4 受難
気が付くと、ユウキはベッドの上にいた。
……朝だ。
身体に疲れはないものの、正直あまり眠ったような気がしない。
昨夜……といってもいいのか。夢の中でマネキンに追われ、あんなに走り回ったのだ。疲れがないのが不思議なくらいだが、精神的にはずっと覚醒しているようなものだった。
出来ればこのまま二度寝したいものの――また、あの夢の中に囚われるかもしれないことを考えると、眠れなかった。
重い足を引きずり客室を出て、朝食のためホテルの一階へ向かう。夢の中の方が今より身体が軽く感じられた。
今日はもう三日目、旅行も終わりだ。お土産等を買う自由時間こそあるが、あの廃墟を調べに行く余裕はない。
げっそりした様子の友人二人と合流し、共に朝食をとる。今日の予定を説明する教師の声を聞き流しながら、昨日の夢が単なる夢でなかったことを再確認。
「でもよ……。家に帰れば、ほら、元に戻るかもしれないぜ……?」
そんな一縷の望みに縋って、三人は京都での最後の一日を過ごし――帰宅した。
夜、眠る前に携帯で連絡を取り合い、「おやすみ」なんて、ほんと男同士で何やってんだというやりとりを交わし――
* * *
「……うん、なんか……知ってた」
期待は見事に裏切られ、三人はホテルの廊下に立っていた。
どうやらタカラが先にいて、後からメージンとユウキが現れたという形らしい。
三人とも部屋着姿で、それは自室で眠る時に着ていたままの格好だった。
廊下は閑散としていて、振り返れば半端に開かれた客室の扉が見える。昨夜、ユウキたち三人が中を確認したためだ。
「どうやらスタート地点は昨日……現実で僕たちが目覚めた時にいた地点のようだ」
「朝起きたら離脱して、夜寝たら戻ってくるって訳か……」
それは京都から自宅に戻った今も変わらず、そして恐らくこれからも――
「やっぱこれ、攻略して呪い解かないといけないやつだろ」
「そううまくいくかな……」
「……とりあえず、朝が来るのをただ待つより、何か行動した方が得策だ」
メージンの言葉に従い、ユウキたちは探索を再開する。
探すのは上階へ続く階段だ。移動しながら、適当な部屋の扉を恐る恐る開く。何か出ないかと不安にもなるが、エレベーターのある談話スペースに戻るための目印が必要だった。
それに、それは隠れ蓑にもなる。
「だけど、半端にドアが開いてると……不気味だね。今にも何か出てきそうで」
「へ、変なこと言うなよな……」
「後ろは振り返るな……。ロクなことがない。目でも合ったらおしまいだ」
「さすが、ストーカー(被害)経験者は違うね……。だけど後ろも警戒しないと」
廊下にはユウキたちの他に、普通の人間のような姿をしたマネキンが徘徊しているのだ。見つかればどうなるのか、それは分からない。しかし追われるイメージしか湧かない。
「しかし、あれだよな……。このまま逃げてばっかなのも……。なんか、武器とかねえかな」
そう言ってタカラが客室の扉に手をかける。
「中は僕たちの泊まった部屋そのものだったが……そうだな、タンスとか開けてみたらどうだ」
「やめなよ、勇者じゃないんだから……」
タンスの中にマネキンが収まっているさまが容易に想像できたし、なるべくなら扉も開けたくなかったユウキだが、
「おい……」
タカラが開いた扉の向こうには、別の廊下が広がっていた。
床の色が今いる場所と若干異なることから、これまで通ったことのない場所だと分かる……。
「マップでも書いた方がいいかもしれないな、このダンジョン」
「こりゃ苦戦しそうだな……」
それぞれ苦笑を浮かべるも、少しだけ、退屈な日常から離れられたような非日常感を覚えていた――
が。
「お、おい……」
なんとなく開いた別の扉の先には、普通の客室があった。
そして、人がいたのだ。
長い黒髪をした、どこかの学校の制服を着た後ろ姿。
またマネキンかと身構え、ユウキはすぐに扉を閉じるべきだと思った。
「まさか――ミドリさん、か……?」
メージンの呟きに、ユウキは耳を疑った。
「ミドリサン……?」
「お前の彼女かよ……」
「いや、彼女かよ、じゃない。ここは夢の中だぞ……」
その人物が振り返る――
「くっそ、可愛いじゃねえか。夢の中までオレたちに自慢したいのかよこの彼女もちが!」
「待て待て待て! お前は僕の話を聞いてたのか!? 彼女は――」
「そんなノロケに興味はねえよ! そんなに好きならいちゃついてろよちょうどベッドあるしな!」
「やめっ――、」
タカラがメージンを突き飛ばし、扉を閉じた。廊下にはユウキとタカラだけが残される。
しばらく、沈黙が落ちた。
「タカラ、お前……」
「……うるせえよ。女子の相手とか、どうすればいいのか分かんなかったんだよ」
まあ、その気持ちはユウキにも分かる。男子校生なのだから仕方ない。
しかし。
ま、待て、やめろ……来るなぁああああああっ!?
どったんばったん。扉一枚挟んだ向こうでいったい何が起きているのか。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせた。
そして静かにその場を後にした。
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