父が遺したモノ:1

「早速だけど、お前に伝えなくちゃならないことがある」


草原。


見渡す限りの青空に、見渡す限りの大地。流れる空気は清々しく、葉擦れの音色が耳に心地良い。


その真ん中に、僕は仰向けに寝転んでいた。空に流れる雲を暫くの間眺めていて、その時に聞こえた声だった。


「……話すことって何だい?もう一人の僕」


「茶化すなよ。もう一人の俺」


その声はこの世界の至る所から聞こえてくるので、声の主が何処に居るのかは検討がつかない。


「この世界……いわゆる精神世界って奴だが、お前が記憶を保って居られるのはここだけだからな。お前の体が目覚めるまでの少しくらいは、お喋りするのも一興だろう?」


ククククッ


もう一人の僕は愉しそうに笑う。


「はぁ……僕は君と生まれてからずっとの付き合いだけどさ。いい加減、何故僕が寝ている間にこの世界に来るのか。そして何故僕が起きると此処での記憶を失うのか、教えてくれてもいいんじゃないの?」


そう、僕はコイツと生まれてからずっとの付き合いだ。初めて会ったのは確か4歳位のこと。その時からこの世界は平原だったけど、聞こえてくる声は自分と同じ位の年の子供の声だった。


僕はその子と、この世界にいる間に様々なお喋りをした。その子は姿を見せず、僕が姿を見せて欲しいと頼んでも見せてくれなかった。でも意外と気安く話が出来るし、僕の体の中で現実世界を覗くしかないその子にとっては、話し相手が居ることは一種の救いだったのだろう。


でも、ある日。僕は現実世界で突然意識を失った。起きている間の僕はその事も覚えてないけど、寝ている間の僕は、気を失っている間に行く草原にアイツが居ないことに気づいていた。


「あのさ、僕が気を失っている間に君は何処へ行ってるの?」


僕は五度目位に気を失った時、もう一人の僕にそう質問した。


すると、


「お前には全然関係の無い話だよ。いつか教えてやる」


そんな素っ気ない返事が帰ってきた。


以降、僕が両親を喪う八歳になるまで、もう一人の僕は度々草原から居なくなった。僕はアイツがいなくなる度に何処へ行っているのか、実は少しだけ感づいていた。


僕が気を失うのは、決まって父が近くにいる時。つまりは、もう一人の僕は父と何かしているのではないか。


それが常にもどかしかった。


「もう一人の僕は、何を秘密にしているの?」


「何で君は、僕に隠して行動するの?」


「僕の父さんと君は、何か関係があるの?」


こんな感じに質問をいくら積み重ねても、「済まないが答えられないんだ」と言うばかり。僕に何も教えてくれない。かと言って一番もう一人の僕に会っている可能性のある父さんには、記憶が保持されない以上は現実で聞くことが叶わなかった。


そして例の、両親が亡くなったあの日以降は草原に行くこと自体が少なくなっていた。一番最後に草原に来たのは、僕が村を出た時。あいにく起きている間の僕は、村を自分がいつ、どうやって出たのか不思議がっていたけど。この草原にいる間は僕が僕じゃなくなっている事を知っている。


「で、今も君は少しの間だけ、返事とかしなかったよね。僕の代わりに大蛇の一疋でも倒したのかい?」


「その通りだぜ。もう一人の俺」


彼はいつも通りを装った声色で答えたけど、伊達に僕はコイツと長年お喋りした訳ではない。明らかに疲れた様子だ。


「大体、お前が本当の自分に気づきゃあ俺が代わりに出ていく必要なんてねぇんだよ」


やさぐれた声が愚痴を吐いていく。


「そもそも、俺は今回重要な事を伝えようと思ってこの草原に呼ぼうと思っていたのにさぁ。ちょっと目を離した隙にあんな雑魚に襲われるとはなぁ」


「君にとっては、雑魚でしょ」


僕はコイツの正体が何となくだけど掴めていた。僕の周囲には白髪の人が少ないのに、家を掃除するといつも綺麗な白髪が落ちていたものだ。


仮にこの白髪の持ち主が純粋な人間ではないとすれば、オオカミに変身した僕自身のものであると考えるのは自然だ。


「勘づくのが遅すぎだよ、お前。逆に何で自分の正体に気づかなかったかって話だよ。そもそも、ここにいるお前が気づいたところで意味は無いんだよ」


「それは、どういう事?」


「お前の両親は特殊だ。今ここで教えると、中途半端に力が解放されて危険なオオカミとも人間ともつかない姿で暴れるハメになるから、全部は教えられんがな。お前はいわゆる半人半狼って奴なのさ」


生意気なアイツは静かに語り始める。


「俺は偶然生まれただけの二重人格だが、お前の父親がそれを利用して、お前の危険な狼の血を封じたのさ。あの手帳の製作者でもある、お前の父親。アルツィがな」


僕の正体、その一部を。

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