3 HELL,O




 ――きっと、廃墟になんて行ったせいだ。


「はあ……」


 修学旅行二日目、わいわいがやがやと楽しそうな周囲と打って変わって、ユウキのテンションは過去最悪に低かった。


 恐ろしい夢を見たのだ。

 そのインパクトが強すぎて、夜明け前に叫びと一緒に飛び起きた。それから眠れずにいて、気分が悪い。体調も優れない。

 ただ、それはどうやらユウキだけでなく、共に行動するタカラとメージンも同様のようで……。


「二人とも、どうかしたの……?」


 なんとなしに問いかけてみれば、


「いや、妙な夢を見てな……。ホテルで、マネキンに追いかけられるんだ。きっと慣れない環境で寝たせいだろうが――」

「マジか?」


 と、さっきまで口ごもっていたタカラが食いつく。


「オレもそんな夢見たんだよ。逃げ切ったと思ったのによ……どっかで休もうと思って部屋のドア開けたら、そこから似たようなのがいっぱい出てきてさ」

「なんだそれ……」


 ユウキは力なく苦笑する。まるでテレビ番組だ。タカラもメージンもつられて笑った。少しだけ元気が出た。


「同じ夢見るなんて、俺たちどんだけ仲良しなんだよ」


 そうやって、そんな偶然もあるんだなと、その時は笑い話に出来たのだが――




               * * *




 その夜、ユウキはトイレの中にいた。


「は……?」


 トイレの個室で、便器に座っている。しかし、用を足しに来た覚えはない。なぜこんなところにいるのか分からなかったものの、この場所には見覚えがあった。


 あのトイレだ。


「……いや、まさか……」


 恐る恐る顔を上げるが……天井があるだけ。

 ユウキは苦笑しながら個室を出る。何もない。普通の男子トイレだ。


「寝ぼけてんのかな……」


 呟きながら廊下に出た瞬間、ユウキの背筋が凍る。

 無機質な照明が照らす、無人の廊下。客室の扉が並び、どこまでも続くようなそれに、嫌な既視感を覚えた。


「気のせいだ、気のせい……」


 自分の部屋に帰ろうと、廊下を進み、角を折れ――


「うわぁっ!?」


 何かとぶつかり、思わず声を上げてしまった。


「な、なんだユウキか……」


 メージンだ。後ろには腰を抜かしたタカラの姿もある。


「と、突然出てくんなよな……」


 ばつが悪そうに呟きながら、タカラが立ち上がった時である。



 ばたばたばたばたばたばたばた!



 一斉に客室の扉が開く。


 ぎょっとして三人が振り返ると――にょきり、と。そんな擬音が似合いそうな仕草で、開いた扉から顔を覗かせる――



 HELLO



 無数の無貌マネキン



「うわぁああああああっ!!」



 叫びはほとんど条件反射だった。

 背を向け走り出す。足がもつれ、転びかけながら、三人は駆けた。

 無数の足音が響くも振り返る余裕はない。ただ無心に真っ直ぐな廊下を逃げる。

 息も絶え絶えになる頃、廊下の先に希望が見えた。


 談話スペース……エレベーターだ。


「早く早く早くっ」


 真っ先に飛びついたタカラがボタンを連打する。ゆっくり扉が開く。三人は我先にと飛び込んだ。再び連打。ゆっくり閉まる扉の向こう、細い廊下にぎゅうぎゅう詰めになったマネキンが見えた。

 ヤツらがスペースに雪崩れ込む――


「……ふう」


 誰からともなくため息をこぼす。なんとか難を乗り切った。


 ――が。


「!」


 弾かれたように立ち上がり、メージンが一階のボタンを押した。最初はその意味が分からなかったユウキだが、すぐ思い至る。

 マネキンたちがボタンを押せば、エレベーターの扉は開いていたかもしれない。友人の機転に安堵する。


「さすが、彼女とデパートで鬼ごっこするだけはある……」

「まあ、な……」


 苦笑し合っていると、エレベーターが一階に到着する。自然と開く扉。三人は恐る恐る外に出た。


 ……昨日も見た、あのラウンジだ。


「昨日も……こんなこと、あったような……」


 マネキンに追われる……夢。


「……夢、じゃない……?」


 知らずこぼれた呟きに、タカラとメージンが振り返る。


「そもそも、夢ってお前……」


 気が付けば、ここにいた。しかしそうなる前、ユウキはテンションの低い旅行二日目を終え、眠りに就いたはずだった。そして気付けばあの廃ホテルと思しき場所にいた。昨日も同様で、それは二人も同じだった。


「試しに……」


 と、メージンが自身の頬をつねる。顔をしかめる。痛みがあるようだ。ユウキもタカラも真似した。痛い。


「マジか……。夢じゃ、ない……? でもオレたち確かに寝たはずで……」

「気付いたら、ここにいた、か。じゃあここは夢の中なんだろう」


 しかし、夢であって、夢でない――にわかには信じられないものの、そう結論付ける他なかった。

 そして、原因があるとするなら、それは。


「タカラ……お前が肝試し行こうとか言うから」

「お、オレのせいかよ!」


 メージンと揃って頷く。

 きっと三人は、呪われたのだ。これは祟りだ。心霊現象なのだ。


「眠ると、あの廃墟にとらわれる。僕たちはきっとここから出られない……。現実でも、夢でも僕は束縛されるのか……これから毎晩……」

「ちょっと待てよ!」


 タカラがホテルの入口に向かう。その扉を開けようとして、固まる。ユウキにも想像がついた。きっと開かない。出られないのだ。


「ま、まだ諦めんなよ! ……え、えっと、ほら、あれだ。上だ!」

「上って……」


 マネキン溢れる二階のことか?


「このホテルは確か、四階まであるはずだぜ。憶えてるか? 昨日、四階も電気ついてたんだ。上まで行ったら、こう……ボス的なヤツがいるんだよ!」

「なるほど。そいつを倒せばこの悪夢から解放される、と」

「いやいや……」


 ゲーム好きのタカラと、三人の中で一番ゲームの上手いメージンが勝手に話を進める。ユウキにはそれが二人の現実逃避に思えて仕方なかった。


 しかし、四階まで存在するにもかかわらず、エレベーターのボタンが二階までしかなかったのも気になるところだった。


「上の階に行けばボタンも増える……とか」


「「それだ!」」


 上の階に行けば道が開ける、状況が打開できるかもしれない――


 興奮状態にあってテンションが変になっていたのか、三人はそんな希望を抱いた。



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