森拓く竜



「ドラゴンさん! 朝だよ!! 早く起きてね!!」


「…………」


「ねぼすけさんはイタイイタイするよ! 起きて!」


「…………」


「むぅ……! ほ、ホントにイタイイタイするからね? いたいからね?」


「…………」



「えーい! ミミパンチ!! …………!」


「馬鹿め……ドラゴンのウロコを叩いたところでな」


「う、う……うあああああああああん!」


「お前が痛いだけだ。わかったら、そこの川にでも手をつけて冷やしてこい」


「ふきゅっ……ふきゅっ……!」



「変な声で泣くな。……冷やしてきたら遊び相手になってやる」


「ホントに~~~!? じゃあ、冷やしてくるー! ドラゴンさんも行こ!」




 ミミは本当に毎日のようにやってきた。


 何が楽しいのか知らんが、まあ本人が来たいなら止めないでおく。


 我も一人で寂しいからな。



 だが……コイツが大きくなった時の事を考えると、恐ろしくなる。


 大人になり、分別がつくようになれば、きっと我の事を恐れるだろう。


 他の村人にたぶらかされ、寝込みを襲いに来るかもしれない。


 そんなこともあった。



「ドラゴンさん! なにかんがえてるの?」


「……お前を追い払う方法」


「なんで!? 遊ぼうよ~。ね~~~!」


「……お前、友達がおらんのか」



「うん! あのね、ハヤリヤマイってので、ミミだけなの。


 むかしは、お姉ちゃんがよく遊んでくれたんだけどね」



「…………」


「ね! ね! オトナはみんないそがしいから、ヒマだよ~! あそんでよ~!」


「……なら、木の棒でも持って来い」


「やった!」




 ミミは騒がしいヤツだった。


 他の村人は当然、我のとこには来なかったが、ミミは来てくれた。



 ミミはお喋りで、大半はくだらない話であったが……気になる話も聞いた。


 この村は都で罪を犯した者達が集まって作られた村であり、それゆえに辺鄙へんぴな土地に追いやられてしまったらしい。


 罪といっても先代の王を庇ったという罪で、王位を新たに簒奪したものが自身にとっての敵対者に罰を与えただけ、というもののようだ。



 それでも殺されなかっただけマシかもしれない。


 だが、ある意味では生き地獄に追いやられたとも言える。



 人が暮らすには向いていない土地なのだ。


 魔物が出やすい土地で、少し離れたところには大型の魔物すら闊歩かっぽしており、いつやってきて村をメチャクチャにするかもわかったものではない。



 耕作にも不向きな土地らしい。


 我の視界でもそれを埋めるぐらいに鬱蒼うっそうと木が生い茂り、村人が手に入れられる粗悪な斧では直ぐにダメになってしまうほど硬く、根も深くまで張っているために土地を広げるのも一苦労だそうだ。




 我は竜であり、人族の事情は良く知らん。



 ここらの木が難物というのも、ミミの話で初めて知った。




「…………」


「ドラゴンさん、また考えごと?」


「うむ……なあ、ミミよ」


「はい!」


「一つ、仲介を頼まれてくれんか?」


「チューカイ?


「村人と話がしたいので、伝言を頼みたい」


「いいよ! ドラゴンさん、ミミの命のオンジンだもんね!」



 村人達は我の事を怖がっている。


 言葉は通じるが、種族の違いから下手に動けば恐怖を煽る結果となりかねん。


 我はミミを通して村人達と話をした。


 そして、了承を得たうえで動く事にした。






「ここか? 本当にこんな、村から離れたとこでいいのか?」


「あ、ああ……」


「おじいちゃん! もうちょっと、村近い方が便利だよ?」


「ああ、だが……」



「お前達の村を滅ぼすつもりなら、とうの昔にやっている」


「…………」


「え~~~! ドラゴンさん、あばれちゃうの~~~!?」


「暴れん。お前達に危害は加えん。だが、村の近くで静かに暮らさせてもらってる事に関し、恩義は感じている。それに報いたいと思っている」


「…………」


「だから、少しは協力させろ」


「…………」


「こんな辺境で、ただ死んでいく事に耐えられるのか?」


「…………」


「このままでは……将来、ミミは一人ぼっちになってしまうぞ……」





 ミミの祖父は――村長は、我に頭を下げた。


 あとは村の近くを開拓してやるだけだ。



 人族には難物の木らしいが、竜である我には草と対して変わらん。


 ブレスで焼き払うのが一番楽だが、それでは根が残るかもしれん。


 出来るだけ丁寧に薙ぎ払い、その後に爪で地面をほじくりおこし、出来るだけ根や邪魔な石を掘り出しておいてやった。細かい作業は苦手だが、このぐらいなら。



 村の傍を耕し始めた我を、村人達がみんなで見に来た。遠巻きに。


 村長は村人の一人に掴みかかられ、文句を言われている様子もあった。だが、毅然とした態度で話しているうちに、他の村人の方が謝る結果となったようだった。




 そんな中、ミミは相変わらずうるさかった。




「すごいすごいすごい! 木がポンポン抜けてる!


 ドラゴンさんは強いね~! おっきくて、たよりになるね!


 そんでそんで! カッコいいね!!」



「こ、こら……危ないから、近くで跳びはねるな」




 カッコいい。カッコいいか。


 そう言われたのは初めてだ。


 誇らしくて、何よりも代えがたい贈り物をもらったような気分がした。




 村の広さを三倍ほどに広げてやった後、ついでなので川も引いてきて水場を増やしてやる事にした。ミミが言ったのだ。



「ねえねえ、ドラゴンさん!」


「何だ」


「お野菜そだてるのには水がいるの! だから、川も掘ってほしいな~」


「水……川か……」


「今日はもう、疲れちゃった? イヤになっちゃった?」


「舐めるな。我の手にかかれば余裕だ」



 疲れてなどいない。


 仮に疲れていたとしても、太陽が登ってくるようにパッと明るくなったミミの笑顔を見たら、きっとそんなものは吹き飛んでいただろう。



 人族の事情はよくわからんので、村長を呼んで「どこに引くのがいいか」を聞いてみた。村長は耕された土地を見て、よく考え込んでいるようだった。


 他の村人達もやってきた。我の前で村長と一緒に「あーでもない、こーでもない」と話し合い、村の将来をよく考えているようだった。



「とりあえず、引いてみれば良いではないか。実際に使ってみて、場所が気に入らんようならまた引き直してやる」



 結局、川は新たに広がった村の中央部に作る事になった。


 数人の村人がゾロゾロとついてきて、その指示に従い、ゾリゾリと爪で水を走らせるための線を引く。その後、川と繋げて実際に水を入れた。



 村に新たな川が流れた。


 ミミが嬉しげに飛び跳ね、村人達が歓声をあげている。



「細かなところは自分達でやれ。また拓く必要などあったら呼べ」



 木を使って橋の一つでも作ってやろうと、コソコソと爪を使って挑戦しようとしていたのだが……木がボロボロになるばかりで、無理だった。


 どうにも細かな作業は苦手である。


 人間ぐらいの大きさに変化する必要性を改めて強く感じた。



 寝床で寝ようとすると、ミミが追いかけてきた。


 その時はあまり騒がず、ニコニコと笑いながら我の鼻に抱きついてきた。



「ドラゴンさん、今日はありがとう。いっぱいやすんで、元気になってね」



 あれぐらいの事で疲れたりはしない。


 だが、ミミはどうも気を使ってくれたらしく、直ぐ帰ってしまった。


 少しぐらい、いつものように話して遊んだりしたかったが……。




 日が沈み、夜になってから村長が――ミミの祖父がやってきた。


 我にまた頭を下げ、お礼の品を持ってきたと言っていた。


 いらん、と言ったが聞いてくれず、仕方なくもらうことにした。



 肉と野菜と果物と――そして、酒をもらった。



 我は竜であり、人間の毒など少しチクチクする程度のものだ。


 その程度のもので死んだりはせん。


 だが……そういうものを入れられたという事実は、正直、心に堪えるのだ。




 村長は我の口に食べ物を入れてくれた。


 少量ではあるが、まあまあ美味かった。



 酒も注いでくれた。


 ただ美味いだけの酒だった。


 もっと飲みたかったが、この寒村には高価なものだろうし、控えた。






 村長が帰って、一人だけになった後。


 我は、少しだけ泣いた。



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