レンガ小屋とか丸太小屋とか贅沢は後回し
家。
僕の住んでいた村の小屋は大部分が丈夫な丸太で出来ていて、一部は石造りの暖炉になっていた。隙間は灰色の粘土で埋めてあって、お陰で冬はそれなりに暖かく過ごせる感じだった。両親が昔は一緒に住んでいたので家が一人暮らしにしては少し広すぎたけれど、それでも僕の唯一の安全に寝れる家だった。
レンガ造りの家といえば、村には村長の家しかない。茶色のレンガが綺麗に組み上がった家の中は豪華で、特に金色の糸で複雑な模様が編み込まれた赤い絨毯が印象的だった。お茶に誘われた事があったんだけど、その時はお茶を零さないように嫌でも慎重になった。落ち着いて眠れそうにはないけれど、ゆったり過ごすための家としては理想的な空間だった。
じゃあ絶賛サバイバル生活中の僕は、果たしてどのような家に住むべきか。
本音を言えば洞窟とかロマンもあれば安全性もありそうなので、そこで暮らしたかった。しかしながら今は緊急事態。洞窟を悠長に探していても埒が明かないので、見た目度外視のシェルターまがいの寝床を父の手記に書いてあるとおりに用意することにした。
方法は至って簡単。
1、手頃な大きさの木を見つける。
2、切り倒す。
3、地面と接している枝葉を手斧で払う。
以上である。
正直使いたくなかった手段だった。父の手記にも「森は資源なのでこの方法は真の緊急事態の時以外に使わないこと」と書いてあった。でも、今の僕は本格的な住処を見つけるなり作るなりする為にも、この家?は必要だった。
「ごめんなさい……」
僕は口に出して謝りながら、何かの巣が木の上に無いことを確認してから切り倒した。気の倒れる音がどことなく物悲しさを伴って森に響いて、僕はなんとも言えない気分になった。
~・~・~・~
「さてと」
僕は森の香りが漂う簡易式のシェルターの中に横たわった。まだ太陽が空に出ているとはいえ、全く寝ずに火起こしをした僕には睡眠が必要だった。
手帳を開いて、寝る際に関する注意点を見る。すると「寝る前には感知系の簡単な魔法を張りなさい」と書いてあった。
「魔法……」
魔法の使い方なんて全く知らない僕には無理な芸当だ。噂に聞く魔法は火を灯したり水を無から作り出したりと信じられないような現象を起こすらしいけど、そんな事ができない僕には1から太陽の光で火を起こしたり、水を川で汲み上げてから一度火で沸騰させてから飲まないといけない。それも父親の手記に書いてあったからだ。
~・~・~・~
(手記)
野外生活に置いて重要な作業の一つである水の確保は慎重にしなくてはならない。一見綺麗な水でも、見えない毒が入っているかもしれないからだ。そのままの水を生水と言うが、この生水は決してそのまま飲んではならない。必ず火で熱して沸騰させてから飲むか、もしくはハチクタケを炭にして粉末状に加工したものを用いてろ過したりするしかない。方法としては単純かつ簡単な前者をオススメするが、もっと美味しい水を飲みたいなら後者の方法を試みた後に前者の方法を試すと良い。
~・~・~・~
ハチクタケは燃やすととんでもなくデカい音で爆ぜる植物だ。事前に割っておけば音はならないけど、うっかりそのまま燃やしてしまえば夜通し眠れなくなる事は間違いない。
ハチクタケの炭か……暇になったら用意してみよう。
「それにしてもお腹減ったなぁ」
僕は一本木シェルターの中で枯葉の山に潜り込んで呟いた。まだ僕はここに来てから食事をしていない。村から持ってきたのは基本的に調理道具や狩りの道具、父親の手帳に限られるので保存食等はそもそもの量が少なかったし持ってきていないのだ。
込み上げてくる空腹感を我慢しながら、眠気が来るのを必死に待った。
~◇~◇~◇~
(村長の家)
「あの後、後始末はどうした」
「まだですよお父さん。あの半オオカミの子供の家は処理していません」
「早々に処理しておけ。あの柵があれば村に忍び込まれる心配は無さそうだが、あのまま放置していても気分が悪い。焼け跡は畑でも作らせておけ」
「分かりました、お父さん」
レンガが薄ぼんやりと暗がりの中に浮かび上がる小部屋で、ウルファウンド村の代表であるゼルフ・ウルファウンド村長とその息子であるアルフ・ウルファウンドは密会していた。
ゼルフ村長は村を立ち上げた祖父のフルーフ・ウルファウンドに習い村を統治していた。フルーフの代から続く絶対的な掟であるオオカミと化した人間の『禁忌の森』への追放や、その防止策として嘘を吐くことに対する戒めを伝えていく役割をしっかり果たしていた。
しかし、その意思はすっかり腐り果てていた。
祖父の代から続くその村のあり方を、父がある日急死したことにより受け継げていなかったのだ。何故村人が嘘をつく事を条件としてオオカミになるのか。何故そのオオカミを殺さずに追放するのか。その真の意味を知らないまま、ただ単にオオカミが生理的に受け付けないという個人的な理由から排除してきた。
祖父の決めた掟を形だけ崩さずに、影では細かい規則を変更していった。例えば本来ならオオカミになった村人の住んでいた家は、そのまま遺すのが基本なのに燃やして畑にしてしまう。オオカミとも人間ともつかない者が村人からでたら、必ず国に報告しなければならないのに報告せず村から追放した。本人は些細な事だと思って重要視せず切り捨てたこの細々としたルールが、長い間にわたって村のみならず王国全体に平安をもたらしていたことを知らないのだ。
「あの土地を畑にするとしたら、ダラスの家が所有すればちょうど良さそうだな。大体の取れ高が面積からしてこれくらいだとすれば……ふむ。今年も役人と村のバカどもから幾らかせしめる事は出来そうだ」
紙に畑で果物を栽培する場合、どれだけの量が獲れるか計算しながらほくそ笑むゼルフ。
後になって悔やんでも悔やみきれないような間違いをしていることに、本人はまだ気付いていない。祖父の意思が書かれた父の遺言状を未だに読んでいない彼は、どんな事が起きても自分のせいにするしか無いことを全く自覚していない。
村の日常が徐々に、音を立てず崩れ始めていた。
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