第6話 カピバラのパン屋

「えい、お待ち! 醤油と餃子セット! こちら小ライスです!」


 ハシビロコウのラーメンがテーブルに並びました。

 そのまま大将が目を逸らしてくれません。熱いうちに頂きますので、今回は再現ドラマでお送りいたします。


* * *


「人間だ! 人間のお客様だ!」


 カピバラたちは嬉しそうに目を細めました。


「ここの商店街には、百年前から店を出してるんですよう」


 レジのカピバラが言いました。


「え、そんなに長く?」 


 つぼみさんは素直に反応してしまいました。


「そうなんですよう。それなのに、誰も見つけてくれなくてねえ」


 カピバラはエプロンでごしごしと涙をぬぐいました。


「悲しかったなあ」


「毎日、こんなに美味しく焼けているのになあ」


「たまに、小さいお子さんが気づいてくれてもねえ」


「おかあさんには、このお店が見えないもんだからねえ」


「あのパン、買ってくれえって、泣きながら連れていかれちゃうんだよねえ」


「あの声は切なかったなあ」


 カピバラたちがシクシク泣いて鼻をかんでいます。


「いやあ、よく見つけてくれましたねえ」


 レジのカピバラが、つぼみさんのパンを紙袋に丁寧に包んで差し出しました。


「百円ですう」


 つぼみさんが財布から百円玉をつまみだして渡すと、カピバラたちはヒゲを近づけあって、くんくんと匂いを嗅ぎました。


「これが百円玉かあ」


「思ったより小さいなあ」


「はじめての売り上げだなあ」


「涙が止まらないなあ」


「そうだ。ちょっと待ってくださいねえ」


 一頭のカピバラが店に並んだ別のパンを持ってきました。


「こちらは当店特製のバターロールなんですよう。良かったら味見してくださいねえ」


 差し出された籐のバスケットには、ふっくらした丸いパンが、こんもりと盛られていました。なんの特徴もないバターロールのようでしたが、きつね色の焼き目があまりにも美味しそうで、つぼみさんはためらうことなく一つを手に取り、ぱくりと食いつきました。


「はああ……」


 幸せが体からあふれ出しそうです。小麦の味わいが甘く香ばしく、バターの風味が豊かな後味をかもしだします。一個をぺろりと平らげたつぼみさんは、もう一つに手を伸ばしました。カピバラたちは呼吸することさえ忘れて、つぼみさんの表情に見入っていました。


「くっ! ほあああ……」


 つぼみさんが指先で眉間を押さえると、カピバラたちが感動の面持ちで尋ねました。


「そんなに美味しいですかあ?」


「信じられないくらい美味しいよ! こんな美味しいパン、はじめて食べました!」


 次の一個をつかみながら絶賛すると、カピバラたちは鼻面をこすりつけあって喜びました。


「やったなあ。『はじめて』頂きましたあ」


「今度のは自信作だからなあ」


「頑張って良かったなあ」


「酵母を天竺てんじくまで取りにいったものなあ」


「諦めなくて良かったなあ」


 涙ぐんだカピバラたちは、しみじみと彼らの生み出した傑作を覗きこんだのでした。


「あれ?」


 バターロールを山盛りにしておいたバスケットは、すでに空っぽでした。

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