死と罪
我が見た盗賊達は、騎士ともども現王の尖兵であったらしい。
現王は、先代の王を庇った者達を辺境へと追いやった。
それがこの村の者達だ。直ぐには命を取らず、人が生きていくのには適さないとされたこの地で、村人達が死に絶えていく様を見ようとしていたらしい。
村人全員が激情し、盗賊、あるいは王への反逆者になれば、兵を寄越して正式に殲滅するという事も考えていたのだろう。
しかし、目論見通りには行かなかった。
一度は滅びかけた村だったが、それがにわかに活気づき始めている。
まだ小さな種火に過ぎなかったが、現王はそれを良しとしなかった。
盗賊団を雇い、村に差し向け争うとした――が、運悪く、あるいは運良く盗賊達は我の鼻先を通りすぎようとし、巨体の竜を目にして一目散で逃げていった。
逃げた盗賊達からの報を聞いた現王は「竜を匿っている罪」という名目で、村の灯火を消そうとしてきたようだった。
囚えた騎士を尋問した村人が、ある程度は聞き出してくれた。
村人達が――ミミが――今のような不遇に陥ったのは現王の仕業。
ただそれだけではなく、苦しみつつも懸命に生きようとしている小さな小さな花達を悪意を持って踏みにじろうとしている。
もはや、我慢ならなかった。
我は、王都へと飛んだ。
我が身の中に蠢く憤怒に任せ、疾く速く。
王都に行くのは今まで生きてきた中で始めての事だった。
噂には聞いた事がある。この地上で最も富んだ華の都だと。
そんなものは無かった。
ただ上空から見下ろしただけでも、広いだけで活気のない街だという事がよくわかった。人々の笑い声など聞こえてこない。暗く重い瘴気でも立ち上っているように思えるほど、淀みにあふれた都だった。
現王に変わってから国が荒れている、という話は聞いていたが……想像以上のものだった。これならまだ、今まで通り掛かるだけだった街の方がマシに見える。
それでも王城だけは立派だった。
それを支える城下を見れば、虚栄で飾られたハリボテにしか見えなかったが。
王城に降り立つと、人々が騒ぎ立てるのがよく聞こえた。
混乱、困惑、恐怖、絶望……口うるさくわめきちらしている。
それに遅れ、兵達が出てきたが無視した。弓を飛ばし、足元で剣や槌を振るっていたようだが、大した痛みは感じなかった。村長は、もっと痛かった筈だ。
一発が目に刺さった。
刺さったが、それだけだ。
内側から目玉が再生していき、矢を溶かし押し出していく。
我は
「お前が、この国の王だな」
現王を見つけ、話しかけた際には出来るだけ凄んだつもりだった。
だが、殆ど意識せずとも、怒りのおかげで重苦しい声が出せていたようだった。
王は衛兵に自分を守らせ、言葉を失っていた。
「お前が、村に兵を差し向けたのだな?」
城の塔を一本、へし折ってやると王は饒舌に喋り始めた。
「奴らは反逆者なのだ! 愚鈍で夢見がちで下々の者達の顔色ばかりを伺っている先王を大貴族であるワシが一族郎党皆殺しにして引きずり下ろしてやったというのにいつまでも死んだ主の事ばかりに忠節を誓うがゆえ、そんなにヤツが恋しいのであれば皆仲良く土に還るが良いと温情を与えてやったのに大人しくくたばらず、生意気にも生き足掻いていたのが悪い。民草などいくらでも生えてくるのにヤツら」
城の塔を再び一本、へし折ってやると王はピタリと喋るのを止めた。
「我は貴様が憎い。八つ裂きにして魔物の餌にしてやりたい程に。
だが、曲がりなりにも王である貴様が死ねば、
この国はいよいよ動乱の渦に巻き込まれていく事だろう。
一人の死を皮切りに数千の罪なき人族が死ぬのは、我の本位ではない。
ひとまず我は、お前を――焼き殺してやりたいが――見逃す事にする。
その代わり、もうあの村に無用な横槍を入れてくるのをやめろ」
あの村の者達は、必死に生きようとしているのだ。
懸命に生きようとして、死んでしまった者すらいるのだ。
王は「お前に何でも与えてやろう」「ワシのペットになれ」「いや、貴族の位を――大将軍の地位を与えてやろう」などとぼやいていたが、その上方をブレスで焼き払ってやると平服して大人しくなった。
「いまいる民達に詫び、大事にしろ。
我との約束が破られる事があれば、地の果て空の果てまで貴様を追い、
考えうる限り最悪の苦しみを与えたうえで、殺してやる」
伝える事は伝えた。
本当は殺してやりたい。やり返してやりたい。
だが、それは村人達に与えられた権利である。
我は
外様に過ぎないのだ。
それでも我は……あの者達を守る。
村長に、そう誓った。
村に飛んで帰り、村人達に自分が何をしてきたか伝えた。
村人達の中でも比較的若いであろう連中に足を殴られた。
ろくに相談せず、短気を起こしての行動だったゆえ、仕方ない。
「いてて……くそ、いいな、竜の旦那はそんな硬いウロコ持ってて」
「好きで持っているわけではない。だが、そうだな、便利なのだとは思う」
「アンタみてえに強かったら、あのクソ貴族なんて俺なら殺してやったのに」
「お前達が望むなら、今からでも飛んでいって殺してきてやる」
村人達は皆、「しなくていい」と言った。
そして、「ありがとう」と言っていた。
言いながら殴られた。
「礼を言われながら殴られたのは、流石に初めてだ」
「うぅ……ちっくしょー、ちったぁ、痛がってくれ」
「あの横暴な騎士達から奪ってきた剣でも持って来い。頑張れば効くかもしれん」
「そういうのじゃねえんだよ。……なんか、こう、対等に振る舞いたかったんだ」
「ああ。……ごめんな、ありがとな……団ちょ……村長にために怒ってくれて」
村人達は泣いていた。
泣いていたが……よく話し合い、気遣い合い、前へ進もうとしていた。
進めなくなっていた者も、当然いた。
ミミは家に篭もり、抜け殻のようになっていた。
泣きはらした目で。ふいに涙が止まらなくなっている様子もあるらしい。
しかし、泣いていなければ何の感情も浮かんでいない空虚なものだった。
村長が望んだ笑顔は、そこにない。
「…………ドラゴンさん」
「先ほど、帰った。大丈夫か」
「…………」
伏せ、窓から家の中を覗き込む。
ミミからは見えていないだろうが、ミミの祖母も村人達も、心配そうに少し離れたところで我とミミの会話を聞いていた。
「…………」
「…………」
「……言いたい事があれば、我に言え」
「…………」
「言えば、少しは……ほんの少しは、楽になれるかもしれない」
ミミの顔には何の感情も浮かんでいない。
だが、暫く待っていると、ぽつりぽつりと喋り始めた。
「村のみんな、やさしい人ばっかりなの」
「そうだな」
「死んだパパもママも、すごくやさしい人だったよ」
「……そうか」
「ミミ、ママとパパの、ホントの子供じゃないみたいなんだ」
「…………」
「二人がこっそり話してるの、聞いちゃったんだ。
ムスメはこの世を去ってしまったけど、
ミミ様だけはゼッタイ、私達の手で守り切ってみせましょう……って」
「…………」
「ひろわれっ子、みたいなんだ。
よく、覚えてないんだけど……。
それなのに、すごく優しくしてくれた。
叱られる事もあったけど……それは、ミミが悪い事したトキだけだった」
「…………」
「街に行商行くって言ってた時、ミミも行きたいってワガママ言っちゃったんだ。
ママもパパも困った顔してたけど、泣いたら連れて行ってくれた。
そんで、ダイジョウブだからねって、ミミにおおいかぶさって、
ちがいっぱいでて、すごく……すっごくくるしそうだったのに、
ママもパパも……ダイジョウブって、わらってて……
ホントの子供じゃないミミなんて、すてちゃえばよかったのに」
「…………」
「ハヤリヤマイで、ミミ以外の子供は、みんなしんじゃったんだ」
「…………」
「行商のおじいさんが、おクスリ持ってきてくれたみたいだったの。
でもね、あれ、一つしか、手に入らなかったんだって。
あたまいたくて苦しいとき、パパとママが言ってたの、きこえた」
「…………」
「お姉ちゃん、いたんだ。
パパとママのホントの子供。
他にも、たくさんじゃないけど、村のみんなの子供もいたよ。
生きてたの、ミミだけだったよ。
ミミ、バカだけど……すっごく、バカだけど……
なにがあったか、わかっちゃうよ……」
「…………」
「こども、みんなしんだのに、むらのみんな、やさしいままだったよ。
やさしいの……すっごく、すごく、こわかった……。
ミミいなきゃ、だれか、ほかの子、たすかってたんだから……」
「…………」
「みんな、ミミに……笑ってくださいって、言ってるよ。
パパもママも、笑ってって言ってた。
みんな、ミミが笑ったら、笑ってくれて……
みんな、おかしくなっちゃった気がして、
こわくて、こわくて……」
「…………」
「ドラゴンさんは、みんなじゃないから」
「…………」
「ミミのこと、なんとも、おもってないはずだから」
「……何とも思ってないなんてことは、無い。
村との橋渡しをしてくれたお前に、我は感謝している。
お前がここに居て、生きていてくれたから、今があるのだ」
ミミは首を振った。我の言葉を強く否定するように。
その表情は、虚ろでは無かった。
だが、我と皆が見たがっているものでも無かった。
「ちがうよ……わたし、ドラゴンさん、リヨーしてたの」
「そんなこと、我は知らん。お前さえいてくれたらどうでもいい」
「どうでも良くなんかない!!
ミミなんか、死んじゃえば良かったんだ!
そしたら! おじいちゃんも、しななかったのに……」
「あれは、お前の所為じゃない。我がいたから、起きた事だ」
「違うよ。ミミが、バカなミミが、出て行かなきゃ良かったんだよ」
「どうあれ、村長を害した者達は剣か横暴を存分に振るっていた。
お前は村長を守ろうとして、守られただけなのだ」
「…………」
「…………村長は、言っていた」
「…………」
「お前が大きくなっていく姿を、見ていたいと。
お前が笑っている姿を、見守っていたいと。
必死に生きようとして、大好きなお前を守って……守りぬいたのだ」
ミミが口元を苦しげに歪めている。
「もう、むりだよ……」
「…………」
「わたし、もう…………わらえない」
「…………」
「しんじゃいたい……」
「……そしたら、今までの全てが無駄になる」
我は、考えうる限り、最低の事を言う事にした。
他に何も思いつかなかった。
「お前が死ねば、村の子供達はまったくの無駄死だ。
お前の姉も母も父も、そして祖父も、お前が死ぬ事でまったくの無駄死になる。
お前は、生きなければならない。
生きて、彼らの犠牲は無駄ではなかったと、何かを成さねばならん」
「……何、すればいいの。
ミミ、なんもできない、バカな子なのに……」
「バカだバカだと卑下するな。その立ち位置に、甘えるな。
自分が劣っているのだと自覚しているなら、努力を怠るな。
そしていつか、成すべきことを成せ」
「だから、何をすればいいの……!」
「それは、お前が考える事だ。
お前が、成すべきだと思う事を探し、
自分の頭でよく考え、それを成せ」
「…………」
「それが……お前が生きなければならない意味だ」
「…………」
「無理に笑う必要は無い。だが、頼むから生きてくれ。
泣きたい時は泣いてもいい。でも、それでも生きてくれ。
その代わり、我がお前と村人達を守ってやる。
お前が……いつか、心の底から笑えるよう、守り切ってやる」
それが村長との誓いだ。
だが、我自身が心からそうしたいと、思っている。
絶対に守り切るのだ。
いま、そう決めた。
それが、一人の少女に重荷を背負わせた罪に対する、責任だ。
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