第3話 軍事国家の姫君

 ☆ ★



「……おい、ミツル。ついたぞ」


 聞こえた声にミツルは恐る恐る目を開いた。

 石造りの狭い小部屋。床には魔法陣が描かれ中心に自分はいた。

 隣には幸運堂の代表……確か仁さんと呼ばれていた目つきの悪い白髪の男が立っている。


「こ、ここは……」


「転送完了。ここが軍事国家アルタルスの召喚の間だ。そして、あちらがアルタルスのフェイルズ王子と、その妹君であらせられるセルフィー王女だ」

 仁の示す先には二人の若者が立っていた。二人とも褐色の肌に青い髪。彫りの深い美しい男女だった。甘いマスクの王子が丁寧に頭を下げる。


「ようこそおいでくださいました。異世界の勇者殿。僕がアルタルスの王子フェイルズです。そしてこちらが……」

「セルフィーです」


白い民族衣装を纏った美少女がこちらを見て微笑んだ。

「か、可愛い……」王女を見たミツルの口から思わず賛美の言葉がこぼれ落ちた。

 長袖に足元まであるワンピースの露出は皆無な衣装だが、滑らかな布地が彼女の体のラインを艶かしく浮かび上がらせている。

 細いくびれ。清流のように美しく波打つ青く長い髪。鈴の音のような心地よい声。


「幸運堂の細波仁だ。で、こっちが今回派遣する勇者の……って、おいっ」

 うっかり見とれていたミツルは肘で突かれ、慌てて背筋を伸ばした。

「た、太刀光流ですっ! よろしくお願いします!」

「まあ、そんなに硬くならないで。勇者様」


 王女セルフィーが口元を隠しながらクスクスと微笑む。

「は、はい……」顔を真っ赤にしてミツルは答えた。

「……惚れんなよ」と小声で仁が小突く。

「ば、馬鹿なこと言わないでくださいっ」と小声で返すが、胸のドキドキは止まらなかった。


「政略結婚など時代遅れだと思わんか?  我が父は妹を国策の道具としか思っていないんだ。僕は妹には本当に好きな人と結婚してほしいと思っている」

 そう言って、ポンポンと妹の頭を撫でる。王女も頬を染めて嬉しそうにしている。

 少しシスコン気味かもしれないなぁ、とその様子を見てミツルは思った。


「では早速だが闘技場に参ろうか」

「そうだな。さっさと終わらせてしまおう」と仁が頷いて歩き出そうとするから、慌ててミツルが口を開いた。


「え、ちょっと。待ってください。今なんて言いました? 闘技場? な、なんの話ですか? お見合いをするんじゃないんですか?」

「ああ。由緒正しいお見合いだ」

 王子が頷く。何か決定的に話が噛み合っていない。


「えっと、お見合いって食事でもしながらお喋りして、趣味とか聞きあって、あとは若い二人に任せて、とか言って親が退場するっていうアレじゃないんですか?」


「はっはっは。勇者殿は面白い冗談を仰る。とは文字通り、互いの戦闘能力をお見せし合う事だ。相手のジェナール王子は相当な大剣の使い手だが勇者殿にかかれば赤子の手をひねるようなものであろう」


 想定外の話にミツルの声も上ずる。

「ちょ、ちょっと!仁さん!聞いてませんよ!?簡単な仕事って言ってたじゃないですか!?」


「簡単だって。異世界じゃ元の世界での腕力とか関係ないし強力な必殺技みたいなのも使えたりすっから。ほら、俺も異世界の中だったら魔法使えたりするし、そういう能力がお前にもあるんだよ、だから慌てんな」


「無理ですよ!」

「だから、大丈夫だって言ってんだろ。お前も心配性だな!」

「……おい。本当に依頼は受けてくれるのだろうな?」

 言い争っているとフェイルズが不安そうな顔になっていた。


「大丈夫だ。ばっちりだ。何の問題もない」

 仁はミツルの口を抑えつけて答えるのだがミツルはじたばたと抵抗する。

 その時、鈴の音のような声が静かになった部屋に響いた。


「勇者様。危険なお願いをしてしまい申し訳ございません。ですが、どうか力を貸し頂けないでしょうか……。お願い致します。」


 ハッとして見るとセルフィーが両手を組み祈るような目でこちらを見つめていた。


「あ、いや、その……」

 縮こまったミツルの顔が赤くなる。その様子をみた仁はニタリと笑いミツルの肩を抱いて、小声でまくし立てた。

「……おい、彼女のためにも頑張れよ。女のために戦うのは男の仕事だろ」

「で、でも……本当に僕にやれるでしょうか?」

「大丈夫。お前にも特殊能力が付いているはずだからな。あとで確認してやっけど、絶対楽勝だぞ。なーんも心配するな。保証する」


 あまりに仁が自信満々に頷くので、ミツルもなんだかやれそうな気がしてきた。

「わ、わかりました……やってみます」

「よーし!!」と頷いて仁は王子たちの方を向きなおる。

「すみません、お待たせしちゃって。なんの問題もありません!ノープロブレムです。な!ミツル!」


「は、はい。頑張ります」

「まぁ、なんて頼もしいのかしら……」

 頬を赤らめて王女が見つめてくるので、ミツルは照れながら頭を下げた。


「では、いざお見合いの戦場へ!」

 フェイルズ王子が力強く叫んだ。



 ☆ ★



「そういえば、結局僕の能力はなんなんですか? わからないと不安で仕方がないんですけど」

 闘技場へ向かう馬車の中、幸運堂の二人にあてがわれた馬車の中でミツルが仁に尋ねた。

「おう、そうだったな。じゃ、いっちょ能力を見るか。ちょい頭を下げろ」

 言われるまま頭を下げる。

「ふんふん。ははぁ。なるほどな」

 手をかざした仁が頭上で唸っている。

「よーし、わかった。頭上げていいぞ」


「……で、どうだったんですか?」

「ふーむ。なんていうか、こう言っちゃ悪いんだけど、癖のある能力だな」

「……癖?」

「自分じゃコントロール出来ねータイプの能力だ。まー、お前にはそっちの方が性に合ってそうだな。じゃ、着いたら起こしてくれ。おやすみ」


「ちょちょちょっとー! 何を寝ようとしてるんですか! 全然説明になってないですよ!」


「あんまり大きな声出すなよ。俺、眠いんだよ」

 あくびをしながら緊張感もなく仁は答える。


 しかし。「着きましたよ、勇者様」

 馬を操っていた御者が言った。


「もう!?」

「なんだ近いのか。仕方ねえ。降りるぞ」

 あくび交じりの仁に押し出されるような形で馬車を降りる。

 高い外壁が威圧感を与える円形のコロシアムが目の前にあった。


「ここが闘技場!? 広っ!!」

 その大きさに圧倒される。

「仁さん、僕はどーしたらいいんですか!? どう戦えばいいんですか?!」


「取り乱すなって。安心しな。そんな初心者さんのための便利アイテムも、我が幸運堂は扱ってるんだ」

「は、はぁ?」

「ほら。これ。魔法カプセル。魔法都市マフルホーガの実力派魔法使いの魔法を丁寧に閉じ込めた逸品だ!」

「なんなんですか? それ」


「これさえあれば、魔力のない人間でも、魔法を使えるんだ。ほれ、試しにこのカプセル飲んでみろ」

 ポンと手渡された小粒のカプセル。

「変なもん入ってないでしょうね」と疑いながらも飲み込む。

「よし、軽くジャンプしてみろ」

「なんですか、っておおおっっっ!!?」

 軽く跳ねたつもりが二、三メートルほどの跳躍になってしまった。


「なんですかコレ!?」

「跳躍強化のカプセルだ。かの有名なバルジア魔術師連合から取り寄せた。安い割りには使い勝手がいい」

 仁は、ふふんと自慢げに鼻を吹かしている。


「攻撃魔法とかもあるんですか?」

「ああ、とっておきのがあるぜ。ライマズンのカプセルだ。爆発系魔法ライの中でも最強ランクの魔法を閉じ込めたカプセルさ。どんな相手でもならこれで一発さ」

 キラキラ光るカプセルを取り出して見せた。


「す、すごいの持ってるじゃないですか! ありがとうございます! 仁さん見かけによらず良い所もあるんですね!」


 よかった。本当はいい人だったんだ。そう思った矢先。

「9800円になります」

 真顔で言う白髪。


「……金とるんですか?」

「馬鹿野郎! これでも卸値だよ! いらねーんならしまうぜ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、買います! 買いますって」

 慌ててポケットから財布を取り出す。クビになったレストランのバイト代が残っていた。


「まいどありぃー。よし、じゃこれカプセルな。効果は24時間発動は一回。もう飲んじまっていいぞ。両手に意識を集中してると、ここだって時に両手が光るから、その時にライマズンって叫べば、魔法は発動する。簡単だろ」


「き、緊張しますね。失敗したらどうしよう」

「大丈夫だって。でも。失敗した時用に予備は持っておいたほうがいいかもな。今なら三つで二万円でいいぞ」

「ええ! そんなに現金持ってないですよ」

「今回の給料から引かせてもらうから、いいよ」


「この鬼!」

 やっぱり、ロクでもない男だ。

 と、思っても後の祭りである。

 結局三粒魔法カプセルを買ったミツルは憂鬱な気持ちで闘技場に入った。


《うおおお!! 頑張れ!勇者様!!》

《ジェナール王子!!負けないで!!》


 地鳴りのような響きがミツルを襲う。

 会場は満席だ。下段から上段まで観客席は人で埋め尽くされていた。


「お待ちしておりました。フェイルズ王子、そして未来の我が妻。セルフィー王女」


 円形の闘技場の中央で赤いマントを羽織った男が微笑む。見合いの相手ジェラルダ国の王子だ。

 サラサラの長い黒髪に長身の逞しい体躯。背中には身の丈ほどある大剣が背負われている。

 普通にカッコいいし、とても強そうだ。ミツルは自分の細い腕と見比べて不安になった。


「これはジェナール王子。この度はわざわざご足労いただき申し訳ございません」

 フェイルズが慇懃に頭を下げる。

「いえ。お見合いを申し込んだのはこちら。ならばこちらから出向くのが筋というもの。お気になさらずに」

 長髪をかきあげジェナール王子は微笑む。


「国民のためにも、このお見合いには全力を尽くしたいと考えております」

 白い歯を見せるジェナールはお世辞抜きで百点満点の爽やかさだった。

「我々もジェナール王子のお気持ちに応えるため、勇敢な戦士をご用意いたしました」

 フェイルズ王子がミツルに目を向ける。ジェナール王子つられてこちらを見た。


「よ、よろしくお願いしますっ」

「ん? この非力そうな少年が……?」

「ジェナール王子。見た目に惑わされてはいけません。異世界から召喚した勇者様です」

「ほう、これは失礼した! 異世界の勇者殿。どんな戦いを見せてくれるのか、楽しみだ! よろしく頼む!」


 ジェナールは大きな歩幅で近寄ると手を差し伸べてきた。

「は、はい」大きな手と握手する。


「では、これよりお見合いを開始致します! ジェナール王子と異世界の勇者様以外は退場されますよう」

 審判らしき神官がミツルとジェナールの間に立った。


「……ミツル殿。実はこのお見合いは暗黙のマナーがあります。先制攻撃の権利はお見合いを申し込まれた側にあるのです。つまり、ミツル殿にです。もちろん、攻撃は避けられる可能性はありますが、絶対に最初の攻撃はあちらからは仕掛けてきません。ですので、最初の一撃で相手を倒してしまえば、反撃の心配はありません。是非、一撃で憎きジェナールを叩き潰してください」


 フェイルズがミツルの耳元で囁く。

「が、頑張ります」

 ミツルが答えるとフェイルズは力強く頷き観覧席へと歩いて行った。

「気楽に絶対失敗しないように頑張れよ」

 ニヤリと笑い仁も離れていく。

「全然、気楽にならないですよ、そのコメントじゃ……」


「勇者様……」背後からの声にハッとして振り向く

「お気をつけてくださいませ」

 美しい王女が心配そうに表情を曇らせる。

「ま、任せてください! 王女様のために頑張りますっ」

 しゃきんと背筋を伸ばしたミツルの声は思わず上ずった。


 舞台は整った。

 正面に立つジェナール王子と向き合う。

 体格差もあるし、力の差も歴然だ。先制攻撃で魔法を唱える以外に勝ち目はなさそうだった。


「さて、まずは勇者様のお手並みを拝見といこう」

 赤いマントに背中の大剣。それだけで歴戦の勇者、といった痺れる格好良さがある。それにひきかえ、僕はなんだってんだ。高校指定の学ランのひ弱な学生。武器も持っていない。

 魔法がちゃんと発動しなかったら、と思うと心配で仕方なかった。


 不安と緊張で口の中がカラカラになりながらも、長髪をたなびかせるジェナール王子に向かい両手を向ける。

 全身が緊張で震える。でも、やるしかない。

 ミツルの強張った表情を見てジェナールが笑う。


「緊張せずとも良い。例え敗れ死ぬこととなっても恨みはせん」

 僕は死にたくないよ、と思いつつもジェナールの強い眼差しに圧倒されて、頷くしかできなかった。


「は、はい。そ、それじゃあ。い、いきます」

「よし、来い!」


 小さく叫ぶとジェナールは大剣を抜き片足を前に出して構えた。

 フェイルズが言ったようにジェナールはミツルが攻撃をするのを待っているようだ。

 一撃で決めなければ……。心臓が激しく脈打つ。


 集中するんだ!


 自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を吸い込む。意識を両手に集中する。

 ゆっくりと息を吐き出す。ふわふわと雲のように浮かんでいた意識がぎゅっと凝縮された密度の濃い強固なものとなる。

 手のひらがじんわり暖かくなってくる。

 今まで感じたことのない、体を通して出る大きな波動の流れが目を瞑っていても見えてきた。

 雷に打たれたような激しい感覚が全身を駆け巡る。

 ミツルは大きく目を見開いた。眼前の我が両の手が光り輝いている。

 初めての経験だが全身が訴えている。今、とてつもない魔力が両手に集まっている、と。


(いまだ!!)

 ミツルは叫んだ!


「ライマじゅンっ!!」


 ……噛んだ! 

 と、自分でも知覚した瞬間、両手に集中されていた魔力が暴発するのを感じた。

 目の眩む閃光が辺りを包む。四方八方に爆発が巻き散らかされた。


 大剣を盾のように構えたジェナールだったが、ミツルから放たれた魔法はかすりもしなかった。ロケット花火が暴発したように。手のひらから暴れ出る小花火を呆然とした表情で見つめるミツル。

 シュポッと最後の尻切れ花火が終わると、虚しい静寂だけが残った。


「し、失敗しちゃった……」

 防御の姿勢を解いたジェナールが不敵に笑った。

「ふふ。そんなものか。ではこっちの番だ!」

 大剣を持っているとは思えないほどの速度で踏み込んでくる。


「う、うわぁ!」

 振り下ろされた刃をすんでのところで躱す……というより腰が抜けて尻餅をついたために攻撃が外れただけだった。


「勇者殿!!立ち上がって!!」

 観覧席からフェイルズ王子の叫び声が聞こえる。

「組み付け!ミツル! 懐に潜り込まねえと真っ二つにされっぞ!」


 仁の声も聞こえる。なんで僕はこんなどこだかわからない異世界で騙されて殺されかけているんだ。

 いやだ。僕はまだ何にもしてないのに、こんなところで死にたくない!


「う、うわあああ!!」ミツルが叫ぶ。

 迫ってきたジェナールの胴体にタックルしようとしたその時であった。

 ミツルの足がキラリと輝いた。


「ひぁぁっ!!」情けない声とともに、ミツルの体はロケットのように大きく宙へ投げ出された。

 最初に飲んだ跳躍強化のカプセルの効果だった。

 自らの意思に反して飛び上がったミツルがジェナールの土手っ腹に突き刺さった。


「はぅっ!!」 

『く』の字に折れ曲がるジェナール王子。ミツルの頭突きはジェナールごとロケットのように直進する。

「出た!! ミツルの特殊能力『おっちょこちょいで頭ぶつけちゃう』だ!!」


 身を乗り出して仁が叫ぶ。人間ロケットは物凄いスピードで観客席上段に突き刺さった。

「やったぜ!ミツル! 俺の思ってた通りの結果だぜ!」

 騒然となる会場で一人拳を突き上げガッツポーズを取る男がいた。


 もちろん。細波仁であった。





 

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