祭りの約束
祭りの後。
ミミは騒がず、大人しくなってしまった。
でも、村人達に気にかけられているうち、次第に元気を取り戻していった。
だが無理やり笑っているようにも見えた。
我のところにも一応は変わらず、遊びに来たりはしていた。
ただ祭り以降、「どうしたら皆が楽しく笑ってくれるだろう」という事を頻繁に問いかけてくるようになった。
村の――いや、村人達のために頭をひねっていた。
そう簡単に妙案も浮かばず、浮かばない苛立ちからか、「うー!」と唸り、木に石ころをぶつけて暴れる事もあった。
「こら、木をイジメても何にもならんぞ」
「うー……でもー……」
「お前は女の子だろう。人族の事は良くわからんが……乱暴な子は嫌われるのではないか? お前の祖母も言っていただろう。女の子はお淑やかに、と」
「んー……ドラゴンさんも、おしとやかなミミの方が……好き?」
「そうだな。騒がしいよりはずっと良い」
ミミは両手を背中にやり、何故かモジモジとしていた。
「ドラゴンさん言うなら……おしとやかになるー……」
「そうか。それより、良い案が浮かばんのなら、遊ぶか?」
「遊ぶ~~~! 遊ぼ! 遊ぼ! ミミと遊んでー!」
「わかったわかった。そんなに跳びはねるな」
当分、「おしとやか」にはなれそうにない様子だった。
容姿は親に似て整っているらしいのだがな。
人族の美的感覚は完全にはわかっておらんので、我はよくわからん。
愛らしい、と感じる時は……まあ、あったが。
「うおー! すっごいドラゴンキラーをくらえー! がおーん!」
「ハハハ、ただの棒きれで我を倒そうなど笑止」
「えいえいっ」
「いたっいたたっ! は、鼻の中はやめろ! 地味にチクチクする」
「うわ、ごめんね? ごめんね? 猫じゃらしならいれていい?」
「なお
我とミミは暫く竜退治ゴッコで遊んだ。
日が暮れ始めて来た時、我は一つ思いついた事があったので、ミミに伝えた。
「そうだ、ミミ」
「うん? なぁに、ドラゴンさん?」
「村のためにやる事だが、我以外にも聞いてみるといい。色んな人に意見を聞けば、何かしらの妙案が浮かぶかもしれん」
「でも、村の人にもいっぱい聞いてるよー?」
「そうか……あ、行商の老人にも聞いてみたか? 彼なら村の外の事もよく知っているであろうから、村にない考えをもたらしてくれるかもしれん」
「あ、そっか。そうだね! いっぱい聞いてみる!」
「行商にも限らずな。外から来た者がいたら、色々聞いてみるがいい」
行商は快くミミの話に付き合ってくれている様子だった。
ミミと話をしすぎて、滞在を伸ばしてしまう事すらあった。呑気なものである。
しかし、行商は村長に対する以上に丁寧に、ミミに接しているようだった。それは村人達がミミを見る視線に良く似ていた。
我は、ミミにした提案を後に後悔する事になった。
本当に……トンデモナイ事になったのである。
まだ少し、先の話になるのだが……。
ある夜、眠っていた我の前に見知らぬ人間達が現れた。
頭巾を被り、武装した集団だった。
「何だ貴様ら!!」
村人達では無い様子だったので、大声で怒鳴ってやったところ、武装した集団は悲鳴をあげて脱兎のように逃げ出していった。
どうも、我の寝込みを襲いに来たのではなく、我とは偶然出くわしたような様子に見えた。久しぶりにまともな武器持っていたから、ちょっとビビったぞ。
「……盗賊かもしれませんな」
我の大声を聞きつけ、やってきた村長に事情を話すとそんな事を言っていた。
「包まず言うが、こんな辺境までわざわざ来たのか?」
この村は本当に辺境である。
人族が開拓するのには向いていない地形のようで、ミミがいるこの村以外、付近には村がまったくない状況である。おかげで我が隠れ潜みやすい。
実際、外からやってくる人間など殆どいない。物好きな行商はいるが。
「ええ、まあ……そうですな。
甘芋の事を聞きつけて、来たのかもしれませんな」
村長は曖昧な様子で、そう言っていた。
我には何か隠しているように見えた。
見えたのだが、ひとまずは何も聞かない事にした。
所詮、我はこの村にとって
いつかは……追い出されるかもしれん。
ミミが仲を取り持ってくれたおかげで、かなり居心地が良い村ではあるのだが、それがいつまでも続くとは限らないのである。
その日から、村人が交代で外部に対する見張りをしているようだった。
皆、一様に表情が固い。
ミミもそういった雰囲気を敏感に感じているらしく、いつもの笑顔を無くし、不安そうな顔で我のところに来る事がしばしばあった。
「村、無くなっちゃうの……?」
「……そんな事はさせん」
我は日課に街周辺の見回りを加えた。
だが、これは芳しい効果を上げなかった。何分、図体がデカイがゆえに飛ぶ事は可能でも相手側に直ぐ気づかれてしまっていたのだろう。
見回りは続けた。例え相手を見つけるという効果は無くても我を見せつけるだけで戦意を削げると期待していたためだ。野営跡が無いかどうかも念入りに探した。
また、村人の了解を取ったうえで村周辺の木々の伐採を進め、開けた土地を作り、村に敵意を持つ者が森に潜みにくくしてやった。
村人達は伐採した木を使い、村の要塞化を手慣れた様子で進めていた。
結局、我が見た盗賊らしき者達はもう来なかった。
だが、別の者達がやってきた。立派な鎧と剣を持った男達が。
そいつらは自分達を「王国騎士」と名乗っていたようだ。
「この村が暴竜を匿っているという知らせがあった。
包み隠さず、真実を話せ。
さもなくば王国への叛意があるものと判断させてもらう」
我は見つからないよう、隠れていたのだがそんな事を言っていたらしい。
騎士達に対し、村長はのらりくらりと「そのような事実はございません」などと証言したようだが――向こうは村側が何を言おうと耳を貸すつもりは無かった。
村長は篭手をつけた拳で殴打され、踏みつけられ、「見た者がおるのだ!」と言い、村長を「叛意あり」として痛めつけた。
村人達は助けに入ろうとしたようだった。
村長が手振りでそれを止め、村人達は歯を食い縛って耐えた。
だが一人、耐えられなかった者がいた。
「やめて! おじいちゃんイジメないで! ばかー!」
ミミは一人飛び出し、騎士を止めようとした。
その叫びは我にも聞こえた。
聞こえたが、伏せ隠れ続けた。
……出ていれば、きっと結末は変わっていたというのに。
ミミは剣の腹で叩かれたらしいが、それでも泣きながら傷だらけになった村長を庇い、騎士に止めてくれるように願った。
騎士はそれを聞きれなかった。
短気を起こし、ミミを斬りつけたのだ。
「――――え」
ミミは斬られた。
斬られたが、刃は村長の背で受け止められた。
庇われたミミの悲痛な叫び声を聞き、我は静止するためにやってきていた村人を振り切り、飛び上がって村へと向かった。
もっと早く動いていれば……。
「ミミ様と騎士団長を救え! 敵は
我が村に着いた時、そこは修羅場と化していた。
村長という枷が外れた村人達は、農具や木材を手に一斉に騎士達を襲っていた。
相手は剣や鎧で武装している。ただの村人に勝ち目がある筈が無かった。
木材で剣を受け止め、それをひねって武器絡めとる村人の姿があった。
相手の懐に潜り込み、身体を組み合わせて相手を転ばせる村人の姿があった。
鍬で武器を弾き、鎧の隙間に容赦なく鎌を差し入れる村人の姿があった。
村人側が武装集団を圧倒していた。ただの村人に出来る事ではない。
彼らはまるで……一つの優れた兵団のようであった。
我が村に着いた時、そこはもう勝敗の趨勢が見えてきていた。
そんな中、騎士側は数名が馬に乗って慌てて逃げようとしていた。
村人はそれを投石や奪った武器の投擲で阻止しようとし、三人は止めてみせた。
だが、一人だけ脱出に成功する騎士の姿があった。
我はそれを追った。
我は翼にて空を飛ぶ事が出来る。
馬ぐらい、追いつくのは容易い。
軽く撫でるように体当たりしてやっただけで、騎士は馬から転げ落ちていった。
騎士は悲鳴を上げ、逃げていこうとした。
我は――捕まえようとした。
体当たりした時点、そのまま潰して殺すことは出来た。
それでも、捕まえようとした。
「降伏しろ。大人しく捕まれ」
躍起になって捕まえようとしたが、逃げる人間を手で捕まえるのは不可能に近かった。殺す気でいけば、容易かったというのに。
騎士は森の中へと逃げこんでいった。
このままでは取り逃す――村長を斬り、ミミを泣かせた騎士を。
我は森に向かって炎のブレスを吐いた。
木々は立ちどころに燃え尽き、その中から凄まじい悲鳴が聞こえてきた。
それも、直ぐに異臭と共に聞こえなくなった。
まだ火がくすぶる土の上、我は黒焦げになった人型を見つけた。
肉の焼ける匂いが強く届き、我は吐いた。
人を、自分の手で殺した事は初めてだった。
村に戻ると、村長は何とか生きていた。
処置は施されていた。だが、血も薬も何もかもが足りなかった。
それでも、老齢の村長は懸命に息をしていた。
ミミは泣くを通り越し、青ざめた顔で震えている。
村長の手を握り、離さないでいた。
「ドラゴン殿」
我は村長に呼ばれた。屈み込み、窓から村長の話を聞いた。
泣きじゃくるミミが祖母と村人の手で家の外へ連れだされていた。
「もう、村は終わりかもしれません」
「すまん……我さえ、いなければ」
村長を
そして、笑おうとしているようだった。
「あなたさまがいなければ、村は早晩、ほろんでいました」
「何を、弱気な事を言っている。お前の手腕が……人間の力が存続させたのだ」
我は、ほんの少し手を貸しただけに過ぎない。
自分のために――自分の安住の地を得るために。
「いいえ、わたしなど、ただの……おいぼれです。
大恩ある主を守れなかった、ただのデクの坊なのです」
「もういい、喋るな。
傷を治す事に専念しろ。
そしたら愚痴でも何でもいいから、聞いてやる」
「――ミミ様を、村を、助けていただけませんか?」
瀕死の老人は鬼気迫る表情で我を見ていた。
それはかつて、震えながらも我に立ち向かってきた騎士に似ている気がした。
「虫のいい話だというのは、重々承知しております。
ですが……ですが、このままでは、死んでも死にきれないのです。
敗北の中、何とか、赤児のミミ様だけは救う事が出来たというのに。
その命を散らすような事があっては……主に、顔向け出来ません。
どうか……どうか……矮小な人族に、慈悲をお与えください……」
「守ってやる。ああ、ミミも村も守ってやる。
だが、我は
いかなる刃も受け付けない鱗を持ち、歩くだけで地響き起こす事も出来る。
翼にて飛行し、ブレスをもって大地を焼く事も出来る竜である」
我は強い。
強いが、それは単に武力が優れているだけに過ぎない。
「我は――人間ではない。
お前のように村人達をまとめあげ、野菜を育てる事も出来ない。
先の事を考え、計画し、村を富ませる事も出来ない。
お前が――村長がいなければ、ダメなのだ。
お前がいないと……絶対、ミミは泣いてしまう。
弱気になって、投げ出す事など許さん。
絶対、必死で、命を繋がねば許さんぞ……!
来年も必ず、祭りをやるのだ! 一人も欠かせる事なく!!」
「…………ああ、そうですな。
わたしも、ここで終わりなど……嫌なのです。
もっと、もっと……妻と、一緒に、
ミミ様が、大きくなられ、笑っている姿を…………もっと、もっと……」
村長は、二日持たせた。
だが、それが限界だった。
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