火起こしで徹夜するのはまだマシ

父さんの手帳には様々な事が書いてあって、目次が手帳の初めに書いてあるあたり父さんは自分の手帳を本として売り出すつもりだったかもしれない。


本なんてこんな田舎では高級品なんだけど、村長の持っている「マスティリオスの法律」は村のみんなが読むのを義務付けられているし、他にも村長から本を借りて読むことが出来る。だから本がどんなものかは大体分かるけど、村の大人から


「本ってものは世界中で何万冊も同じものが出回っているらしいぜ」


と聞いた時は、正直信じられなかった。今でも信じられない。


でも本なんて高級品を何万冊も売ることが出来れば、さぞかし書いた人は大金持ちになるだろうとは想像がついた。僕の父親も夢見ていたのだろうか。


本を読むのは好きな方だったけど、文字を読むのは苦手なのでゆっくりと目次を読む。


・~・~・~・


目次


〇はじめに

〇追われた際の生き残り方

・野外生活

・逃亡生活

・節約生活

・隠遁生活

〇追う際の技術

・隠蔽技術

・捜索技術

・通信技術

・偽装技術

〇戦いを避ける方法

・会敵回避のコツ

・対話のコツ

・敵前逃亡のコツ

〇戦いを避けられない時の備え

・接近戦の備え

・遠距離戦の備え

・物理的攻防の備え

・魔法的攻防の備え

〇さいごに


〇その他

・基本的なマスティリオス国の知識

・基本的なジェイルリーク国の知識

・基本的なマイル・ザッハルテ連合国の知識

・基本的なフェイルアルグン地方の知識

・基本的な『魔王のいた国』の知識

〇手記および雑記または備忘録


・~・~・~・


「改めて見ると凄い色んなことが書いてあるなぁ……ん?」


おかしい。

僕が今までに見ていた目次は、「〇追う際の技術」の「・偽装技術」までと、そこから飛ばして「〇さいごに」だけだったはずだ。なのに、明らかに項目の数が増えている。

そして増えた項目の数に対して、明らかにこの小さな手帳に対してページ数が足りてない。


その事に気づいてから注意深くページをめくっていくと、手帳のページ数が増えていた。


「え?」


我ながら間抜けな声だけど、本当に突然ページ数が増えていたのだ。それにしてもさっきの違和感はどこかで感じたことがあるような……。


取り敢えず、今の優先事項は火を起こす事なので、他のページは後でゆっくり読むとして元からあった「・野外生活」の項目を開く。ページをめくって、目的の火の起こし方が書いてある所を開く。


・~・~・~・


――火を起こす事は、野外生活を送る上での最重要項目だ。キミが魔法を使えるのならこのページを開いているはずがないので、魔法を使えない大多数の一般的な部類に属する人のために物理的な火の起こし方を解説する。まずはじめに用意するのは――


・~・~・~・


手帳にはやはり細かい事がビッシリと書いてあって、その通りに僕は様々な材料を森や川岸から集めていった。


魔法さえ使えれば、そこらから乾いた木切れを持ってきて呪文を唱えるだけで何とかなるそうだが、生憎僕は魔法を使うための訓練を一切受けていない。


大人達が旅人から聞いた所によると、万人に魔法の才能はあるがキチンとした勉強をしなければその才能を活かすことは出来ないらしい。

そして国は民衆の全員に魔法の勉強をさせれば簡単に反乱を起こされてしまうと考えて、あえて魔法の学習を一部の貴族や伝統的な魔導師の一家に限っているのだとか。

眉唾物の噂話だけど、本当にその通りなら少しは国を恨んでもいいだろう。だって……


「……火が全然つかないっ!」


こんなにも魔法やランタン無しで火を1から起こすのは難しいのだから。



僕の村では、火はランタンから採っていた。ランタンは金属製で中に植物から採った油や動物の脂を入れて、火を絶やさないように1年中守っているのだ。そのランタンは村のあちこちに下がっていて、村人のみんなはいつでも簡単に火を貰えるようになっていた。


いろいろな物を自分の家から盗んだ(?)時に火を貰うという手もあったが、火を持ったまま逃げるのは流石に目立ちそうなのでやめていた。というよりも、自分で火くらいは起こせるだろうとタカをくくっていたのだ。


――甘かった。


・~・~・~・


――火を起こすには、乾いた木切れ(出来ればカラカラキリがいい)に薪(これもカラカラキリが最も適している)、そして他にも「火口ほくち」としてガマルガマの穂またはスススキの穂を乾燥させた物が必要だ。そして肝心の種火を起こす方法としては、まず『弓切り式』が挙げられるだろう――


・~・~・~・


書いてある通りの物を集めて、火口を作り、薪を組んで、「じゃあ火を起こそう!」と手近な材料で出来そうな『弓切り式』の発火法を試した。


結果。


まず棒に糸を巻き付ける時点で棒が折れたり「弓」を作って必死に動かしても中々板に穴が開かなかったり焦げた木くずに息を吹きかけても火が着かなかったり火口の上にやっと出来た種火を移しても発火しなかったり。


そして気づけば朝日が登っていた。


「……」


燃え上がった焚き火が照らそうとした闇はどこかに逃げてしまった。僕はオオカミに襲われなかったけど、それは運が良かっただけだ。火を起こすのにこれだけ時間がかかっておいて、独りで生活すると決めた自分自身が恥かしい。


ちなみに別のページにレンズを使った火の起こし方を見つけた時は卒倒しそうになった。何故なら手帳と一緒に父親の形見であるルーペも持ってきていたから。僕はアホか。


「……疲れた」


父親の繊細な魔法陣のような装飾が施されたルーペで光を集めて火を起こす。こんな簡単な方法、何で気づかなかったのだろうか。


ちなみに必死になって作った『弓切り式』に使う板や専用の弓は川に記憶とともに流した。思い出したくもないね。無駄な苦労の結晶なんて。


でも僕にはまだやらなくてはならない事がある。疲れた体が寝ようとするのを必死に押しとどめて、手斧を自分のバッグ(このバッグに役に立ちそうな物を詰めている)から取り出す。


今度は……安心して眠れる部屋だ。

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