父が遺したモノ:2
俺の名前はアラン。お前の名前はヒューゴ。俺たちの親は俺たちをそれぞれそう名付けた。もちろん、先に名付けられたのはお前だよ、もう一人の俺。
俺はお前が生まれてからずっと後、俺たちが二重人格である事に気づいたアルツィがきっかけで俺はアランになった。その時の話から始めよう。
初めて俺がお前の代わりに現実世界に出たのは、お前が六歳の誕生日を迎えた頃だった。お前は偶然倒れて頭をぶつけたんだっけか?それで怪我は無いものの気を失う事態になったんだよ。あの時は母さん――エリーゼは近くに居なかったが、その代わりにアルツィが居た。
俺が初めて二重人格の表に現れたんだ。だいぶ口調も態度も違うし、アルツィも初めは酷く驚いていたな。
『――あー、頭痛てぇなぁ!!何うっかり頭ぶつけちまってんだよ、もう一人の俺ェ!!』
『えーーと……どうしたヒューゴ?何だかとっても口が悪くなっている様な気が』
『うっせえよオヤジ!!っていうか此処は現実世界か!?何で草原じゃないんだよ!?』
……本当にエリーゼが出かけていたのは幸いだったぜ。その後、俺とアルツィはお互い冷静になって、状況を理解する為に俺が自分の正体を説明した。
『ははぁ、成程。つまり僕の息子は生まれ持っての二重人格者だった訳だね。二重人格者自体なら会ったことがない訳じゃないけど、これはなかなか珍しい』
『……お前、息子が二重人格者だってのに随分と余裕だな。普通考えてみりゃあ、一度は落ち着いたってやはり冷静でいられるとは思えないが』
『僕はこれでも色々なことを経験してきたからね。たかだか六歳の君とは年の功が違うのさ。大体、何で自分の息子が六歳児にしては物覚えも良くて頭の回転も早いのか、そっちの方が気になるけどねぇ……裏の人格限定で』
『ほっとけ、これは元からだよ。それにもう一人の俺と俺は別人格。表と裏で表裏一体とはいえ、そこまでの関連性はねぇよ』
『やっぱり頭良すぎない?』
『だから放っとけって』
それから一週間程、俺は二重人格のもう片方として、どのような性格をしているのかを調べるという名目の元、もう一人の俺が寝ている間にアルツィと話をした。
『正直、僕と妻にとっては君の存在は有難いんだよねぇ。実はヒューゴにも言えない事があってさ』
もう一人の俺……ヒューゴにも言えない事?
『一体それは何だ?別にヒューゴを思いやる訳じゃないが、隠し事は嫌いだ』
『そっかぁ、隠し事は嫌いかぁ。でもヒューゴの事はどうなんだい?君にとってヒューゴとはどんな存在かな?』
その時の俺は、確かこう答えた。
『俺にとってヒューゴは、ただの別人格。でも、俺とアイツは残念ながら二人で一人。俺にはヒューゴを守る義務がある』
『ほお……。僕が言いたかったことを事前に察知するとは、やっぱり君は六歳児じゃないね。僕の妻は多分、君の事を知っていると思うよ。二重人格の件を伝えたのに、ヒューゴじゃない君に会おうとしないからね』
そこでアルツィは首を傾げた。
『うーーん。どうも君の事を「もう一人のヒューゴ」とか「裏の人格」と呼ぶのは長ったらしいし、君も君で一人の人間としての誇りが有るだろうし…名前を付けてあげよう』
『へえ、名前ね』
そしてアルツィは二時間ほど考えに耽った。俺は六歳児として当然ながら、本来寝るべき時間に起きているのは都合が悪い。暖かいベッドの上で危うく寝落ちしそうになったその時、アルツィは呟いた。
『うん、じゃあ君の名前はポチで』
『却下』
眠気が一瞬で飛んだ。
『何だよそのペットに付けそうな名前は!?もっとマシな名前を考えやがれ!!』
『うわぁぁ!!ヒューゴが!ヒューゴが反抗期を迎えた!!』
嬉しそうに飛び跳ねるアルツィに、俺は呆れてウンザリした。
そう、アルツィはセンスの欠片も無い上に極度の親バカだったのだ。俺はこの時、生まれて初めてお前に同情した。
『反抗期!!書物で見た時はもっと歳を経てからなる物だと書いてあったけど、まさか六歳でなるなんて!!裏の人格であるとはいえ、これは嬉しすぎる!!』
『…………父さん、いやアルツィ。ここは母さんの隣の部屋なんだけど』
『いやっほぉぉおい!!更に僕の事を呼び捨てにするなんて!!反抗期バンザイ!!』
アルツィが興奮のあまりベッドの上で飛び跳ねた瞬間。
ダァンッ!!
突然、隣室との壁からほっそりとした白い腕が突き出してきた。その腕は白い毛で覆われていて、どうやらオオカミの力を引き出している状態らしい。木屑がパラパラと床に落ち、俺とアルツィは恐ろしさのあまり口を噤んだ。
それから何秒経っただろうか、壁からスポンと腕が抜けて、出来た穴から声が聞こえてきた。
『その子の名前、アランでお願い』
『『は、はい……』』
『あとアナタ、この穴は明日にでも修理しておいてね』
『は、はい……』
『それに、今何時だと思ってるの?二人ともさっさと寝なさい』
『『は、はいぃ……』』
俺はアルツィと何日か話を重ねる内に、何故これ程のクセを持った(顔はそこそこ良いものの)変人が、エリーゼの様な美人と結ばれたのか疑問を抱くようになっていた。
しかし、俺はこの時確信した。アルツィとエリーゼのどっちがどっちを好きになったのかは知らない。しかし、クセ者の夫が何かしでかす度にエリーゼが抑えているのは間違いないのだと。
この時から、俺は母さんを尊敬と畏怖を込めて呼び捨てにする事にした。アルツィは逆の意味で呼び捨てにしたのだが、それはそれとしてアルツィを少し憐れに思うようになった。
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