1 廃墟探索




 修学旅行のような集団行動が必要とされる行事に参加するたび、ユウキには思うことがある。


 ――友達いて良かったぁ……。


「俺たち、友達だよな!」


 いつも一緒に行動するタカラとメージンの二人に笑顔を向ける。


「お、おう……?」

「急にどうした」


 二人には怪訝な顔をされたが、そういう気分だったのだ。

 それはともかく。


 京都だ。

 修学旅行である。

 退屈でむさくるしい日常から解放される、夢のようなひと時がやってきた。


「つっても、男子校の修学旅行なんて夢も希望もねえけどな」


 とは、タカラの談。ザ・男子校生といった容姿の、野球部所属の肩書に反しない坊主頭の少年だ。三人の中で一番がっしりした体格をしている。


「僕は気楽でいいけどな」

「うるせえ彼女もち」


 メージンこと名神ながみは普通にしていれば爽やか美少年なのだが、その相貌を損なう野暮な黒縁眼鏡をかけている。他校に通う彼女がいるらしいものの、どうやら最近うまくいってないらしい。


「好きで付き合ってる訳じゃない……。断れなかったんだ……。それでも最初は良い子だと思ったし、僕も嬉しかった――」


 何やらぶつぶつ愚痴をこぼすメージンに付き合いながら、ユウキたちは自由行動時間を満喫する。

 まだ一日目だがお土産をどうするか悩んだり、木刀を買ったり、京都の有名観光スポットといえばこれという場所を巡りに巡った。


「でも正直、あれじゃね? 建物見てても特に面白くもないっつーか……」

「そこは修学旅行だテンションで乗り切ろうよ」

「僕は後ろを気にしないで済む自由があればそれでいい」


 地元とは異なる景色や空気もそれはそれで良かったのだが、どこか物足りない気のする男子三人だった。

 しかしそんな退屈も、スマートフォンをさわっていたタカラの一言で吹き飛んだ。


「この近くに心霊スポットあるらしいぜ」


 それはネットに投稿された動画だった。なんでもこの近くに火災で全焼し、廃墟になったホテルがあるらしい。そこは心霊スポットとして有名な場所で、裏の観光地と言えばそうなるのかもしれない。

 それなら行かない手はあるまいと、三人の話は盛り上がる。男三人であん蜜パフェをつつきながら、どうせ行くなら夜にしようぜと計画していく。家族へのお土産より先に懐中電灯を購入した。


 そしてその夜、三人は宿泊先のホテルを抜け出したのだ。




               * * *




 いざ廃墟へ。

 それぞれ懐中電灯を手に、タカラは木刀を肩に担いで、三人で寂れた廃墟の敷地に侵入した。


「……今更だけどこれ、不法侵入とかにならない?」

「バレなきゃいーんだよ。ていうかユウキ、お前ビビったのか?」

「び、ビビッてねーし!」


 ただちょっと雰囲気あるなぁ、とか、あの暗がりから今にも何か飛び出してきそうだなぁとか、そんなことを思ったりしただけだ。


「安心しろ。仮に幽霊が出ても、僕の彼女より恐いものはこの世にない」

「うるせえ彼女もち」

「今の僕に恐いものはない。そういう意味では彼女に感謝してもいいかもしれない」

「だから黙れよ彼女もち」


 わいわい騒ぐ声も闇の中に吸い込まれ消えていきそうだったが、少なくともこうして三人揃っていると、その場所だけは明るく感じ、安心できた。


 数年前に廃墟になったまま放置されているというホテル跡には、噂の影響か人の立ち入った痕跡が目立ち、空き缶やお菓子の袋が散見できる。それらがチープな印象を醸し出すのと同時に、廃墟の不気味さに一味加えているような気もする。ユウキはそんな相反した感想を抱いた。


 一階ラウンジはだだっ広く閑散としており、落書きも目立ったが、ここだけ見ればテナントが入る前の空き物件といった印象を受けた。

 問題は二階からで、客室の連なる廊下は闇がその濃度を増し、どこからか入る隙間風が壊れかけのドアを軋ませる。何か出そうな雰囲気が色濃く、ふと目に入った下らないペイントに足が竦んだ。


 二階を適当に一周すると、三人は三階に上がった。四階は全焼し屋根も焼け落ちているらしく、崩れた階段の先からは星空が覗き、滴の落ちる音が耳に届く。

 廊下にはところどころに水溜まりが出来ていた。焦げ跡の残る壁は苔むし、踏み出す足が瓦礫を踏み砕く。使われなくなった建物の末路、とでも言おうか。どこか哀愁すら感じさせる光景が広がっていた。


 そうして、雰囲気は楽しめたものの――


「特に何も起こらなかったね……」

「まあそんなものだろう。だけど、いい気晴らしにはなった」

「最後に記念写真撮ろうぜ」


 四階へと続く階段を背景に、三人でピース。そして男同士何やってんだと笑い合いながら帰路につく――


 それは若き日の思い出の一ページとして、終わるはずだった。




               * * *




 目が覚めた、というべきか。

 気付いた時、ユウキはあの廃墟の入口に立っていた。


 開業していた当時のように、煌々とした明かりを点した――ホテルの前に。


 それが終わらない悪夢の始まりだった。



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