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脳幹 まこと
厳かな企画
俺が自主企画『曇天の夜』に興味を持ったのは偶然という他なかった。
現在、企画は数多く立ち上がっており、その中でも、参入したての投稿者だったり、ある程度やっているが評価されない投稿者を対象にしたものは決して少なくないからだ。
それに彼らは群れる。さながら誘蛾灯に集る虫のごとく。言葉が悪いようで申し訳ないが、俺は日陰にいる小説を掘り起こす人物、即ちスコッパーとして、彼らを救っている。その中で覚えた実感なのだから、しょうがないのだ。
彼らは蜜が欲しくて仕方がないのだ。嗚呼、評価が欲しい。同情が欲しい。応援が欲しいと。だから俺が片手を出してやると、六本の足を使って、精一杯握りしめるのだ。握手のつもりなのか、逃がさないつもりなのかは露ほども知らないが。
・
ともかく、そんな訳でこの類の企画に関しては、辟易するくらい見ており、一企画に応募する作品数もやたらと多いので、少し様子見をしていたところだったのだ。
『曇天の夜』に関しても、最初は「ああ、またか」という実感こそはあったものの、そこに提示されている条件を見て、少し興味をそそられた。
・この企画は「厳か」に取り仕切られます。
・企画の目的は小説を安らかに眠らせることです。評価、交友が目的ではありません。閲覧者も趣旨をはき違えないようにしてください。
・投稿を許可する小説は、企画名『曇天の夜』の通り、企画参加時に星がゼロのものに限られます。また、コメントの類、フォローもゼロでなくてはなりません。
・また、何人たりとも、この企画に投稿された小説を評価してはいけません、感想の類も含みます。それは完結済小説だけでなく、連載中小説についても同様です。
普通の企画とは毛色が違っていることが分かった。
提出できる条件が星ゼロというだけでは、ごまんとあるだろうが――その次の「投稿された小説を評価してはいけない」という項には、眉がピクリと動いた。
先述した通り、企画参加者の目的は群がって、あわよくば日の目を浴びることである。参加意義そのものを主催者自らが否定するのであれば、一体どこに価値を見出せばよいのであろうか。
最後の条件が響いているのか、今のところ投稿数は片手の指で数えられる位だ。投稿期限は一週間後になっている。本来なら、投稿された作品を見てしまいたいところだが、生憎、得意先の投稿者達が新作を投稿しているので、後にする。
スコッパーたる俺の鼻が嗅ぎ当てた者達だ。それなりのクオリティは保証されているだろう。少なくとも星の数以上は。
・
彼是している内に、一週間が経ってしまった。
この間にも企画は次々と開催され、『曇天の夜』は随分と隅に追いやられていた。あまりに寂れた状態である。これは「厳か」と呼べるのだろうか、いささか疑問だ。
結局、投稿作品はわずかに八作であった。規約通り、星もコメントもない。清々しいまでにまっさらであった。
俺はスコップを片手に、それらの作品を読んでいった。あるものは短編、あるものは長編。ジャンルはSF、ホラー、恋愛、異世界、八作品は見事に割れた。
ただ、そのどれもが星ゼロにふさわしい――つまるところ価値のない文章だった。
「星を与えるにふさわしくない作品なんて本当にあるんだ」と逆に感心してしまう程に退屈で、冗長で、身勝手で、意味不明で、無価値なのだ。読んでないのも一緒、時間の無駄。
だが、まあ。これも仕方がないこと。スコップで掘ったのは自分自身だ。その中に生ごみが埋められていることくらい、想定はしているつもりだ。それにしたって、本当に酷い作品群だった。
まだ総数の半分しか読んでいないが、この苦痛が同じだけ続くかと思うと、頭が痛くなってくる。
早く得意先の小説を見て、気を楽にしたい。
そんな思いで五作品目をめくり、俺の眼は見開かれたのだった。
・
奈落の縁に花を添え/マーメイドイール
それは、完璧な小説と言ってもよかった。
魅力的な登場人物、興味を引く作中設定、フィクションとノンフィクションの間を往復しているような、そんな浮遊感、リアリティ。静かな文体ではあるが、その中に登場人物の感情や意志が克明に映し出されている。
長すぎず短すぎず、文章には無駄な部分はひとかけらもない。開始から終わりに至るまで、予想を上手く裏切れている。だが、取ってつけたような話は一つもない。事実がストンと入ってくるのだ。
これはホラーなのか、SFなのか、恋愛なのか、異世界ファンタジーなのか、詩なのか、童話なのか。どれでもあり、どれでもない。そう言う意味では作者の設定したジャンル「その他」こそが最もふさわしいように思える。
ともかく、このベテランスコッパーの俺が、完膚なきまでに打ちのめされたのだ。そう、なぜ、今までこの人の存在を知ることが出来なかったのか、という自分に対する怒りみたいなもので。
第一話からして卓越した文章力を誇っている。日付は一か月も前。この企画が開始する前にあったものだ。
妙なものである。これ程までの小説が、なぜ、今まで評価されていないのか。星の一つも入っていないだなんて。俺は自分の不甲斐なさを呪い、そして、この大作を見逃してきた全てのスコッパー、そしてこの小説を日陰へと追いやった星喰い小説どもを心より憎んだ。
こんな共同墓場のような企画に出したということは、もうこの人は小説は書かなくなる可能性が高いのだ。
自信作を出したにも関わらず、まるで評価されなかった。それこそ新月の闇だ。星もなく、月もない。そして太陽も。
その中で、この人は待ったのだろう。光が差し込んでくるのを。だが、それは叶わず、あきらめることになった――せめてもの手土産にこの企画への参加をしたのだ。
「認められるか、こんな状態」
俺はいきり立った。一刻も早く、マーメイドイール氏が泡へと消える前に、三ツ星とレビューを送らなくてはならない。
それだけではない。この人の近況報告にもコメントだ。それに、俺の近況報告にもおすすめ小説としてこの小説を挙げる。
ルールなんぞ、知ったことか。
俺は星の追加ボタンをクリックした。
これまでにない充実感が体中を駆け巡った。
・
異変が起こったのは、翌日のことだった。
俺の近況報告に大量のコメントが記述されていたのである。
それが何十件にも渡っていたので、流石にたじろいでしまった。
要約すると、このようになる。
・あなたはルールを破った。
・小説の眠りを妨げた。
・冒頭の宣誓に応じて、あなたを処分する。
まるで意味が分からない。一番上は辛うじて分かるが、残りはさっぱりだ。
書いた人物は企画発案者なのだろうが――たかだか企画の趣旨に反した程度で、悪趣味極まりないことをするものだ。
くだらないと軽く見ていたが、マイページにある閲覧履歴を見て、顔が青ざめた。ないのだ。「奈落の縁に花を添え」を見た形跡が。
俺は慌ててサイト内で同名を検索したが、その小説はない。
削除した?退会した?だが、それでもおかしい。ブラウザの履歴には残っているはずだ。
ちょっと待て、そもそもそれってどんな話だった?いや、だから色んなジャンルが混じっていて――よくわからないが、すごく良かったのだ。
今まで読んできた小説が全て吹っ飛んでしまうくらいには。
吹っ飛ぶだって?何を言っているんだ、俺は。ここにきちんとフォローした小説が――
そう思った俺は、自分のマイページに何の記録も残っていないことに気付いた。
IDを間違えたのか、サーバー側の負荷のせいか。それにしても、思い出せない。読んだことは覚えているが、あの小説達の話がめっきり思い出せない。なんで面白いと思ったんだっけ。実は大したことなかったのかな。
ああ、そういえば。俺はこの一週間、何をやっていたんだっけ。
決まっている。俺はスコッパーなんだから、日陰にある小説を表に出してやらなければいけない。それが仕事なんだ。文章を読み、面白いと思ったら星やレビューを分け与える、そうじゃなかったか。
あれ、待てよ。俺は今までどんなレビューを書いたんだっけ。作品を読み過ぎたせいか、一作品一作品の細かいところまでは頭が廻らない。
大丈夫だ。俺のアカウント名でレビューが書いてある作品があれば、いいんだ。それで俺がきちんと仕事をしていたことは立証されるのだ。
レビュー記録もバグのせいか消えてしまっているが、気にすることはない。すぐに復元されるさ。心配はない。
かくして男はクリックとドラッグを続ける。
その画面の中央には男の顔が反射している。
☆0小説を求む 脳幹 まこと @ReviveSoul
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