父が遺したモノ:3

それからというもの、俺はお前が寝ている間はお前の家族と交流する日々を繰り返した。


エリーゼからは人狼に纏わる歴史、記録、力の使い方を。アルツィからは…何を学んだんだろうな、俺……えっと、どうやったら息子に尊敬されない父親になるか?みたいな。まあしかし例の手帳と言い遺していた道具といい、俺よりもお前に対して何を与えてやれるか考えていたのかもな。


ちなみにお前の記憶の殆どを封じていたのもアルツィだ。俺の予想ではアルツィの正体は単なる放蕩者じゃない。何か後ろ暗いことをしていた事は間違いないな。少なくとも記憶を封じられる時に感じたあの感覚は怖気が走ったぜ。


~・~・~・~


「――俺の抱えている情報は以上だ。エリーゼやアルツィに関する事はもっと知っている筈なんだが、現時点ではここまでしか思い出せん。多分だが、俺の記憶もアルツィによって一部封印されているんだろうなぁ。残念ながら」


僕はもう1人の僕――アランの話を聞きながら自分の両親について整理していた。

よく分からないけど、というより意図的に分からなくしているのだろうけど、どうやら父さんも母さんも大きな秘密を抱えていて、その秘密が僕を危険に晒すと考えていたようだ。

いやさ、もう突然何なのさって話なんだけどな。急に「お前は人狼の血を継ぐものだ」とか「お前の父親は只者じゃない」とか……冗談でもやめて欲しいな。

でも、こうしてアランから聞かされている以上は真実なのだと思わないとダメだ。例えこれから先に誰かと会ったとしても、本当に信じれる芯を持たないと裏切られたりした時に辛くて耐えられないだろう。


「どうやら信じてくれるみてぇだな……よかった。俺の話は疑うところだらけだと分かっているが、それでも信じてくれないと苦労する所だったぜ」


少々安心した顔でアランがため息をついた。


「俺から伝えられる事は、今の所ここまでだ。あとはお前が主人格として頑張るんだな。今回あのデカい蛇に襲われたから助けに表れたが、お前も気づいているんだろ?あの村の不自然さに。今回の事は偶然俺が顔を出している時に見つかったのが原因で、充分俺のせいとも言えるんだが……遅かれ速かれこうなっていただろうし、悪いが謝らないぞ」


それはちょっとズルいと思うんだけどね。


「じゃあな、ヒューゴ!運が良ければ…いや、運が悪ければまた逢おうぜ。今回の事は多分また忘れるだろうが……な」


「――じゃあね、アラン。また運が悪い時に」



~・~・~・~



「――うっ」

頭が痛い。

全身がヒリヒリするけど、何よりまず頭が痛かった。痛い。死ぬほど痛い。いや死んでないけど。


痛みに耐えながら身を起こすと、全身からパリパリと何かが剥がれる音がした。ふと自分の体を見れば、唯一僕が持っているシャツは何かの血でまみれていて、その乾いた血が体を動かすと同時に剥がれているらしい。


――ちょっと待て。なんで僕は血に塗れて倒れていたんだ?


「ウッ」


一度落ち着こうとして深呼吸すると、濃厚な死体の臭いが鼻をついた。鼻を摘んで右の方を振り返ると、そこには腹を長々とかっさばかれた巨大な蛇が横たわっていた。


「えぇ……何、これ」


全身が硬い鱗に覆われた、目が赤い蛇。それを見ているとだんだん思い出してきた。

たしか僕は、この蛇を見つけて自分が喰われる前に何とか撃退しようとしたんだ。それで手持ちのナイフで応戦して、途中で全身を締め付けられそうになって、それから……。


……。


…………。


…………それから、何があったんだっけ。誰かに、何かとても大切な事を言われた気がするんだけど。


ズキリ


また頭が痛む。それと同時に、自分のものではないような感覚のする記憶が、脳の奥底から湧き上がって来た。自分の両親の名前。性格。そして両親が隠していた事……。


ズキリ


『そう、この記憶はたまたま自分が忘れていただけの記憶だ。僕は危険な目に遭うと人狼の血が一時的に目覚める可能性がある。そして自我をなくして暴走してしまうのだ。この蛇がその証拠だ』


ズキリ


「………クソッ」

なんて……

……なんて重要なことを忘れていたんだよ、僕は。今まで暴走しなくて本当に良かった。もしもこの事を知らずにまた暴走していたら、周辺の人にも危害が及んでいたかも知れない。今は独り身だからいいものを、誰かが近くにいる状態で暴走していたら危ない所だった。

痛む頭を抱えて立ち上がる。取り敢えず今は、この蛇を処理しないといけない。鱗は再利用できそうだし、半分モンスターになっている大蛇とはいえ、貴重な食料源だ。大抵のモンスターは不味いらしいけど、背に腹はかえられないだろう。不味くても食うべし。


体が重い。大蛇も重い。足取りも重い。でもいい事を思い出せた。胡散臭い面倒臭い父親も乱暴かつ美人な母親も、僕を大切に想っている事は記憶から感じられた。実は隠し事をしている事にショックを受けてはいるんだけど……それも必要な事だと割り切れる程度には、暖かい記憶だった。


「さて、大蛇捌きますか」


シェルターの前まで大蛇を運んだ僕は、早速大蛇解体ショーを開催することにした。ショーなんて本でしか知らないけどね。なんでも、王都の方で行う祭りでは余興としてショーを行うとか。長い人生なのだから、一度くらい見てみたいものだ。


自分が危険な目に遭うと人狼になる事実を受け止めて、気持ちを根元から切り替える。そうだ、今はこんなことで挫けている場合じゃないさ。森の中で、一人でも暮らしていくために頑張っていく。その為の努力を重ねていけばいいさ。


(何か大事な事を忘れている気がする)


些細な事も今は置いておこう。

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嘘をつかないオオカミ少年は一人ぼっちでサバイバる。 鷹宮 センジ @Three_thousand_world

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