ドラゴン農家

山田野郎

竜と小娘



 我はドラゴンである。


 いかなる刃も受け付けない鱗を持ち、歩くだけで地響き起こす事も出来る。


 翼にて飛行し、ブレスをもって大地を焼く竜である。


 生まれてこの方、竜は天上天下に我一匹。孤高の存在だ。



 ……孤高の、と言うと痛々しいか。


 要は生粋の独身ぼっちである。



 我は人族にとっては魔物の一種らしいが、人語も解する。


 そこらの獣と違って知性もあって必要が無ければ人族を襲う事も無い。美味い魔物は牙やブレスで殺し、食べはするが人間は食べない。


 会話できる生物を口に入れるとか生理的に無理である。


 以前、試しに食ってやろうとしたら「私を食うつもりかー! クソが!」とか喚いて、試しでも口にするのは気持ち悪く吐きそうになったので、食べた事もない。



 が、人族はこちらの食事事情など解さないらしい。


 ちょっと人里近くに寝床作っただけで討伐隊とか編成して来て「邪悪な竜めー!」とか叫んでちょっかいを出してくる。


 目とか刺されると流石に痛いが、まあ、目をつぶって寝ていれば脅威ではない。こっち寝てても構わず騒ぎ、小うるさいので適当に追い払うが。



 民を守るためと言い、一人で立ち向かってきた騎士の姿もあった。


 剣を向けつつも総身を震わせ、ガチガチと歯を鳴らしていたが……。



 追い払ったら追い払ったらで「邪竜様、どうかお怒りをお鎮めください……!」と貢物とか持ってくる。誰が邪竜か、駄人共め。


 量は少ないが美味そうなので口にすると舌がピリピリして、毒入ってる事に気づいたりするが……その時は、「もうちょっとマシな調味料つけてこい」と叱るようにしていた。人間の毒程度、脅威ではない。


 そしたら今度は生贄を差し出してきたりする。


 我は人間食べないと言うのに、聞く耳もたんのである。


 そうなるともう面倒になって、別の寝床を探して彷徨う――という生活を、かれこれ数百年は続けてきたのだが、未だ安住の地は見つからない。


 人族がいないとこを寝床にするとと、今度は魔物が襲ってきたりもする。アイツら凶暴だから、人族より多少は厄介である。少なくとも安眠は出来ない。


 殺しても殺してもどっかから湧いてくるし……軽く脅すだけで一時的とはいえ、引いてくれる人族の近くが今のところ、一番マシのようである。


 ひとっ飛びすれば魔物がゴロゴロしているところがそこら中にあるので、寝床は人族の近所、食事は魔物の近所といった感じであるな。


 身体を組み替えて変生する事は出来るので、「いっそ人間に化けてしまえば楽なのでは……」と思って試行錯誤しているが、未だそこまでは出来ていない。


 それができれば、人族の中に混ざって隠れやすいのに。


 人族は竜を受け入れてはくれないだろうから、長く練習を続けている。



 そのため、放浪生活は継続中……であった。


 いまは少し定住している。



 良い寝床があったのだ。

 

 討伐隊は未だ来ず、生贄も来ず、魔物もそう来ないところが。


 そこを見つけたきっかけは、一人の娘の存在があった。



 我がいつものように飛びながら放浪していた時の事である。


 街道上で人が魔物に襲われているのを見つけ、「見ちゃったのに見殺しにするのもなぁ」と仕方なく降りて行き、群れるだけしか能の無い魔物を軽く蹴散らしてやったのだ。


 蹴散らしたのだが……手遅れだったらしい。



 街道には二人の人族が血まみれで転がっていた。


 飛び降りた時にはもう、魔物にやられて事切れていたようだった。


 そのままにしておくのも不憫なので、軽く埋めておいてやろうか……と思っていた時、二つの死体の下からモゾモゾと何かが出てきた。



 魔物かと思ったが、血まみれの子供――娘だった。


 どうも、死んだ二人は娘の両親であり、街道で魔物に襲われたところ、何とか娘だけ助けようとして覆いかぶさっていたらしい。立派な親だったと思う。



「大丈夫か」


 と、我は娘に聞いた。


 10歳にも達していないような小娘だった。


 まあ、人族の年齢などよう知らんが。



 小娘は両親の血にまみれ、呆然としていたが、泣き出した。


 岩山のような体躯を持つ我に怯えたのかと思ったが、違った。


 両親が死んだ事に涙したらしい。


 後で聞いた話だが……非常に仲の良い、親子だったそうなのだ。



 娘は騎士ですら恐れる我に対し、泣きながら駆け寄ってポカポカと殴ってきた。


 小娘の拳だ。当然、痛くは無い。


 だが、胸は痛んだ。


 殴られなくとも同じであっただろうが。



「なんで! なんで、もっとはやく、たすけてくれなかったの!」



 娘はボロボロと泣きながら、我を責めた。


 無茶を言うな、と言いかけたが流石に無理だった。叩かれたところで身体的には痛いものではないし、暫くそのままにしておいた。



「いっぱいなぐって、ごめんなさい……」


 やがて娘はそう言った。涙でべとべとになった顔で。


 少し殴ってきた後は――我よりも両親の死の方が怖かったのか――こちらの身体にすがりつき、すすり泣いていたし、別に謝る必要は無かったのだが。



 人族は体躯だけではなく、器も矮小なのが当たり前。


 対する我は災害にも匹敵する力を持っている。


 少しぐらいは大目に見てやらねば、人族と同じ器になってしまう。



 我は娘と一緒に彼女の両親を布にくるんでやった。


 彼らも我と同じく根無し草なのかと思いきや、近くの村に住んでいたらしい。大きな都市へ家族で行商に行った帰り、襲われたそうなのだ。


 幸いというか、娘が大して我を恐れなかったので、我は娘を両親と共に村まで送っていってやる事にした。翼を使い、宙を飛んで。



「わっ、わっ……高っかいねぇ、すっごいねぇ!」



 娘は空を飛んでやった事で、少しだけ明るくなった。


 我は褒められるのは好きだ。崇められるのは、嫌いだが。


 娘の言葉に誇らしくなって自然と鼻の穴が広がる。



 しかし、娘は直ぐにまたすすり泣きはじめた。


 両親の事を想っていたらしい。



 人間は脆く弱く、すぐに死ぬ。


 我は自他共に認める強さを持っているが、死には勝てん。


 不憫ではあるが……娘の涙を拭う事は出来なかった。












 村へ着くと、老婆と老爺が鬼の形相で立ち向かってきた。


 どうも娘の祖父母だったらしい。


 奇声もあげてたので、ちょっとビックリしてしまった。



 農作業中だったのか、チクチクとくわで我が足を耕そうとしていた爺婆だったが、孫である娘が事情を話してくれて、我は一応、無罪放免となった。


 流石に竜の身であるため、恐れを含んだ訝しげな視線で見られたが。


 他の村人達も同じような感じだった。


 というか、娘が割って入ってくれなかったら、村人全員が我に襲い掛かってくる様子すらあったぞ……コイツら、我が怖いのに、怖くないのか……?



「……では、失礼する」


「あ、まってまって! ドラゴンさん! おれいするから! まってて!」


「うむ……」


「ぜったい! ぜったいだよ? にげちゃヤダからね!」



 娘はそう言い、自分の家らしきところに走っていった。


 我は娘を待たず、去る事にした。


 娘に敵意は無かったが、他の村人の視線は……少し、堪える。


 生きているうちに、大分慣れたが好きな視線では無かった。




 娘には怒られるだろうが、我は再び放浪の旅に出る事にした。


 出る事にしたが、直ぐに戻る事になった。



 

 村に魔物の群れが迫っていたためである。


 どうも、娘を助ける際に殺した魔物達の仲間が報復に来たようだった。


 せっかく助けた娘を殺されては敵わんので、炎のブレスで焼き払ってやった。



 村人達は完全に恐怖で染まっていた。


 竜としての威を間近で見せた事で、竜の恐ろしさを実感したのだ。


 まあ、無理もない。いつもの事である。じゃあの……。



「わ! わ! すごいすごいすごーい!


 ドラゴンさん、ブワーッ! って倒しちゃった!」



 娘だけは態度が変わらなかった。


 人族は馬鹿だが、その中でも子供はそれに輪をかけて馬鹿である。


 こう、無邪気に喜ばれるのは初めての事では無い。



 年月が経てば、現実を知り、やがて離れていくものだ。

 

 我は……長く生きいて頭も良いから、よく知っている。





 我は娘に請われ、他の村人たちにも請われたので、村近くに逗留する事にした。


 村人は、また直ぐに魔物が襲ってくるのが懸念したためのようだった。


 娘は……そういうのでは無かったようだったが。



 まあ、放浪が続いていたので、お言葉に甘える事にした。


 久しぶりに静かに眠れる。


 適当に寝床を作って、さあ眠りこけよう――としたのだが。




「ねえねえねえ! ドラゴンさんは、なんでそんなに強いの!?


 なに食べたら、そんなにおっきくなれるの!?


 なに食べたら、炎をブワワーって吐けるようになるの!?


 ねえねえねえ! ミミの話、ちゃんと聞いてる!?」



「や、やかましいヤツめ……」

  



 助けた娘が頻繁にやってくるので、夜ぐらいしか眠れなかった。


 一年ぐらい眠りこけてやろうと思ってたのに……。




「小娘! 我の眠りを妨げるではない!!」


「もー! そんなおっきい声、出さないで! うっさい!!」


「小娘の方がうるさいわ!!」


「小娘じゃないよ! 私の名前は、ミミだよ!! ちゃんと覚えてね!」




 小娘――もとい、ミミは毎日のように我のところへ来た。



 おかげで惰眠を貪る機会が減ってしまったが、かといって軽く脅してしまうと他の村人に対する不審も煽ってしまい、また放浪の旅に出なければいけなくなる。


 まあ昼間に多少眠れない程度であるし、我慢する事にした。


 小さな娘とはいえ、話し相手がいるのも嬉しくもあった。いかに我が圧倒的な力を持つ竜とはいえ、話し相手というのは自分で生み出せないものなのだ。



 それにミミは果物を取ってきて、食べさせてくれた。


 人族の取ってくるものなので、竜にとってはちっぽけなものに過ぎない。


 だが、それでもなお舌を刺激する僅かな甘味はとても有り難いものがあった。


 自分でも食えない事はないが、何分なにぶん、身体が強大過ぎて細かな作業が苦手なため、空にしても苦い木や葉っぱもまるごとになってしまうのだ。



「木苺おいしい?」


「うむ……美味だ」


「ホント? 取ってきたミミ、えらい?」


「うむ……まあ……良くやった。次も頼むぞ」



 ミミは我の鼻先でぴょんぴょんと飛び跳ね、嬉しそうにしている。



「やった! やった! 褒めてもらえた! ミミ、褒めて伸びるタイプなの」


「背の話か?」


「色んな話! でも、ドラゴンさんみたいにおっきくなりたいなぁ」


「大きな者にも大きな者なりの悩みがあるのだ。我は静かに惰眠を貪って暮らしたいから、お前のようなチビが羨ましい。目立たず暮らせそうだからな」


「ふーん。でも、ミミもドラゴンさんみたいに……お空飛んでみたいなぁ」



 眠る事が好きな我であるが、空を飛ぶのもそれなりには好きである。


 風を切り、後ろへ後ろへと流れていく景色を見ているのは気分が良い。


 空を飛べん生活は、大変つまらんものであろう。



「空ぐらい飛ばせてやる。我に乗ればいい」


「ホント!? また乗っていいの!?」


「果実の礼だ。それで、どこに行きたい?」



「雲の上! おばあちゃんが言ってたの!


 お姉ちゃんとママとパパはそこにいるって!」


「…………」


「空を飛べたら会いにいけるよね!?」



「…………いや、スマン、実はな」


「うん?」


「我はそこまで高く飛べないのだ。雲の下あたりが精々だな」


「え~!? そうなんだ……ドラゴンさんにも出来ない事、あるんだね」



 ミミはガッカリした様子だった。


 その後、ションボリと我に身体を預け、昼寝し始めてしまった。



 


 我はドラゴンである。


 いかなる刃も受け付けない鱗を持ち、歩くだけで地響き起こす事も出来る。


 翼にて飛行し、ブレスをもって大地を焼く竜である。




 雲の上まで飛んで行く事ぐらい、造作も無い。


 実際、興味本位で飛んでいってみた事がある。


 だが、雲の上には何もなかった。


 月の煌めきと星の瞬き、そして静かな闇が広がるだけであった。


 あの先には多分、何も存在していないだろう。



 ただ、中々に良い景色であったと思う。


 だがミミはあれを見ても喜ばないだろう。


 ならば、見せてやらない方がいい。



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