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ボンゴレ☆ビガンゴ
第1話 ガンデルーラの魔導師
白亜の宮殿ガンデルーラ城。その中心に位置する王の間には龍神クルーメスが描かれた壁画がある。
この神夢界マガディアーナの創造神である四つの翼を持った巨龍の神だ。
鋭い牙を覗かせた口を大きく開け咆哮する姿が描かれたその壁画の前には、王国の紋章を丁寧に彫り込んだ豪奢な玉座が配置され、腕を組み眉間にシワを寄せた老人が苛立ちの表情を浮かべて腰を下ろしている。
《牙の王》と称されるガンデルーラ王国の主、ガンデル三世である。
固く唇を閉じた牙の王はギョロリとその瞳を動かした。
「……どういうことか。メルンよ」
目線の先、玉座より一段下がった位置にピンクの髪を後頭部で硬く縛ったポニーテールの少女が立っていた。
少女は魔道士の証である【蔦と龍】の紋章が描かれたローブを着用してはいた。だが華奢な身体より一回りほど大きいためか、ただでさえ幼く見えるその姿を、より一層頼りなく見せていた。
「え、えっとぉ……、ですからぁ」
両の人差し指をツンツンとなだらかな胸のふくらみの前で突かせてはモジモジと言いあぐねている。
「勇者様がですねぇ……。魔王と戦うよりハーレムを作ってエルフといちゃいちゃしたいって言いはじめてですねぇ……。えっとぉ、バルムの森小屋に籠っちゃったんですぅ」
メルンと呼ばれた魔道士はまるで怯える子犬のように縮こまっている。
「馬鹿もーーん!!!」
王の怒号が部屋に響き渡り、メルンは「うひゃあ」と小さく叫び後ずさった。
「どうなっておるのだ!! 既に業者へ前金を支払っておるのだぞ!それなのに仕事もろくにせずにハーレムだと? バカも休み休み言え!!」
「ひぇー!! 申し訳ございませぇん!!」
床に膝をつけ土下座の格好で謝るメルン。
「今すぐにそのバカ勇者の元に行って、さっさと旅立たせろ!!」
「私がですかっ!? あの……勇者様がいるバルムの森って結構危険な森だと思うんですけどぉ」
「だからなんじゃ! お主が依頼した業者から召喚した勇者じゃぞ! 責任感を持たぬか!!」
一喝されて全身がピンと伸びる。
「は、はい! 仰せのままにぃー!」
跳ね起きたメルンはくるりと回れ右して駆け出した。
☆ ☆
「……もう、なんで私ばっかり貧乏くじをひかされるのかなぁ」
薄暗い森の中、生い茂る木々をかき分けてトボトボと歩く一人の少女。
突き出した枝をポキリと折り、一つため息をつく。
「だいたい王様がケチって予算を組んでくれなかったから、ランクの低い勇者を召喚する事になったんじゃないの」
ブツブツと文句を言いながらもかれこれ一時間はこんな森の中を歩いている。
「それに女の子一人にこんな道を歩かせる? 今日は残業なしで帰りたかったのなぁ」
王国お抱えの魔道士だからといって、まだ16になったばかりの少女だ。遊びたい盛りだった。
「……なら、魔道士など辞めて、拙者のハーレムに加わらぬか? ……なんちゃってデュフフ」
耳元で囁かれて全身の毛が逆立つ。
「だ、誰ですか!?」
飛びのいて振り返ると目の前に一人の少年が立っていた。
自分と同じ年頃だが、少し背の低い小太りの少年だ。
しかし、魔導師であるメルンに気づかれずに背後に立っていたことを考えると、たるんだお腹とは裏腹に俊敏なのかもしれない。
「ふふふ……」と気障ったらしく唇の端に笑いを浮かべているが、下手くそな役者の演技のようで不快だった。
「勇者様……」
苦い顔でつぶやく。
そう。こんな誠実さのかけらもない少年が今回召喚された勇者なのだ。
小太りの少年は『勇者』という言葉を聞くと、だらしなく頬を緩めた。
「オウフww勇者様とはなんと甘美な響きwwwですが拙者山上拓真のことはできれば『ご主人様』とwwwヌフww呼んで欲しいところwwwグヒュヒュ。なにせ、この地に我が酒池肉林の王国を作り上げようとしているのですからなwwwデュフフ」
不思議な話し方をする勇者は両手を広げてニタリと笑った。
制服らしき紺色の衣装をまとっているが、ヨレていて清潔感はないし、その着こなしはお世辞にもお洒落とは言いがたい。自分自身に陶酔している様も見ていて恥ずかしさがこみ上げるものであった。
「あ、あのぉ。勇者様? 魔王軍討伐の依頼をさせて頂いたと思うのですが」
メルンはそれでも下手に出る。相手がどんなに不愉快な人だとしても、それでも一応『勇者様』だ。粗相があってはいけない。
「おっとwwマジレスキタコレですねww失敬失敬。いえいえww確かに依頼はされておりますね、クポゥwwですがww誠に恐縮ながら、拙者は面倒なことが大っ嫌いなのでござるよwwコプォ言っちゃったww本音言っちゃったwwフォカヌポウwww魔王の討伐?ですか? そんな面倒ごと、まっぴらごめんってやつですなwwwコポォ。拙者は好き勝手させていただく予定です! ヌプウww嬉しいことにこの世界には可愛い女の子も多いしwwデュフフ。夢にまで見た異世界ライフしっかり堪能させてもらう所存です!」
勇者は早口でまくしたてると大きく口を開けて耳障りな高笑いをした。
「えっと……。困りますぅ。ちゃんと仕事はして頂かないと……。前金は支払っておりますし……」
「オウフwwオヌシもしかして力ずくで従わせようとでも思っている口ですかwwwこれは笑止www笑止千万でござるよwww拙者の接近に全く気付かなかったお間抜けな魔導師さんの癖にwwwオヌシのような魔道士さんでは拙者には敵わないと思いますよwwwデュフフwwwはいwww論破www」
「ぐぐぐぅ、なんでこんな奴に……」メルンは悔しさで唸りながら頬を膨らませた。
「コプゥwwwそれとも、王国には帰らずに拙者と一緒に暮らしたいというのなら考えてあげないこともないですがwwwまぁ拙者は所謂ロリコン属性はwwwないですがねwwwあしからずwwwうーん、でも、そうですねー。オヌシのようなロリっ娘もバランス調整の為にwww弊ハーレムに加えてみてもいいか、とたったいま熟慮の結果www判断しましたが如何でござるかwww今なら第三夫人くらいにしてあげてもいいですけどwwwワロス」
メルンは身震いして後ずさった。
「……半分以上何言ってるかわかんないしぃ。もう、どうにかしてくださいよぉ」
泣きそうな顔でメルンは背後の森に向かって助けを求めた。
「ヌヌフォwwwどうしたんですかwwwどこを見てるでござるwww」
メルンの視線の先をなぞる小太り勇者。メルンが見る方角には高い木々が鬱蒼と生い茂っているだけで人影はない。
「……ったく、面倒くせえなオイ」
森の茂みがガサゴソと揺れ、ため息交じりの男の声が聞こえた。誰かいる。メルンは白い頬を膨らませて声を出した。
「面倒くさいって、この勇者さんは仁さんの所の登録者じゃないですかぁ。自分の所の派遣さんの面倒くらい、ちゃんと見てくださいよぉ」
「ヌポォ……じ、仁……?」
声の主の名前を聞いた勇者の声から気味の悪い薄笑いが消えた。
「いや、悪い。メルンに言ったんじゃねえよ。うちのボンクラ勇者に言ったんだ」
また声。どこか聞き覚えのある声に勇者の顔面が蒼白になる。
「ま、まさか……幸運堂の細波仁……!?」
「おう? 呼び捨てか? ボンクラ拓真のくせに随分と調子に乗ってやがるな」
現れたのは二十代前半ほどの若い男だった。無造作な白い髪が特徴的な目つきの悪い男。
真っ青な顔で後ずさりする勇者にメルンは告げる。
「幸運堂所属の派遣勇者、山上拓真様。契約違反につき派遣主の細波さんをお呼びいたしました」
メルンが意味深な笑みを浮かべると、小太り勇者拓真はあからさまに狼狽した。
「な、なぜ!? カプゥ……なぜ悪徳派遣ヤクザがココに!?」
「誰が悪徳派遣ヤクザだ! 俺は忙しいんだよ!今日は新しい派遣登録の希望者と面接しなきゃいけねえんだ! それなのに、てめえが真面目に働かねーからこんな異世界にまで呼び出されちまった! いいか!てめえをこの世界に転送する前にも説明したがな! 今週末までにきっかり一〇〇万円を金貸しどもに払わねーと俺の幸運堂は土地ごと奪われちまうんだよ!真面目に働け!この色ボケが!」
一気にまくしたてると、男は両手を突き出した。男の手のひらがまばゆく光る。
「コプゥ、その構えは!? やめ、やめろぉ」
「じゃかぁしい!! 教育的指導だ! くらいやがれ! 」
魔術の構成が空間に走る。
「ま、まてまて!話せばわかる。話せばわかるでござるって……ぎゃー!!」
必死の嘆願もむなしく、放たれた閃光魔法が勇者の体を吹き飛ばす。
悲鳴をあげ宙を舞った勇者はゴギッと嫌な音を立て地面にめり込み動かなくなった。
「……仁さん。魔法使えたんですね」
「当たり前じゃん。自分の所の勇者より弱かったら躾ができないじゃん?」
まるで犬でも調教するみたいに言っている。
「でも、死なれたら困るんですけど」
メルンが呆れた様子で言うと仁と呼ばれた男は険しい顔のまま首を振った。
「いや、あの程度じゃ死なねえよ。あれでも一応勇者だからな」
メルンは恐る恐るといった感じでえぐれた大地を覗き込んだ。
「それに、上下関係はしっかりしておかねぇとな」
男は自分で作ったクレーターを見下ろし腕を組んでいる。
「……おい、いつまで寝てんだタコ。さっさと起きて魔王倒しにいけよ」
爆心地に向かって心ない言葉を放っている。
「本……気で、打ち……や、がったな……」
クレーターの真ん中で小太り勇者は起き上がった。全身ズタボロではあるが、なぜか目立つような大怪我はしていない。
腐っても勇者ということなのかな、異世界人の頑丈さにメルンは驚くしかなった。
「で、どうする?魔王倒しに行く? それとも、ここで短い生涯に幕を降ろす?」
ニコリと邪悪に雇用主が微笑むから、小太りな勇者もさすがに観念した。
「……行きます」
「ああん? 聞こえねえな?」
「行かせてくださいっ」
「よし!」と満足そうに頷く仁はくるりと振り向いた。
「メルン。ごめんね、うちの勇者がご迷惑かけちゃって。ほら、拓真こっち来て謝れよ」
憮然とした表情ながら、小太り勇者はこちらまで歩いてきた。
「……どうもすみませんでした」
ぶすっとした顔で勇者は頭を下げた。少し泣いている。
「本人もこう言ってるんで、許してやってよ。ね、魔王倒すまで一睡もしないって言ってるからさ」
「いや、そんなこと言ってない……ガフっ!」
言い返そうとする勇者の脛を思いっきり蹴り飛ばして仁は邪悪に笑う。
「ごほん、というわけで《魔王討伐に関しての勇者派遣契約》は問題なく存続ってことでいいよね?」
「え、ええ。魔王さえ倒して頂ければ我々としても違約金の請求などはしませんので……」
足を抱えて転がり回る勇者を横目に、引きつった笑いを浮かべてメルンは答えた。
「それで、成功報酬についてなんだけど、当初の予定どおりってことで……」
「それはダメです。すでに予定より一週間遅れています。我が国の損害も予定より出ていますので、二〇パーセントカットです。契約書にも書いてあるはずですが」
「ってことは……げ、一〇〇万いかねえじゃん! ぐぬぬ。おい拓真、てめえのせいだぞ! これ以上道草食ってみろ!マジで殺すぞ! さっさと行けよ。ダッシュで魔王倒してこい、今月の支払いができなかったらてめえの臓器売り飛ばすからな。ほら、行け。ダッシュだよ、ダッシュ」
ガシッと頭をわしづかみにされた勇者は了解の意を伝えるためにブンブン頭を振って頷き、逃げるように駆けて行った。
小さくなる影を見送り、仁は一つため息をついた。
「……さて、帰るかな。なんとかして金稼がねえとマジでやばいなぁ」
ブツブツ言っている。
「じゃあメルン、また奴が悪さしたら呼んでくれ。マジで殺しにくるから」
そう言ってニカッと笑う人が手を天に掲げると、光の柱が現れ彼の体を包み込みこんだ。
「またな」そう言い残し彼は光とともに消えた。
彼を見送ったメルンは思った。
(もう、あの人の所から勇者は呼ばないことにしよう。ろくなことないし……)
破壊尽くされた森を見て彼女は心に決めたのだった。
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