第7話 「大団円」
「ねーねーかばんちゃんっ!私ねー最近同じ夢を見るんだ―」
バスの中でサーバルの突然の話にかばんが目を丸くする。
「うん、それが不思議な夢でねー」
(こんな会話、今までの物語では無かった・・・、またランダム性の・・・?)
そこまで考えて、首を振る。
(ううん・・・検証のチャンスなんて無いんだ、起きたことを正面から受け止めなきゃ)
「なんかねー、明るいような暗いような場所でね、かばんちゃんによく似た子が出てくるんだよ」
「・・・ボクが出てくるの?」
「うーん、かばんちゃんかどうかはわからないんだけど、そこではその子はずっと一人ぼっちなんだよー」
「それは・・・悲しい夢だね」
「助けてあげたいーって手を伸ばすんだけど、全然届かなくて、その子がどこか遠くにいっちゃうんだぁ・・・」
「そっか、・・・次に夢に出た時は助けてあげられるといいね」
「えへへ、夢の話なんだけどねー」
それは、あの劇場世界にいた自分の夢を見ていたのだろうか。
そう考えると、やはりどこかで自分とサーバルは繋がっていたのかと思い、自然と顔がほころぶ。
「大丈夫、ボクはここにいるよ」
かばんがサーバルに手を重ね、肩を寄せ合う。
サーバルも嬉しそうに目を細めて肩をすり寄せた。
「えへへ、かばんちゃんみたいな子だったけど、かばんちゃんじゃないから大丈夫だよ、かばんちゃんはずっとずーっと私と一緒だもんねー」
その夢が、あの劇場世界のボクだったとしても、何の関係も無いただの夢だとしても・・・
ボクはもうここに、舞台の上にいるんだ。
これからサーバルちゃんの手を離すわけにはいかない・・・大団円を迎える為に。
「カバン、ミナトガミエテキタヨ、フネモチャントアルミタイダネ」
―――――
それからは流れるように時間が過ぎていった。
まるでパラパラ漫画を見るように、ハンター達との出会いや黒セルリアンの襲撃――
そしてアライさんやフェネック達との邂逅を果たし、遂には対セルリアン作戦会議が終わる・・・。
作戦会議の間、ラッキービーストが姿を消していたことだけが、少し気になったが
それ以外は、これまでの物語と同じように展開していった。
「じゃあ、作戦開始ー!」
店頭したバスのライトに反応して、黒セルリアンがこちらに気づく。
「見てるよ見てるよ!」
こちらに一歩踏み出したセルリアンの姿に、サーバルが緊張の声をあげる。
「ラッキーさん!」
「ワカッタ」
そのままバスはバックでセルリアンを引きつけながら進んでいく。
「来てる来てる!」
「じゃあ、距離を保ちつつ・・・港まで行きましょう」
追いすがるセルリアンの一歩一歩の揺れに、かばんは震えていた。
「こんなに・・・怖かったんだ・・・戦うのって」
観賞する立場になって忘れかけていた恐怖、それがふつふつと体中に戻って来るのを感じる。
怯えるかばんを察して、サーバルがかばんの手を両手で握る。
「大丈夫だよ、かばんちゃん!私がついてるから」
「サーバルちゃん・・・」
だからこそわかる、いつでも側にいてくれて
こんなにも弱いボクにいつでも優しい声をかけてくれたサーバルちゃんの強さが。
黒セルリアンを引きつけバスは順調に進むが、かばんがそこで気づく。
(そうだ・・・このまま行くと何かを轢いてバスの動きが止まる・・・でも、ラッキーさんが・・・!)
接触までの数秒の間に、かばんの頭の中を色々な選択肢がぐるぐると回る。
ラッキーさんに知らせる?バスから降りる?ボクが運転を変わる?
(どうすれば・・・、どうすれば・・・!)
そして、意を決したかばんは―――
直後、ガガガガと激しい音を立ててバスが激しく揺れた。
「うわぁっボス!?」
サーバルが慌てて叫ぶ。
頭上には足を大きく上げて、踏みつけの態勢に入ったセルリアンの姿があった。
(怖い・・・けど、信じるんだ・・・ラッキーさんを・・・!)
「パッ・・・カーーーン!!」
ボスの操縦で、セルリアンの攻撃を紙一重でかわす。
「ボス!今日はかっこいいね!」
「この調子です・・・!船が見えれば後は・・・」
その瞬間セルリアンが大きく態勢を変え、全身で潰しに向かってきた。
(ここだ!)
ここの選択で、ボクかサーバルちゃんのどちらかが犠牲になってしまうんだ・・・!
(だから・・・!)
「サーバルちゃんっ!ラッキーさんを!」
かばんがサーバルに無理矢理ラッキービーストを抱かせ、運転席に座る。
(説明してる暇は無い、だから伝わって・・・!サーバルちゃん!)
ありったけの想いを乗せて、瞬間にサーバルと視線を交差させる。
(お願い!)
「みゃあっ!!」
サーバルがラッキービーストを抱えて後ろに大きく飛んだ。
離脱した二人を見送り、かばんがハンドルを全力で切る。
ズンッっという鈍い衝撃と共に、車体が少し浮いたが何とか直撃は免れたバスがそのまま走る。
「よしこれで・・・っ!・・・て、あれ?」
バスがプスプスと音を立てゆっくりと進む。
「あれ、あれ!?スピードが出ない・・・今のでどこかが?」
「エンジン部にトラブル発生、至急係員にご連絡ください、エンジン部にトラブル・・・」
急にバスの速度が落ち、車内に自動アナウンスが流れる。
「ああもう!引きつけてくれるのはいいけれど、この速度じゃ・・・」
背後には、すぐに態勢を立て直したセルリアンが追いつこうとしていた。
しかし、遂にバスは動きを止めライトが消えてしまう。
「え?・・・まさかっ」
どうやらバス自体が先の衝撃で完全に故障したらしく、ハンドルを弄ってももはや何の反応も無い。
「こんな展開今まで無かったのに・・・!」
この状況に初めて持っていくんだから、それも当たり前だ、と一瞬思う。
バスから降りてセルリアンと対峙すると、少しだけ膝が震える。
(大丈夫、怖がるな・・・いつかのボクはアレに飛び込めるくらい強かったんだ・・・!)
バスが動かない今、身体能力に優れない自分はもう逃げることはできない。
かといって、戦うことなんてできるわけがない。
(だったら、少しでもサーバルちゃん達が船にたどり着く時間を稼がないと・・・っ!)
マッチを擦り松明に火をつけ走るが、すぐに息が切れてしまい走れなくなってしまう。
やがてセルリアンに追いつかれてしまった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・!」
(・・・10秒くらいは稼げた、・・・サーバルちゃんの脚ならこれだけでも・・・)
目の前には暗い森が広がっているだけで、サーバル達の姿はどこにも見当たらなかった。
「えへへ・・・やった・・・!」
(逃げてくれた・・・これで・・・!)
後ろを向きセルリアンと向き合う。
すでに、大きく振り上げられた足が今まさに頭上に振り下ろされる瞬間だった。
「ちょっと予定と違ったけど、・・・これで、いいよね」
(サーバルちゃん・・・ありがとう、元気で)
かばんはそっと目を閉じた。
―――――
「ダメだよ!かばんちゃああああぁぁんっ!!!」
覚悟を決めたはずの体がふわっと宙に浮かぶ。
「えええええぇぇっ?」
かばんはサーバルに抱きかかえられて宙にいた。
「自分だけ犠牲になるなんて!そんなのダメだよ!!」
サーバルが着地するとほぼ同時に、セルリアン攻撃で地面が揺れる。
「おわっとっとっと・・・!」
サーバルがバランスを崩しながらも踏ん張り、もう一度かばんを抱いたまま跳んだ。
「かばんちゃんのバカ!バカバカ!」
「ご、ごめんってばサーバルちゃん、体が勝手に動いちゃって・・・」
「後でみんなでおしおきなんだから!でも・・・その前に・・・!」
サーバルが森を背にして着地し、セルリアンに向き合う。
「あのセルリアンを、やっつけるよー!」
「サ、サーバルちゃん!?でもボク達だけじゃ・・・」
サーバルが言った事が、引っかかる。
「みんな・・・?」
その瞬間、背後から沢山の光が自分達を包むようにその大きさを増していく。
振り返らなくてもわかる、みんなだ。
「さあ!とっとと野生解放するのです!」
「我々の、群れとしての強さを見せるのです!」
うん・・・もう、こわくない。
野生解放したフレンズ達が、次々とセルリアンに飛びかかっていく。
カラフルなサンドスターの輝きは、まるでたくさんの虹が踊っているようにも見えた。
「カバン、ブジダネ」
「ラッキーさん!どうしてみんなが・・・」
そこまで言いかけて、これは言ってはいけない疑問なのだと気づく。
本来、皆が駆けつけるのは明け方に近い時間のはずだ。
サーバルがセルリアンに食べられて、ラッキーが緊急信号を出してから初めて各ちほーのフレンズ達へと届くのだから。
「サクセンカイギノトキ」
かばんの言葉を待たずに、ラッキービーストが続ける。
(どうか――あの子を助けてあげて、ラッキー)
「キコエタンダ、ナツカシイコエ」
その瞬間、帽子の羽飾りがふっと揺れたように感じた。
「ダカラ・・・」
「ありがとうございます、ラッキーさん」
(そして、・・・ミライさん)
ボクらを助けたいという想いの力なのか、サンドスターの力なのか・・・
わからないけど、どうだっていい。
ボクは色んな人に支えられてここにいる、――生きて立っているんだ。
絶対に倒せないと思われた黒セルリアンがフレンズ達の猛攻で、遂に膝をつく。
しかしフレンズ達は野生解放でサンドスターを使いきったらしく、最後のトドメが刺せないでいた。
「かばんちゃん!」
遠くからは、大事な友人の呼ぶ声が聞こえる。
「うんっ!サーバルちゃん!」
走る。
ひたすら走ってサーバルの元へ向かう。
黒セルリアンの背中には遂に、弱点の石が露出していた。
「かばんちゃん!あそこ!」
サーバルが指をさす先には、セルリアンよりも大きな木がそびえたっていた。
「かばんちゃん、登るよ!つかまって!」
「ううん!ボク、自分で登れるよ!」
木に手をかけ足をかけ、登る。
木の隙間や丈夫な枝を選んでかばんが登っていく。
(命綱なんてない、チャンスもこの一回しかない――)
「う・・・みゃ・・・」
(でも、ボクにはサーバルちゃんからもらったものがあるんだ!)
「うみゃみゃみゃみゃみゃぁっ!!」
「かばんちゃん!」
かばんが、サーバルの手をしっかりと掴む。
「跳ぶよ!かばんちゃんっ!」
「うん!」
大事なパートナーと共に空を飛ぶ。
二人で一緒に、セルリアンの弱点の石に目がけて拳を振り上げる。
サーバルとかばんの瞳がサンドスターの輝きを放ち拳にもその力が宿ったように輝いた。
「「ええええーーーーーいっ!」」
二人の拳が、セルリアンに打ちこまれると同時に、世界が眩い光に包まれた。
光の中で目を閉じて、かばんはそっと言った。
「サーバルちゃん」
ありがとう。
―――――
―げきじょう―
舞台の上には、大きな遊園地風のセットがあった。
そこで様々なフレンズが遊び、歌い、踊る。
そこには、大団円を迎えた幸せそうなサーバルとかばんの姿もあった。
「良かったね、サーバルちゃん」
少女は一人、客席で眩しい舞台を見つめていた。
もう、歓声も喧噪も、誰の気配も残ってはいなかった。
「ボク・・・ちゃんとキミの物語、見届けることができたよ」
少女は安堵の息をつく。
「これで、サーバルちゃんは幸せになれるね・・・」
ボクも、笑顔で送ろう。
「そう、笑っていて。・・・サーバルちゃんはずっと笑っていて」
大好きなサーバルちゃんと同じ、笑顔で逝こう。
「これからは仲間達が、キミを支えてくれるから」
いつからだろう。
きっとボクもどこかで気づいていたんだ。
物語の"ぼく"とここにいる"ボク"は、もう違うものなんだって。
「そして、今キミが笑顔を向ける"ぼく"がキミの側にいてくれるから」
物語の結末を迎えることで、ボクがどうなるのか。
最初から、わかっていたはずなのに―――。
「だって・・・」
声が震える。
「だって、ね、・・・ボクは、ずっと・・・ずっとキミの幸せを願っていたんだよ・・・」
そう、キミの隣にいる"ぼく"が・・・
怨念の"ボク"じゃない、本物の"ぼく"が、これからずっとキミの側にいるから・・・。
「物語は終わるのです、もう我慢はしなくていいのですよ」
少女の右肩に小さな手が触れた。
「もう、いいのですよ」
左の肩にも小さな手が触れた。
「誰も認めなくても、お前はお前として頑張ったのですよ、"かばん"」
「ここでお前が何を叫んでも、それがお前の言葉なのですよ、"かばん"」
両脇から、二人の小さな体に背中を抱きしめられる。
「サーバルちゃん・・・ボクは、ボクはね・・・」
もう、流れ出る涙を止められなかった。
もう、我慢はしなくてもいいのだ。
「ボクね・・・ずっとキミと一緒に幸せになりたかった・・・!」
少女の体が、柔らかい光に包まれ、徐々に消えていく。
「本当はボクがそこに居たかった!キミの隣で!」
怨念となった自分の全てを吐き出すように。
「その笑顔を、ボクに向けて欲しかった・・・ボクが一緒に笑いたかったんだよ・・・!」
そして、その怨念の全てが浄化されていくように、言葉と涙が溢れていく。
それは、友人の未来を祝福する涙なのか、それとも、後悔の涙なのか
「サーバルちゃんっ、どうか、幸せに・・・幸せにっ、うわああああああんっ・・・!」
ボクはもう、キミを感じることはできないけれど。
キミの側には"ぼく"がいてくれるから。
「うええぇぇぇん!・・・うええええええええん!!サーバルちゃっ、サーバルちゃんっ・・・」
子供のように泣きわめく少女が、光になって劇場の天井に消えるように昇っていく。
「サーバルぢゃん・・・ずっどおもっでるから!ボクっ、わすれないからあぁあぁぁ!」
やがて少女の声も空へと溶け――
少女が座っていた席に小さな光が、ひらひらと舞い落ちる。
それも、小さくまたたいて、やがて静かに消えていった・・・。
これが全て
もう一つの、ボクの物語の全て。
神様、奇跡をありがとう。
出会いも別れも与えてくれてありがとう。
彼女の幸せを願わせてくれてありがとう。
大好きなサーバルちゃん、幸せになって。
絶対、・・・絶対に幸せになって。
だから、さよなら
サーバルちゃん。
つづく
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