだことを思い出すのです」
「我々と過ごした時間で得たものを、思い出すのです」
急に真面目な表情で迫って来る二人に、少女は何かを感じる。
「我々はお前の思考そのものなのです」
「この劇場に残ったサンドスターが怨念となったお前に残る思い出から、我々の形を作っているだけなのですよ」
「だから、我々が感じていることは本当はお前にもわかっていることなのです」
「答えは簡単なのです、お前にもわかっていることなのです」
「博士さん・・・助手さん・・・」
二人の言っていることの全てを理解できたわけじゃない。
でも、少女は確かに感じたのだ、希望がある事、そして少しずつ近づいてきているのだということを。
「わかりました、もう一回頑張ってみます、ボク達の物語を」
「それでいいのです、評論家」
「我々もちゃんと見届けてやるのですよ、評論家」
「えへへ、ありがとうございます」
「では、そんな頑張る評論家の為にとっておきの情報をプレゼントなのですよ」
劇場中にドラムロールの音が流れ、ででーん!という音と共に博士と助手に照明が当たる。
眩しく照らされた助手の手には、不思議な形の物体が・・・。
「なんでしょうソレ、助手さんの上半身の絵・・・?」
「これはおっぱいマウスパッドというものです、第一号として助手のやつが発売されるのですよ」
「定価6000ジャパリコインなのです」
「マウス・・・なんですか?」
「実は我々にもどうやって使うのかよくわからないのです」
「ヒトはこういったものを作っていたらしいのです」
「あ、でもこれなんだかプニプニしてて面白いですね」
少女がソレの胸部分を指でつつく。
「なんだかわからないですがすごい辱めを受けている気分なのです」
「助手、助手は脱いだらすごいのです、だから仕方ないのですよ」
「全然納得できないのですよ!博士!」
わけのわからない茶番劇に少女がくすくすと笑う。
自分はまだ笑える、絶望なんてしちゃいないのだ。
少女が決意を新たにすると、劇場内にブザーが鳴り響き、幕がゆっくりと上がっていく。
「さあ始まるのですよ、新しい物語が」
「準備はいいですか、評論家」
「あ、ちょっと待ってください」
少女が挙手すると、途中で幕がぴたっと止まる。
「ポップコーン、おかわりもらってもいいでしょうか」
「「そっちの販売機で自分で買え、なのです」」
つづく
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