罪無き罪人達の村



 我が辺境の村に来て、1年ほど経った。



 これほど一つところに留まるのは数十年ぶりである。


 いまはともかく、どうもこの国は民草の保護に熱心であったらしく、我が出ると頻繁に兵を差し向けていたきていたのだ。


 人族程度にやられる我ではない。だが、安眠妨害をしてくるのでカッコ悪くても逃げ回らざるを得なかったのだ。



 だが、それも先王だけの事であったらしい。


 先王を殺し、王位を簒奪した者は王座に胡座をかき、私服を肥やしているらしく、民草の事など碌に気にかけていないそうだ。当然、国は荒れる。


 幸いというか、ここは辺境なので――魔物は来るが――盗賊がやってくる事は無いのが唯一の救いだと村長が言っていた。


 ミミは「むつかしい話はよくわかんない!」と膨れ、伏せた我の身体を登って跳ねて遊んでいるだけだった。




 1年経ち、ミミは少しだけ大きくなった。


 中身は大して変わりが無いらしく、毎日のように我のところに来ては騒いで跳ねて遊ぶという日々を過ごしている。おかげで我は惰眠を貪れん。


 だが、村の手伝いを前よりも多くやるようになったらしく、畑仕事をした泥んこの手で我に触りつつ、「今日はミミズ捕まえてきて、畑に投げてきたよ」などと報告してくるのだ。


 前より一緒にいる時間が減って、正直……少しだけ寂しい。



 村も少しだけ大きくなった。


 我は三度、村の拡張を手伝った。


 そのうち一つは試験的なものである。



 我がいつものように排泄――クソをしに行った時の事である。


 我は竜なので、人族の数百倍ぐらい糞を出す。その辺でしてしまえばいいのだが、それは村人やミミに糞しているところを見られかねないので恥ずかしい。

 

 ズモォ……と茶色い山が出来るし。


 そのため、この村に来てからは飛んでいって海で排泄を済ませてくるのだ。



 で、その排泄をしにいった帰り、ちと小腹が空いたので魔物を食べてきたのだ。


 我の翼であれば、ちょいと飛ぶだけで大型の魔物がうろついている地域まで飛んで行く事が出来る。いつものように暴力にて打ち倒し、捕食し、村に帰ってきた。


 帰ってきたところ、ミミが遊びに来た。



「ん~? ドラゴンさん?」


「なんだ」


「ドラゴンさんの足、なんかついてるよ? 草? 野菜?」


「うむ……?」



 どうも、食事をしていた際に別大陸にあった植物を持ち帰ってしまったらしい。


 ミミが「ちょうだ~い!」と言うので構わずやって、その日は直ぐにその事を忘れてしまったのだが、後日、村長がやってきた。



「ドラゴン殿にお願いしたい事があるのです」



 出来れば――と前置きしたうえで、村長は「先日の植物をもう少し取ってきてくれないか」と言った。試しに食べたところ、食用に耐え、今まで食べた事が無いような味であったらしい。


 よくも知らんものを、よく食べたものである。


 まあ、我も「なんか見かけん魔物がおるな。食べてみよ」とガブリといってしまう事はあるが、我は竜なので大抵は平気である。強烈な毒を持っているヤツを食べた時は、三日ほど下痢が止まらん程度で済むしな。




 礼に酒もくれるらしいので、二つ返事で「探してみる」と言った。


 物に釣られただけではなく、ちょっとした処世術である。



 変化したものはミミと村の大きさだけではなく、村人達の態度も挙げられる。


 始めはミミ以外、我に対して恐れおののいていたのだが、開拓を手伝っていく過程で少しは普通に話すようになった。


 村長などはその最もたるもので、何日かに一度はミミと自分の妻を連れ、我と共に食事を取るという事もあった。人族の食事は少量でまったく足りんが……それでも、満たされるものはあった。



 寝るばかりではなく、少しは人族に媚びねばならん。


 媚びておく事で暫くは寝床を確保出来るのだ。放浪生活はそこそこ疲れるので、ちょっと働くだけで眠っていられるならお安いご用である。


 数日かけ、我は最初に取ってきた植物と同じものを取ってきた。ついでなので他の植物もとってきたが、殆どが雑草のようだった。



 村長は我が取ってきたものを食べず、栽培する事に決めたらしい。


 今まで食べた事がないものであったが、数日経っても体調を崩す事もなく、ここでしか手に入らないのであれば、村の外から物資を手に入れる貴重な手段になる――とか何とか言っていた。


 ミミは直ぐに食べたがったが、大人に言われてガマンしていた。



「育てるのに成功したら、たらふく食えるだろうに」


「そっか……そうだね!? ドラゴンさん、アタマ良かったんだ……!?」


「失敬だな!?」



 まあ我の頭が良いというより、村長が発案した事に乗っかっただけであるが。



 我は村人に協力し、新たな畑を作るために森を拓いた。


 これが試験的に使う事にした畑である。


 あとの細かい事は村人の仕事だ。どうもその植物には種らしい種が無いらしく、結局はそのまま植える事にした。そういう野菜もあるらしい。



 色々と悪戦苦闘もあったようだが、栽培には成功した。


 我も村人達に混ぜてもらい、かしたそれを食べさせてもらったのだが、



「あまーーーい! ナニコレ!? 果物みたい!」



 真っ先に食べて真っ先に叫んだミミが、皆の感想を代弁してくれた。


 甘芋あまいもと名付けられたソレは、さらに森を拓いて畑を増やし、自分達で食べる用と村外へ供給する用に栽培していく事が決定した。


 それは後に、村の特産品へと成長していった。



 我は人に媚びるため、食事ついでに変わったものがないか探すようになった。


 大半は取るに足らんゴミであったが、中には甘芋のように美味くて役立つものもあった。どうも土地ごとにあるもの、ないものがあるようである。


 村長はそういった差異が取引を、交易を、そして金を生むと言っていた。



「ですが……そういった金が、人の目をくらます事があります」


「人族の世界は面倒であるな」


「面倒でございますよ。本当に……くだらないしがらみばかりで」



 貴方様のように自由に飛んでいけるのが羨ましい。


 そう言って、村長は苦笑していた。



 我は確かに飛べるが、真の意味で自由を感じた事は無い。


 だが、そういった事は言わないようにした。


 村長は確かに……苦労してきたように見えたのだ。






 甘芋はひとまず、村に来た行商に預ける事にした。


 村の人間でも都市に売りにいけない事も無いが、追放された者達という事もあって買い叩かれてしまうらしい。



 寒村であるこの村に頻繁にやってくる行商らしく、快く引き受けてくれた。


 開拓不可能とも言われていたらしい村を広げてみせた方法について聞きたがり、結果、細かな事情も話して我も顔を会わせる事になった。



「おお……貴方様がドラゴン殿ですか。


 お初お目にかかります。わたくしはケチな行商でございます」



 行商は老人であった。年は村長とそう変わらないようにみえる。


 老いた身で都市と村を行き来しているようだった。馬と荷馬車はあったが、数日がかりで旅をするのは、けっして楽ではないだろう。我も旅の苦労は……まあ、放浪によって多少は分かっているつもりだ。



「お前は我が怖くないのか」


「多少は怖いですな。ただ、貴方がこの村を発展させてくれた立役者であり、村の直ぐ近くに長い間住んでおり、村長や他の村人も大して怖がっていないので、まあ大丈夫だろうという打算が働いているだけでございますよ」


「そんなものか」


「あとは老いですな。老いは人を自棄にさせるのです。もう死んでもいいか、と」



 我は人族の数倍も長生きしているが、老いというものは感じた事が無い。



 いつか我が身を持って知る時が来るのだろうか。



 行商が去った後、少し気になったので村長に聞いてみる事にした。


「あの行商は信用してもいいのか? 芋の件はともかく、我にまで引き合わせたとなると、色々と騒ぎを広めるのではないか?」


「彼はこの村の数少ない味方です。昔は……まあ、結構な悪人だったのですが、先王に裁かれ、救われてからは商人としての損得勘定はするものの、それなりに善良な人間になりましたので」


「なら、良いが」



 彼もまたミミを救ってくれた、と村長はこぼした。


 村を襲った流行病はやりやまいから、薬によって。



「……病で、多くのものが死んだのか」


「ええ……特に、子供が全員倒れてしまい、彼が急いで持ってきてくれた薬のおかげで、一人だけは助ける事が出来まして……」


「……ミミには姉がいたのか?」



 村長は我の言葉に驚いているようだった。



「誰から、それを」


「ミミが言っていた。……母と父と姉は、空の上にいると」


「……そうですか」



 村長は姉がいたという事実を肯定し、我に先程の件――薬のおかげで一人だけ助かったという事――は、ミミには絶対に言わないでほしい、と言ってきた。


 何かしら事情があるのだろう。


 我は村長の言葉に従う事にした。








 甘芋は都市でも好評であったらしい。


 行商は自身の手管も合わせて早々に売り払ってみせたらしく、少し誇らしげな顔をして報告と、甘芋の売上で手に入れた品々を村にもたらしてくれた。


 村に還元するばかりで、自分の儲けは殆ど差し引かなかった様子でもあった。



「お前は儲けるつもりが無いのか」


「今は道楽でしか商売していないので。その分、息子が働いてくれているのですよ。爺のわたくしめは、それに寄生し、好き勝手やっているわけでして」


「おかげで助かっている。……いつも、すまない」


 村長が申し訳なさそうな様子で頭を下げると、行商は慌てて「やめてください」と村長を起こした。



「貴方が私などに頭を下げるのは止めてください! ……それに、私が調子を崩していなければ、貴方様の家族が都市に行く必要も……」


「息子と嫁の件は、お前が気に病む事ではない。我々は独立独歩でやっていかなければならないのに、何度も助けてもらっていただけで十分だ」


「…………」


「……ドラゴン殿も、ありがとうございます」


 気恥ずかしさから顔を逸らしてしまったが……しかし、少しだけおかしさを感じた気がした。不穏という意味でのおかしさではない。


 この村は、単なる追放者の村では無いのではないだろうか。





 ともあれ……行商と甘芋と、農作に力を注いだ村人達の尽力もあり、村は少しばかり潤ったようだった。村が豊かになり、ミミが喜ぶのは大変良い事だ。


 甘芋用の畑を増やすため、また土地を拓いた。


 そして、甘芋での商売が上手くいった祝いとして、祭りを開く事になった。



 祭りといっても村はまだまだ苦しいので、質素なものだ。


 だが、ミミは大はしゃぎしていた。


 今までそういったものは、やろうにも出来なかったのだろう。



「これから村が富んでいけば、毎年のように出来るようになるだろう」


「ホントに!? ごちそう、いっぱい食べれるの?」


「ああ」


「みんなも……みんなも、ちゃんと笑ってくれる……?」



 ミミは少し、おかしな表情をしていた。



「そうだな。祭りというのは、そういうものだろう」

 


 我は何の気なしにそう返したが……今にして思えば、あの時のミミの表情は、今にも泣いてしまいそうなものに見えた。


 直ぐには気づけず、結局、そのままにしてしまったが……。




 ミミは普段よりも積極的に働き、村のために奔走していた。


 明るく笑って、飛び跳ねて、皆を笑顔にしようとしていた。



 ミミを見る村人の目は、一様に優しいものだった。


 全員が温かい視線を注ぎ、ミミを手伝い、ミミの言う通りに動いていた。


 我にはよくわからんが……それは、親が自分の子を接するようにも思えた。


 だが、それ以上――自分の子供以上の存在に接しているようにも見えた。



 祭りはつつがなく執り行われた。


 皆で飲み食いし――質素なものではあるが――この村なりに、大騒ぎした。


 我も混ぜてもらえた。


 久方ぶりに酒を飲んだらしい者達が酔っぱらい、くわかまを剣に見立て、騎士か何かのように口上を述べて寄ってきたりもしていた。


 ただ、皆が千鳥足で、フラフラと歩きまわっては我の下にたどり着けもせず、「ぐえー、なんて、つよいんだ……」などと言い、勝手に地面に倒れていった。



 ミミはそれを見て、いつも以上に笑っていた。


 我も……久しぶりに大笑いした。



 楽しい時間は夜になっても続いた。


 皆で火を囲み、大いに騒いだ。



 ミミは夜になっても笑っていたが……突然、すすり泣き始めた。



「何か……楽しくない事でも、あったのか」



「たのしいよ、たのしいよぅ……!


 でも、でも……!


 おねえちゃんも、パパも、ママも、いないんだもん……!


 あーちゃんも、みっちゃんも、でゅーちゃんも……


 みんな、みんな……いなくなっちゃったんだもん……!」



 ミミは鼻水を垂らしそうなほど、わんわんと泣いた。


 我は、どうしたらいいかわからなかった。



 だが、直ぐにミミの祖母と祖父がやってきて、ミミをあやしはじめた。


 大丈夫だと、心配ないと。



 祖母と祖父だけでは無かった。


 村人全員がミミの傍に駆けつけてきた。


 酔っ払って倒れていた者達も、這って、木を杖代わりにして、駆けつけてきた。




 子供達がミミを除き、流行病で死んでしまった村。


 村人達にとって、ミミは……自分の子供達の代わりなんだろうか?


 それとも……それ以上の希望なのか。




「みんなは……みんなは、いなく、なっちゃ、やだよぅ……」



「大丈夫、大丈夫ですよ」


「皆、ここにおりますから」


「一人ぼっちになんて、絶対させません」


「だから……どうか、泣かないでください……」



「ごめんね……みんな……ごめんね……」

 


 やがて、ミミは泣きつかれ、そのまま眠ってしまった。


 祭りはそこでお開きとなった。


 ミミのために、来年もやろうと誓いつつ。



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