6 そして、闇の中へ




 ――――落ちる――――


「うわぁああああああっ!?」


 ユウキはどこまでも続くような、深い闇の中を落ちていた。


 京都への移動中の車内で眠ってしまったのだろう。気付いたら三層のどこか。現実では直前まで共にいたはずの友人二人の姿はなかった。夢の中で一人迷っていたら、白い布を被った化け物に追われて、気付いたら闇の中を落下中だ。


 現実感がどんどん壊れていく――



 ……ユウキ。



「ああああああっ!!」



 ――悠木ゆうき立夜たつや



「――、あ?」


 唐突に、足の裏が地面に触れた。地面に接していた。


「おい、大丈夫か? ずっと叫んでたけどよ……」


 気付けば、すぐ隣にタカラとメージンの姿がある。二人も学生服姿で、心配そうな顔をしていた。


「は……? え?」


 三層で落とし穴のようなものに嵌ったはずだが――あれも夢だったのか?

 ……いや、違う。

 ここは――ホテルのラウンジ。一階だ。


「上から……落ちてきた?」

「そのようだな。大方、僕たちが声をかけるまで、ずっと落ちている感覚に囚われていたんだろう」


 落ち着いて話を聞けば、ユウキは二人が見つけるまでラウンジで蹲り叫び続けていたらしい。恥ずかしい限りだったが、


「君の叫び声を聞きつけて、三層にいた僕たちは合流できたんだ」

「こいつがあの穴に飛び込もうっつった時は、どうなるかと思ったけどな」


 二人はユウキを追って穴に飛び込み、気付けばラウンジに立っていたという。


「どうせ死んでも目覚めるだけだからな」

「だからってなぁ……」

「逆に、僕たちが後を追わなければ、ユウキはずっと目覚めずにいたかもしれない」


 そう言われるとぞっとしない。


「ともあれ、だ。京都への移動中にまたここに来たんだ。……このまま一気に踏破してしまうのもありだな」

「踏破って……」


 眼鏡を輝かせてドヤ顔したまま何も言わないメージンをぼんやり見上げると、彼に代わりタカラが言った。


「こいつ、徹夜で……というのも違うか、まあずっと三層歩き回って、階段見つけたらしいんだよ」

「なに、自分を見失わなければ簡単だった。壁伝いに進んでいけば、三層の構造があの廃墟そのものだと分かったからな。エレベーターから階段まで、僕の頭の中には完璧な地図が出来ている」

「おぉ……さすがメージン。攻略オタク。でもさ、白い布着たやつとか、クマとか出なかった……?」

「布は知らんが、クマなら出たな。……なに、あんなもの、ミドリサンに比べればまだ可愛いものだ」

「……お前の中でどんだけその子ヤバいんだよ……」


 どうやらメージンは三層にある客室に隠れるなどしてクマをやり過ごしたのだという。簡単なホラーゲームだった、というが、それはライトを持参していたためだろうともユウキは思う。完全な闇の中だと、急に現れる布やらクマやらの存在は本当に心臓に悪い。それこそ簡単に冷静さを失うのだ。


「……で、どうやって四層に行くんだ? 正直、オレはもう三層には行きたくねえんだが」


 タカラがばつが悪そうにそう言うと、メージンはまたも眼鏡を輝かせる。


「エレベーターだ。当初の予想通り、どうやら一度入った階にはあれで行けるようだぞ。さっき確認したが、四層のボタンが追加されていた」

「この悪夢、お前のせいで出来てるんじゃねえかって気がしてきた……。それで、四層はどうだったんだ? 見たのか?」

「単独での攻略が難しいと分かって即行帰還した」


 即答するメージンの様子にユウキとタカラは首を傾げたが、ともあれ、こうして攻略を推してくるということは、三人ならなんとかなると踏んでいるからだろう。


 それならば――正直京都に着いて何をどうするか考えていなかったこともあり、現状打破の可能性が最も高いダンジョン攻略に一縷の望みを賭けることにした。




               * * *




 エレベーターの上昇する――無重力感が、止む。


「……先に言っておくが、ラストだけあってこれまでより強烈なヤツが来るかもしれない。覚悟しておけ」

「お前なに見てきたんだ……」

「あれは僕の悪夢だからな。君たちの前にはまた違うものが現れるのかもしれない。だが……三人よればなんとやらだ」

「それより『三本の矢』の方が合ってるだろ」

「お、タカラから頭良さそうな突っ込みが」

「うるせえ」


 笑い合う――エレベーターの扉が開く。


 闇があった。


「……なんも見えねえんだが。真っ暗というか、真っ黒だぞ」

「エレベーターの光も吸い込まれてるんじゃないか、これ……?」

「懐中電灯も無意味だったからな。床はあるが、壁もないからどれだけのスペースがあるかも分からない。歩いてるうちに平衡感覚が狂いそうになる。正直訳が分からない」


 だが――だからこそ、ここが終着なのではないか、と。



「ちょうどボスもいるしな。……僕たちの力であいつを倒し、この悪夢を抜け出すんだ!」



「……痴話ゲンカなら二人だけでやってくんないかな」

「こいつらの和解エンドになったらオレぶちギレるかんな」


 そして、三人は闇の中に踏み出した。




               * * *




 ――え?


「……おい、タカラ? メージン?」


 唐突に、二人の気配が消えた。それだけは分かった。

 振り返れば、エレベーターの白い個室。無人だ。今、ここから三人で外に出た。そのはずなのに。


「…………」


 ユウキは逡巡した。このまま進むべきか、戻るべきか。


「行こう」


 きっと二人もそうするはずだ。……そういう雰囲気だった。だから信じよう。


 ユウキが決意し踏み出すと、背後でゆっくりとエレベーターが閉まり始めた。

 唯一の光源が失われ――視界が闇に閉ざされる。

 目を開いているのかどうかさえ分からなくなる闇の中――



 もぞもぞ



「……こ、この感じ、まさか――」


 視界の端を、何か白いものが横切った。


 振り返ると、そこにいた。


「うわぁああああああっ!!」


 目の前を覆う――



 白。



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