第3話 特異体質

「うち、特異体質なんです」


 つぼみさんがココアのマグカップを置いてため息をつきました。


「小さい頃から、うっかりすると、別の<扉>を開けてしまうんです」


 わたくしはほうじ茶をすすりながら、ピクリと動いた肩先に気づかれないように何気なく先をうながしました。


「――別の<扉>といいますと?」


「えっと、例えば……。三歳の頃ですけど、おひな様の段飾りの(もうせん)をめくったら、観音かんのん開きの小さな扉がありました。開けると、ミニチュアみたいな座敷があって、晴れ着で着飾ったネズミたちが披露宴をしていたんです」


「ほお。おとぎ話のようですね」


「ええ。でも――。ねずみたちに『知らない子が見てる』って騒がれて、小豆サイズくらいの草履ぞうりをぶつけられて、いそいで閉めたんです」


「それはショックでしたでしょう」


「はい。子供心に傷つきました。痛くはありませんでしたけど」


 つぼみさんは悲しそうな頬笑みを浮かべました。


「五歳の頃には、隣の家との境にあるブロック塀に、枝で編んだような、柴折り戸っていうんですか?――おかしな木戸を見つけました」


「その木戸というのも――?」


「そんなの昨日までありませんでした。うちが開けたら、天まで届くような杉の大木がそびえていました。大勢の白装束しろしょうぞくの人たちが、木のてっぺんを目指して登ってゆくのです。梢に坐っていた人が、うちに気づいて『みなのしゅう御用心ごようじん』と叫んだら、いっせいに全員が振り向いて、その顔がみんなカラスでした」


「それは――怖ろしい」


「いそいで閉めました。……別の<扉>を開けると、ろくなことがないんです」


 つぼみさんはマグカップを弄びながら、上目遣いにわたくしの反応をうかがっていらっしゃいます。


「なるほど。別の<扉>というのは、異世界へ通じているというわけですね」


「そうなんです!」


 つぼみさんは大きな目をさらに見開いて、わたくしを見つめました。


「なんかビックリ。雪ノ下さんって、あんまり驚かない人なんですね」


「いやいや、そんなことはありませんよ。とても驚いていますとも。ただ、あまり動揺しては、おはなしが伺えませんからね。なるほど――」


 わたくしがカルテを書き込んでいると、つぼみさんは鞄から水色のハンカチを出して目に押しあてました。


「うち、ここのセラピーに来て良かった! こんな話したら、頭がおかしいって言われるに決まってるから、誰にも話したことなかったんです」


 まだ小学五年生というのに相談する相手も無く苦労してこられたようです。わたくしはつぼみさんが気の毒になりました。


「そうでしたか。わたくしでよろしければ、これからもお気軽にいらしてくださいね」


 というわけで一月後に予約を入れて、この日は無事に帰っていかれたのでした。

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