第9話 パン屋さんの裏口

 扉の奥はちょっとした騒ぎになりました。ものが落ちる甲高い音に混じって、のどかな叫び声があがります。


「ほんとうかあー」


「どこだあー」


「待ってえ-」


 小さな扉から押し出されるように、次々と十二頭のカピバラが出てまいりました。


 ところで、その扉のある場所ですが、先程も申し上げましたように、丘の中腹で、ちょっとした急斜面でした。というわけで先に出てきたカピバラは、後から来るカピバラに押し出されて、崖をコロコロと転げくだるよりなかったのです。


「わああ、落ちるうー」 


「わああ、落ちるうー」 


「わああ、落ちるうー」 


「いやあ、助けてえー!」


 つぼみさんがカピバラに巻き込まれて、柔らかな草の丘を転げ落ちてゆく姿に、わたくしは安全な位置からおおいに笑ったものでした。


「おおい。つぼみさん、お怪我はありませんか」


 ひとしきり笑ってから、崖下の小川のほとりに駆けつけますと、折り重なった十二頭のカピバラの頂上から、つぼみさんがわたくしをにらみつけました。


「雪ノ下先生、なんで助けてくれないのよっ!」


「申しわけありません。とっさに体が動きませんで」


「笑ってたでしょ!」


「そんな。めっそうもない(笑)」


 すると、つぼみさんの真下のカピバラが心配そうに言いました。


「すみませんでしたねえー。痛いところはありませんかあー?」


 つぼみさんは、はっとしてカピバラの山を見下ろしました。

 そうなんです。カピバラが自分たちの体をクッションにして、つぼみさんを守ってくれていたのです。それに気づいた、つぼみさんは、慌ててカピバラの頂上から滑りおりました。


「大丈夫ですっ! ごめんなさい。ありがとうございました!」


 カピバラたちがムクムクと起きあがり、十二の鼻面がつぼみさんを囲みました。


「どこにも怪我はないかなあー」


「転んで痛かったろうなあー」


「すまなかったなあー」


「大丈夫です! ほんとうになんともありません!」


 つぼみさんは手を振り回したり四股しこを踏んだりして、懸命に無事をアピールしました。これは面白い。おっと、笑っていてはまた叱られますね。わたくしはエヘンと咳払いをして、カピバラたちの後ろから話しかけました。


「カピバラのみなさん。このたびは、わたくしの友人のつぼみさんが、大変失礼したしました」


 十二頭のカピバラがいっせいに振り向きました。


「あれ、雪ノ下君だあー」


「どうしたのおー?」


「この子と友達なのかー?」

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