第10話 お代はいりません

「みなさん。こちらは、津雲つくもつぼみさんとおっしゃいまして、先程、みなさんのパン屋さんで失礼なふるまいをされたことを、お詫びしたいということでしたので、一緒にうかがったのです」


 わたくしが目顔で合図すると、つぼみさんは、ぺこりと低く頭を下げました。


「さっきはすみませんでした。お金も払わないで逃げたりして、ごめんなさい!」


 すると、十二頭のカピバラがいっせいに頭を横に振り立てたので、そよ風が立ちました。


「悪かったのは、こっちだようー」


「お金がない子にパンをすすめるなんて―」


「お代は要らないよう―」


「それが言いたくて、追いかけたんだよう―」


 すると、つぼみさんの大きな瞳がみるみるうちに潤み、わっと泣き出しました。


「ひゃああ。泣いたあ―」


「女の子を泣かしたあ―」


「ばちが当たるう―」


 あわてふためいたカピバラたちは、泣いているつぼみさんの周りを右往左往したあげく、輪になって走りはじめました。


 どどどどど。どどどどど。


「みなさん、落ちついて! つぼみさんは感動して泣いていらっしゃるのです! みなさん、止まって! やめてください!」


 わたくしが声を張りあげて制止すると、ようやくカピバラのサークル運動が止まりました。


「そうなのかあ―?」


 十二頭のカピバラたちが、気遣きづかわしそうにつぼみさんを見上げました。


「ごめんなさい」


 つぼみさんが泣きじゃくりながら言いました。


「うち、逃げたりして、ほんとうに恥ずかしいことをしました。カピバラさんたちは、こんなに優しいのに。あんなに美味しいパンを食べさせてもらったのに」


「そんなに美味しかったですかあ―?」


 一頭のカピバラが、ささやくような声で尋ねました。


「美味しかったです! 最高に美味しかったです!」


 つぼみさんが号泣しながら叫ぶと、カピバラの群れがどよめきました。


「うそじゃありませんよ。なにしろつぼみさんは、こちらのパンの匂いで、裏口の<扉>を突きとめたくらいですからね」


 わたくしが言い添えると、もう一度どよめきが起こりました。


「美味しいって―」


「美味しいって―」


 どどどどど。どどどどど。


 カピバラたちが、また輪になって走りだしました。誇らしげに鼻先を掲げて、踊るように足並みをそろえて、十二頭のカピバラが高い声で歌いだしました。


「カピバラのパンは、美味しいパーン!」


「パピパパポパンパ、ポピピーパーン!」


「カピバラのパンは、美味しいパーン!」


「パピパパポパンパ、ポピピーパーン!」


 歌うカピバラは、つぼみさんとわたくしの周りを、いつまでも回り続けるのでした。

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