冷害と飢餓と心の飢え



 村長の死から一ヶ月が経った。



 村人達も彼を亡くした事をまだ完全には受け止めきれていないらしく、まだ少しギクシャクとしたところがあるようだった。


 だが、それでも村長の妻や男達が中心となって畑の世話だけではなく、村の今後に関しての事を色々と進めてきた。



 現王は今のところ、村に兵を差し向けてこない。



「相当、怒り心頭だったとは聞きます。だが流石に自分の喉元に牙を突き立てられた以上、そう強くは出れんのでしょう」


 村長の墓を見舞いつつ、行商は現王の様子だけではなく、国の様子に関しても語り教えてくれた。やけに詳しい様子だった。


 どうも、国でもそれなりに大きい商人集団の長であったらしい。現在は息子に地位を譲っているそうだが、そこから伝え聞いた情報だそうだ。


 先王と村長に恩義があり、しかし長として大っぴら動けなかったため、この村が出来た時に密かに行商として村長達を支える事にしたとこぼしていた。



 粗方語り尽くした後、少し黙っていた行商は村長の最期について聞いてきた。


「……そうですか。剣を置こうとも、あの方は最期まで自分を全うしたのですね」


「お前は、この村の事情を全て、知っていたのか」


「まあ、そうですな……表面的な事情だけは。。しかし、彼らがここまで受けてきた屈辱を、真の意味で知っていたとは言えないでしょうな。外様ですゆえ」


「……そうか」


「村長は……あの世で先王様に、良くやった! と褒められているでしょうな。ただ、お前が死ぬとは何事だ! と、褒める以上に怒られているかもしれません」


「……一つ、聞いていいか?」


「何でございましょうか」


「お前は、あの世があると思うか?」



「あればいいな、と思っています。


 その方が……救いがあるでしょう?」



 少し、一人にしてもらえますか、と言う行商の言葉に従い、その場を離れた。


 離れる際、嗚咽のようなものが聞こえたが、我は振り返らなかった。








 村はその後も暫くは、何とか平和な日々を送れていた。


 現王からの横槍は表立っては無かった。


 しかし、天からの横槍はあった。



「冷害?」


「ああ、どうもそうらしい。行商さんに聞いた話も照らしあわせてみると、ウチだけじゃなくて国全体も冷害に見舞われているらしい」


「このまま続けば間違いなく、飢餓に陥る……」


 村人達はそう、我に話した。


 作物の育ちが悪いらしい事は聞いていたが、そこまでの大事になっていたとは。


 確かに皆が「寒い寒い」と言っていたが、我はその辺の温度の変化はよくわからん。暫く雨に打たれっぱなしでも「汚れが取れる」程度しか思わん鈍感さだ。


 だが、現状は作物にとっては有り難くない状況のようだった。


 人族が――例えば現王が横槍を入れてきたのであれば、まだ直接噛み砕きにうけばいい。だが、天の機嫌ばかりはどうしようもない。それは人族でも我であっても同じ事だ。



 ここは元々、豊かな村ではない。


 備蓄も大してない以上、他の村々より先に飢え始めるのは時間の問題だった。都市に向かって食べ物を買ってくるのも難しいだろう。


 守ると誓った以上、天の暴力にも我は抗う義務がある。


 幸い、我がいつも食べている魔物達は相変わらずウジャウジャと存在していた。村から飛び立った我は、毒の有無等で魔物を見繕い、村に持って帰った。



「…………」


「やはり、駄目か」


 村人の反応は何とも言えないものがあった。


 この村に来てからはともかく、肉を食った事はあったそうだが見たこともない魔物の肉を食う事には抵抗があったらしい。


 人族は生食をあまりしないと聞いていたから、ブレスでこんがり焼いてきたのだがそれに手をつけるだけの勇気は無いらしい。申し訳無さそうに謝ってこられたので、自分で食べようと、肉をどかす事にした。


 したところ、肉に飛びついてかぶりつくものがいた。



「もがーーーっ!」


「あ、コラ、ミミ!」


「…………うぇ、なんかビミョーな味」



 でも食べれるよ、とミミは村人が止めるのに構わず、肉にかぶりついた。


 ミミもまだ、村長の――祖父の事は引きずっている。


 それでも前に進み、必死に生きようとしていた。



「……野菜の方がおいしくない?」


「我は結構、好きなのだが」


「ドラゴンさん、舌がおかしいんじゃ……」


「なんだとぅ!」


「あー……確かに、食えない事もない味だけど」


「いや、これは調理法次第かもしれん。最低限、塩かけるだけでも何とか」



 慌ててミミを止めにきた皆だったが、ミミに従って肉を食べ始めた。


 そして、女衆が率先して動いた結果、「そのままはともかく、味付け次第で十分食べれる」という結果になった。


 しかし、調味料――塩はそれなりに高価であるらしい。


 何とかタダで手に入れる方法が無いか皆で頭をひねった結果、我が海まで行って海水を汲んできて、村で塩を作ることにした。



「しょっぱい! これしょっぱいよ!」


「ああ、ああ、塩だけそんな食べたらそりゃ……」


「初めてにしちゃ、結構良いデキなんじゃねえか? これ?」


「塩にデキの良し悪しがあるのか?」


「これだけでも売れそうだなぁ。まあ、都の市場ですら食べ物並ばなくなりつつあるみたいだけど……肉の方も、塩漬けで加工とかしたら」


「我、もっと早くこれをやっていれば、良かったのでないか?」


『そうかも』


「皆して言わんでも良かろう……!」


「だって、塩ついたらケッコーおいしいんだもん!」



 一応、ではあるが村の食料問題解決の目処がたった。


 ただ、人族は肉ばかり食っていてもいけないようなので、野菜の方も何とかしようとしていたのだが――冷害が続き、全てをどうにかする事は出来なかった。


「ミミ達、最近お肉ばっかり食べてるような……」


「冷害とは、ここまで怖いものだったのだな」


「まあ、まったく野菜食べれないわけでは無いから大丈夫でしょう」


「おーい、今回の燻製は結構いい感じだぞ! みんな試食してみてくれ」


「食べるー!」


「あ、我が苦労してとってきたタマゴはどうだった!?」


「捨てたよ」


「えっ」


「だって、中身が生きてたんだよ!? 半分ぐらい!!」


「そ、そうか……」









 村は、まったく苦しくないわけではなかったが、それなりに平和だった。


 それでも国全体の冷害は続き、あちこちで飢饉が発生しているらしかった。


 だがそれは村には関係ない事だ――我はそう、勘違いをしていた。



 ある日、村に盗賊がやってきた。


 軽く吠えてやるとその場にうずくまってガタガタと震え始めたので、村人達が直ぐに取り押さえてくれた。死人も怪我人は一人も出なかったが……。


 話を聞いてみると、どうも冷害以後も飢え死にが出ていないらしかった。


 この村に食べ物目当てで押し入ろうとしたらしい。


 確かに、この村で飢え死には出ていない。作物の方は不調ではあるが、肉がある。ほんの少しの間に肉食生活になったが、とにかく盗賊達の希望に適う状態だっただろう。我がいて、村人達がやけに強くさえなければ。



「奴らは、どこからやってきたのだ?」


「ああ……どうも、近くの村で食いっぱぐれたヤツらみたいだ」


 盗賊達は皆、やせ細っていた。


 我が肉さえ取ってくれば、村は飢餓とは無関係になると思っていた。


 だが、実際は国全体が飢餓に見舞われている以上、この盗賊達のように食うに困って他所の村を襲う者達も出てきているのだ。



「奴らは、どうするのだ?」


「殺すのは流石に後味悪すぎるから、縄解いて追い出す……とかかな?」


「だな。仕事が増えるだけだからな。もういっそ、ドラゴン殿がここにいるって吹聴してくれた方が、誰も近づいてこなくなって楽かもしれないけど……」


「ふむ……それでいいかもしれんな」


「それもちょっと考えもんだぞ。あんまりにも恐れられて、都市の方とかと取引出来なくなったりしたら、食い物はともかく農具に使う鉄とか手に入れづらくなる」


「掘るのなら我の爪でも出来るぞ? んっ?」


「「「いや、アンタ細かい農作業ムリだろ……」」」


「わかってて言っただけだ! そんな目で見るでない!」



 改めて合議した結果、当初の予定通り解放するという話になった。


 大人達の間では、そういう話になった。


 だが、ミミはその結論に難色を示した。



「あ、あのね……? それだと、あの人達、うえて死んじゃわない?」


「まあ……そうかもしれないけど、こっちだって大変だから」


「奪おうとやってきた奴らなんだ。命取られないだけ、マシだと」



 ミミは少し、泣きそうな顔をしている。



「で、でも……ミミ達も、ドラゴンさんがいないと、ああなってたかも……」


「それは、確かにそうかもしれませんが……」


「死んじゃうのダメだよ。良くない事だよ……」



 ミミの言葉に、村人達は黙りこんだ。


 怒っているわけではなく、悩んでいるように見えた。



「……ミミ、お前は、アイツらを助けたいんだな?」


「う、うん……で、でも村も、大変だって知ってるから……でも……」


「アイツらは、お前達のうち誰かを殺していたかもしれないんだぞ」



「それは、お腹減ってたからなんだと思う……。


 悪い事したかもしれないけど、悪い事をしようとした理由があるもん!


 ひょ、ひょっとしたら……家に、小さい子供がいて、


 その子達を助けようとしたのかも……!」



「…………」


「ミミ、皆に悪いこと、言ってるよね……? みんな、困らせてるよね……?」



 村人達は黙りこんでいた。


 黙り込んでいたが、「もう一度、考えなおしてみよう」という話になった。




 結局、盗賊達は肉を持たせて帰す事になった。


 そして、もうどうしようも無くなったら、また来い、と伝えた。こちらもあまり多くを養う事は出来ないが、助けられる範囲で助ける事も可能だと。


 盗賊達――もとい、食い詰めた近隣の村人は頭を下げて帰っていった。我の事はビクビクと見るだけだった。我にも土下座して?



「さーて、塩づくり頑張るか」


「頼むぜ。こっちも燻製用の木を揃えてくらぁ」


「ああ、そうそう、香草群生してるとこあったから誰か取るの手伝って」


「あそこのアレ、香草だったの? 近くに食べれるキノコもあったけど」


「やっぱり野菜も欲しいよな……。ちょっと畑見てきた後で手伝うわ」



「……みんな、ごめんね。ミミ……また、ワガママ言っちゃった」


 各々で動き出そうとしていた村人達が、踵を返してミミのとこへ戻ってきた。


 ミミの肩を軽く叩いたり、頭を撫でててもみくちゃにしている。


 皆が話し合って決めた事だから、いいんですよ、とも言われていた。



 少し泣きそうだったミミの顔が、少しだけ笑顔になった。


「ドラゴンさん! ミミもお手伝いしてくるね!」


「ああ、我も追加の肉と海水を取ってくる」


「後で一緒にゴハンたべようね!」


「ああ、また後で」



 ミミが跳ねるように走っていった。


 その後、残っていた数人の村人に礼を言われた。


「なんだ、藪から棒に」


「いや……ドラゴン殿いねえと、ホント、俺達もやばかったよなぁ、と」


「改めて礼を言わなきゃな、と……ミミ様の言葉を聞いて」


「別に、気にする事はない。我は我で、自分の寝床を守っただけだ」



「それでも、ありがとう」


「おかげで飢えずに済んでいる」


「……ミミに礼を言ってくれ」


「ああ、そうだな。ミミ様にも礼を言わないといけない」



 腹は食べ物で満たす事が出来る。


 だが、食べ物で心も満たされるとは限らない。辺境で枯れかけていた村人達の心にとって、ミミの笑顔は欠かす事が出来ない栄養のようであった。


 そして、村以外に対する対応も、彼らの心に栄養を与えていた。






 元盗賊達は再びやってきた。


 彼らの話を聞いて来たらしい者も増えていた。予想はしていた事だったので驚きはしなかったが、「お願いですからここに住ませてください」とまで言う者がいたのには驚いた。


 驚いたが、村人達が事前に予想していた事だったので協議の末、住まわせて肉の加工や塩作りを手伝わせる事になった。


 だが一番驚いたのは来訪者達だったようである。我がうろついていると悲鳴あげて逃げていく者達が結構いた。我、ちょっとヘコむ。


 ミミが燻製肉や塩漬け肉を両手に構え、それを餌に逃げた奴らをおびき寄せていたので、まあそれなりに何とかなっていたようだが……。



 冷害はまだ続いていた。


 そして、それに伴って国は荒れに荒れているようだった。



 元々、現王は民に対して横暴であり、その結果生じたのが王都の荒廃であったのだが……まあ、それも結果の一つに過ぎない。


 王都は現在、さらに酷い事になっているらしい。現王が民への締め付けを強くし、膝下でも兵を出さなくてはならない事体が増えたのだとか。


 行商は「これはもう、勝手に滅びるかもしれませんな」と言っていた。民だけではなく、兵達の間でも現王や側近の貴族達に対する強い不信感が渦巻いているために、引きずり降ろされる兆しが見えているそうだ。



「先王の親類は、表向きは全員死んだという事にはなっていますが……もし、一人でも生きていれば擁立するというのに、という意見も聞きます」


「勝手な話だ……それならそもそも、先王を助けてやれば良かったのに」


「民側には民側の事情があるのですよ。皆が貴方様のように強くはありません」


「……なるほど」


「ですが、まあ……確かに、勝手な話ですなぁ……」



 行商はミミを見ていた。


 村のあちこちを走り回り、新たに村に居着いた者達に積極的に話しかけ、元いた村人達との仲をしっかり取り持とうと頑張っているようだった。


 我にしてくれたように。



 新しい村人達は態度は、まだぎこちない。


 それでも必死にこの村に慣れようとしていて、元いた村人達もミミの立ち振舞に感化され、辛抱強く接している姿も見受けられた。



「ミミ様は、笑ってくださっていますか」


「ああ……」


「この村がお好きなのでしょうね」



「ハッキリとは、わからん。


 まだ、ふとした拍子に涙がこぼれているようだからな」



「それでも、きっとこの村が……村の皆さんの事が好きなのだと思いますよ。


 だからこそ、ただの村娘である事が……彼女の一番の幸せでは無いでしょうか。


 貴方様がいてくれるこの村が、世界で一番安全でしょうし」



「…………」





 村人達は、いつか真実を告げるつもりらしかった。


 ミミが大人になった時に。行商は反対しているそうだ。


 それはまだ先の事だが、その時、身の振りを決めるのはミミ次第だろう。



 どうあれ、我は誓った。


 ミミが何を選択するにせよ、拒絶されるまでは共にあるつもりだ。


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