第4話 勇者再び

「痛ててて……」

 冷たいタオルを額に当てられてミツルは目を覚ました。


「どうやら怪我はなさそうだな」

 目を開けると、白髪の男が意地悪な笑みを浮かべていた。


 ここはどこだ?

 白い天井。カーテン。消毒液のにおいがする。そうか、ここは医務室だ。

 ミツルはベッドに寝かされていた。混乱する頭を整理する。が、頭痛のせいで深く思い出せない。


「じ、仁さん……」

「いい頭突きだったぜ」


 白髪の男はそれだけ言って親指を立てた。


「しかし、半日起きねえんだもん。さすがに心配になったぜ」

 そうだ。僕はお見合いの場で戦ったんだった。

 曖昧だった記憶が鮮明になってきた。

「ジェ、ジェナールさんは? お見合いはどうなったんですか?」

 記憶が混濁していた。結局戦いはどうなったのだ?

「あちらの王子さんは腰骨が砕けてよ。慌てて緊急搬送されてったよ」


「……つまり?」


「お見合いは大失敗に終わったということだ! よくやった! ミツル!!」

 仁は腕をミツルの首にからめ嬉しそうに騒いでいる。

「これで借金は返せるぞ! やったぜ! 焼肉おごってやる!」

 ミツルの頭をくしゃくしゃにして仁が喜びの雄叫びをあげた。


「……だが、そうもいかんのだ!!」

 勝利ムードを引き裂くように、ドアを激しく開け放ち青髪の美男子が医務室に入ってきた。

「フェイルズ王子……?」

 王子の瞳は怒りに燃えている。


「あの、どうされたんですか?」

「どうもこうもない!! 我が可愛い妹はジェナールの看病をしにジェラルド国に行ってしまったのだ!この手紙だけを残して!!」

「ええ!?」

 はらりと放たれた便箋を仁は受け取った。


『お兄様、思っていたよりジェナール王子がたくましくて格好よかったので、彼について行ってみようと思います。勇者様によろしくね、あなたは恋のキューピットでしたって。じゃあね』


「キューピットになってどうする!! 縁談をめちゃくちゃにしてくれって言ったのに、キューピットになってどーする!!」

「い、いやぁ。気持ちはわかるけど、惚れちまったのはあんたのところの姫様でしょう」

「そーれーをー!! 未然に防ぐためにあんたらを呼んだんでしょう!」

「そこまでは責任持てねーよ!」

「もういい、たくさんだ! さっさと自分の世界に帰ってくれ!」

「報酬は!?」

「報酬などない!! 依頼は失敗なのだ! なぜ報酬をやる必要がある!!」

「おかしいだろ! ちゃんと見合いはめちゃくちゃにしたじゃねえか! 金よこせ!」

「やかましい!!帰れ! 自分で帰れぬのなら強制送還してやろうか!?」

「おうおう、やってみろ、金もらうまでテコでも動かねーぞ!」

「ではやらせてもらう! 《デボイル・メッサイル・アラバトスヘレーラ!!》」


 懐からステッキを取り出したフェイルズが何やら呪文を唱え始める。

「お、おわ! お前召喚術使えたのかよ!?」

「元の世界に帰れ! 強制送還アデム・トーイヴ

「う、うわああ!!」



 ☆ ★ 



 どしん、と何かが落ちる音がして、凛子はうたた寝から目を覚ました。

 窓の外はオレンジの光。夕日は明かりをつけていなかった事務所の中まで黄昏に満たしていた。


「いっててて……。あの野郎、本気で金払わねえ気かよ」

 事務所の床に仁が倒れていた。

「あれー、仁さん。もう帰ってきたのー?」

「くそが。おい、ミツル、大丈夫か?」

「な、なんとか……」

 なんだかとても疲れたような顔をしたミツルもいつの間にかいた。


「その様子じゃダメだったみたいね」

 大きなため息をついて凛子が首を振る。

「くそ、もうあの国からの依頼は受けねえぞ!」

 怒り心頭の仁は椅子を蹴っ飛ばしてから、デスクの上に座った。


「なんか他に仕事ねーのか? このままじゃ本当に金なくて潰れるぞ、幸運堂」

「うーん、今、色々見てたんだけど、ヤバい系の仕事しかないよ。魔界からの仕事で違法鉱物の仕入れとか。バレたら消される系の外には出せない仕事。やる?」

「ぐぬぬ。それは危険すぎる……。かくなる上は……ミツル、一〇〇万貸してくれ!」

「そんな金持ってるわけないじゃないですか!」

「くそ、万事休すか」がっくりと頭を下げる仁。


 その時。


「はーっはっはっは」

 高笑いとともに襖が力強く開かれた。

「コポォww拙者のことをお忘れでござるかww勇者は遅れてやってくるwww川上拓真www魔王打倒を果たして華々しく凱旋www」


 静まる事務所。


「……なんだ拓真か。いいからどっか行ってろ。今忙しい」

「ちょwwwおまwwひどい仕打ちでありますな! いいのですかwwwそんな物言いをしてww」

「なんだ? 何かあったか?お前が例え魔王を倒そうが報酬は20パーカットだ。借金返済できん!」

「ふふふwww聞いて驚くがいいww拙者、魔王を倒しただけではなく魔王の裏に潜んでいた隠しボスまで見つけて倒してきたのであるwwwキタコレwww報酬は遅延分も挽回の上、倍額でござるよ!」


「な、なんだって!?」


「王国は歓喜に揺れ、メルンは拙者に恋をし、袖をつかんでは『帰らないでほしいですぅ』と涙ながらに訴えていたのだが、幸運堂のみんなが待っているんだ、と言い残し帰ってきたのだ! 喜べ!皆の者よ!」

「ほ、報酬は受け取ってきたのか?」

「デュフフwwwバッチリでこざるよwww」


 拓真がニンマリして持っていた手提げ袋を掲げる。ジャラジャラと金貨らしき音が聞こえる。


「換金もしないで急いで帰ってきたのでござるwwwこれで、なんとか幸運堂も潰れずに済みますなwwwこれもひとえに拙者のおかげでござるwwwこれがライトノベルだったら100万部は超すほどの大スペクタル大活躍であったって……痛っ!!」


 自慢げに話す拓真のカバンを仁が飛びつき奪った。


「こ、これは……」中を見た仁は目を見開いて固まってしまった。

「どーしたでござる?」

 ひょっこりと凛子が顔を出して中身を確認すると、ため息をついた。

「あー、ヤバいやつだ」

「な、何がでござる!?金貨でござるよwww換金すればすぐに借金など返せる量ではないか?」


「これ金貨じゃないよ。条約で禁止されてる違法鉱物だよね」

「い、違法? 鉱物? なんであるか?それ」

「麻薬みたいなもんだ。この世界には1グラムだって持ち込んだらいけない。もしバレたら死刑どころの騒ぎじゃねえぞ」


「……マジでござるか?」

「マジだ!!この、ばかやろー!!なんでお前は次から次へと問題を起こす!!」

「そ、そんなー!拙者は何も知らなかったでござる! 無実だ!」

「ばかやろー!!さっさと返してこい!!」


 凛子がやれやれと首を振る。

「ムリムリー。仕事の依頼が無い状態だと異世界にはいけないよ」

「どーすんだよ!こんなに持って帰って来ちまって!」

「売るしかないんじゃないの?」

「何処にだ!こんなヤバイもん大量に売ったら、そっち系の奴らに殺されるわ!」


 あわただしい中、黙って聞いていたミツルが「あの……」と手を挙げた。

「さっき凛子ちゃんが言ってた仕事ってのに使えないの……?」


「あん?……なんだっけ?」

「そっか。違法鉱物の仕入れだ。……えっと報酬は出来高払いだけど、かなりの額もらえるっぽいね」

「それだ!!」

 ビシッと指をさして仁は叫ぶ。


「拓真!ミツル!二人ともだ!お前らのせいでこうなったんだからな!!付き合ってもらうぞ!」

「そんな!!」

「ひ、ひどい!!」

「下手こいたら不死身の体にされて、生きたまま全身切り刻まれる罰を一億年くらいさせられるだろうから、ミスるんじゃねえぞ!」


「無理でござる!」「無茶苦茶ですよ!」

「うるさい! いくぞ!日帰り勇者ども! 頑張れ!俺のために!」

「嫌だー!!」

「余計なこと言わなきゃよかったー!!」


 仁が両手を天にかざすと、三人の体が光に包まれる。


「この腐れ外道ぉー!!」

「たーすけーてー!!」

「……凛子、あとは頼む。借金取りが来たらテキトーに追い払っておいてくれ」


 ギュイーンと空間が歪み、やかましい男どもが吸い込まれていった。


「相変わらず強引だな、仁さんは。ま、気にしたって仕方ないか。どーにかなるでしょ」


 幸運堂の借金生活はもう少し続きそうだな。と思いながらも凛子は呑気にあくびをした。




 おわり。

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