5 寝ても醒めても




 それから数日、眠るたびにユウキたち三人は夢の中のホテルで再会した。


 現実で目が覚めると、ホテルの中から消え――眠れば、前回消えた地点に現れる。

 自然に目覚めることもあれば、誰かに起こされるなりしても現実に戻ることが出来るようだ。

 そして、夢の中で何かに襲われても、現実では何事もなく目覚めることが出来る。悪夢に驚き飛び起きるのと変わらないが、心臓には悪すぎる。

 いわゆる〝残機〟のような概念はないものの、寿命が縮んでいるような感は否めなかった。


 夢の中に地図や連絡手段がないため、地点が違うと合流する術がなく、マネキンに追われはぐれた時などは困りものだ。この前も、メージンが彼女に、二人だけで先に行ってしまったために合流に時間がかかった。

 なるべく離れないよう、扉を目印にしながら、三人の探索は進む。

 そもそも上階への階段があるかは怪しく、見つかるかどうかは運次第ではあったものの――


「さすがに、しらみつぶしに全ての扉を開ければ見つかるか」


 とある客室の中に階段を見つけることが出来た。

 見つかる時はあっさりしたもので拍子抜けだったが、その感動はひとしおだった。

 しらみつぶしと言うのは簡単でも、当初は徘徊するマネキンを警戒しながらの慎重な作業を強いられた。しかしそれもタカラが夢の中に木刀(武器)を持ち込めることを発見してから、少しだけ楽になった。

 バトルは伴ったが。


「こいつらなんもドロップしねえのな」

「仲間呼ばれないだけマシでしょ……」


 眠る時に手にしていた木刀やバットで滅多打ちにすることで、三人がかりでなんとか一体の徘徊者を倒すことが出来た。そうやってこつこつ探索を進め、ようやく三階への階段を発見したのである。


「よし、このまま四階まで行くぞー!」


 きっと三人ならこの悪夢も乗り越えられる――そう思っていた。




               * * *




 三階――いつ頃からかダンジョンよろしく〝三層〟と呼んでいたそこは、薄闇に覆われた空間だった。

 当初は闇の中、手探りに進んだものの――翌日、メージンの提案で夢の中に懐中電灯を持ち込んだことで、謎に包まれた三層の姿が明らかになった。


 そこはあの廃墟の三階に似てはいたが、廊下の幅が広く、床も壁もコンクリートが剥き出しだった。

 実際より廃墟感が強いどころか、足元は軽く水浸しになっていて、懐中電灯の明かりを反射して天井に影が揺らいだりと、


「まるで洞窟ダンジョンじゃねえか」


 そんな感想を抱くのに十分な様相を呈していたが、徘徊するマネキンの姿もなく、比較的平穏に探索は続いた。


「おい、あれ――」


 しかし。


「……前例があるからな。悪い予感しかしない」


 懐中電灯の明かりに照らされたのは、後ろ姿。

 三人の前に現れたそれは、女性のようなシルエットをしていた。

 メージンが一歩後ずさる中、ユウキはもう少しよく見ようと前に踏み出した。

 その背中に、見覚えがあったのだ。

 あれは確か、中学一年の時の担任――



「母ちゃん!」



 ……と。


「……は? どうしたんだよ、タカラ、急に」

「君の母親なのか?」

「いやっ、違っ――、」


 まるで不本意に、思わず口走ってしまったかのような反応だった。

 それを見て、ユウキは思い出す。

 中学生の時に、そういうことがあったのだ。

 きっとタカラにとって今でも忘れられないトラウマなのだろう。

 それは誰もがやらかす恐れのある失敗だった。


 教師相手に、思わず「お母さん」と言ってしまう――いちばん恥ずかしいやつ。



「うわぁああああああっ!?」



「た、タカラどうした!?」


 燃えだしたのだ。

 タカラの身体が、赤い炎に包まれている――頭を抱え、タカラは絶叫していた。


「羞恥心に身を焼かれてるんだ」

「なんでおまっ、そんな冷静なんだよメージン?!」

「……分からん。ただ、恐らくだが、ミドリサンに散々やられたからな」


 メージンは疲れた笑みを浮かべた。それから、ここは夢の中だ、と。


「なんでも起こりうる。気が滅入るな。こんな悪夢、早く終わらせなければ――」


 命がいくつあっても足りない。


 燃え尽きて消え去った友人を尻目に、彼はそう呟いた。




               * * *




 ――それ以来、タカラが夢の中に現れることはなくなった。


 学校では顔を合わせるものの、どうにも話しかけづらい。寝ていないのか、常時機嫌が悪そうだった。

 相当堪えたのだろう。しかし、探索を進めなければこの悪夢は終わらない。

 はぐれる恐れもあったが、探索はユウキとメージンの二人だけで進めた。しかしそれぞれに事情がある。就寝時間が合わず、夢の中で一人になることも多かった。

 一人でいることほど恐ろしいこともない。いつ何が出てくるか分からず、恐怖が理性を脅かした。夢の中だと身体の動きは軽くなる半面、どうにも普段以上に臆病になる。

 闇の中、迂闊に動くことも躊躇われ、それならいっそと、ある夜、ユウキは徹夜を敢行した。

 ネットを見たりゲームをして眠気を抑えこみ――この生活への限界を感じながら。


「――はっ、」


 気が付くと、また薄闇の中だった。


「寝落ちした……?」


 現実感が曖昧で、直前までの記憶が判然としないまま、ユウキはぼんやりと闇の中に歩を進めた。


「メージンともはぐれてるよなぁ……」


 その場でじっとしている方が得策なのは分かっている。しかしただそうしているだけだと、周囲の物音や、時折感じる何かの気配が異様に意識され、とてもじゃないが平静でいられなくなるのだ。

 気を紛らわすためにも、階段を見つけてこの状況を打開するためにも――自分を勇気づけるように言い聞かせながら、ユウキは闇の中、壁伝いに進んでいく。


 ただ、そうして移動すると、



 クマ――っ!



「くまぁっ!?」


 何かと遭遇することもある。


 それはクマだった。熊ではなく、デフォルメされたクマ。着ぐるみのようなそれはしかし愛らしさとは縁遠く、二メートル近くの巨躯に加え、無表情な上に瞳には生気がない。

 両手を広げ、ユウキに襲い掛かってきた。


「うわぁあああ……あ?」


 逃げようとした。

 しかし、なぜだ。身体が――重い。思うように動かない。まるで処理落ちでもしているように、身体の動きがカクカクと。

 その間にも、クマが、がががががあ



 おKi……L――おい、



「起きろ」



「ああああああっ!?」



 ユウキは飛び起きた。


 最初は何がなんだか分からなかった。しかしすぐに気付く。周囲から、くすくすと忍び笑い。近くに厳めしい顔をした男性が立っている。


「俺の授業中に眠るたあ、お前、修学旅行終わってから気ィ抜けてんじゃないか?」


 しばくぞコラ、とでも言うかのような眼光に気圧される。

 ヤクザだ。

 ……いや、教師だ。


 教室だった。どうやら授業中に寝落ちしたようだ。


(マズいな……)


 廊下に立たされながら、思う。


 夢と現実の境が曖昧になっている。自分がどこにいるのか見失いつつある。



「京都に行こう」



 その日、ユウキはタカラとメージンを集め、そう提案した。


 それで何か解決する保証はないけれど、可能性があるなら、なんでもいい、やれることをやらなければならない。


 ……このままだと、本気でマズい。



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