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 「終わった、ようだな」


 大きく息をついたおれの肩を、旦那が叩いてくれた。にかっと、笑ってくれた。


 「みごとなもんだ。こいつはお手柄だな、アッジ。……さぁとっとと引き揚げよう、俺は腹が減ったぞ!」


 「旦那、さっきメシ食ったばかりじゃないスか」言って、自分で驚いてしまった。メシ時に戦闘になって、それでシェリーに捕まって、まだ二時間も経っていないのに、三日ばかり徹夜した後のようなけだるさがあった。いよいよ空は暗く、湿気を含んで生ぬるく吹きつけてくる風が、なおけだるい。「おれは少し眠りたいっスね」


 「待ってください、ブラッケン様を置いてはいけません」シェリーが、おれの袖を引っ張り、気絶したまま横たわるブラッケンを指差した。


 そうだな、とおれが動こうとすると、旦那が待ったをかけた。「俺が背負っていこう」


 「いや旦那、おれがやりますよ」


 「なに、おまえもシェリーもさっきから魔法の連発で、疲れてるだろう。雇い主が自分から動くなんていうこためったにないんだから、素直に従っとくもんだ」


 旦那はそう言って、ブラッケンにつかつかと歩み寄った。そして、その体を背負うために、まずは抜いていた剣を収めようとした、


 ……そのときだ。


 まだ、終わっていなかった。気を緩めるのは早かったのだ。……虚空から、おれにだけ向けて、ぽつりと、声が漏れて届いた。


 「……魔法鍛冶? 人の為すは凡て徒事に帰すと云うたわナ? 汝等は唯、死か慴伏か選べば良いのヨ。そうるの憑依は絶対にシテ自在、人智の永劫及ばヌ天賦の才ナリ!」


 空に稲妻が走った。まるで本当に、天がソウルに味方しているかのようだった。


 次の瞬間起こった変化は、一瞬だった。


 「ぐ!」……苦悶の声をあげて、旦那が突然白眼をむいた。「アッジ……! あ……俺を殺せ、はやく!」


 な……?




 まさか、と思ったときには、もう、旦那は、さっきまでの旦那じゃなかった。剣をしっかりと握り直し、おれにその切っ先を向けてくる。


 再び、虚空から、空を裂くようなおどろおどろしくも怒りに満ちた声が響きわたる。


 「魔ァ法ォ鍛冶ィ! 眠りくバ幽境に眠るが良いワ!」


 冗談じゃねぇ! 最後の最後で、ソウルが鐘から逃れて、旦那に取り憑き直したっていうのか?! ……再び雷光が閃いた瞬間、おれはすべてを察した。旦那の剣に光が反射したとき、おれは激しい違和感を感じたのだ。毎日手入れをしてきた、その剣に。


 奴は、旦那の剣に取り憑いたんだ。


 それなら旦那があっさり支配下に置かれてしまったことにも、納得がいく。直接接触しているからな。


 だが、これは、あまりにヤバい状況だった。


 まさか、旦那を敵に回すことになるとは。


 ブラッケンを敵に回さなけりゃならなかったシェリーの気持ちが、今さらながらよくわかる。だが、彼女とは決定的な違いがある。


 トンカチは時計の長針といっしょになったままだ。さっきの短針は鐘といっしょに吹き抜けの底だ。


 捕まるときに、ナイフだのペンチだの他のいろんな武装(シェリーには工具が武装に見えたんだ)も解除されてしまったから、トンカチ以外の荷物は馬車の中だ。……つまり、手元に何ひとつ金属がない。金属が扱えないおれは、ただのチンピラだ。


 旦那の強さはおれがいちばん知ってる。旦那が持ってる剣のデキもな! 一介のチンピラに勝てる相手じゃない!


 かといって。


 人のするこた全部無駄なんてこと、絶対に認めるわけにはいかない!


 「アッジさん、私が……」シェリーが、手の中に拘束の魔法を準備した。白い光の輪が、旦那に向かって、飛んでいく。


 だが、彼女もだいぶ疲れているようだった。その動きは弱く、旦那が動いて剣を振り回すと、あっさりと薙ぎ払われてしまった。神聖魔法は、もう奴に通用しそうにない。


 シェリーに、これ以上を望むのは酷だ。おれはともかく、彼女を階段の上がり口に押し込んだ。


 「そこでじっとしてろ!」


 「……あなたは?」


 「旦那の太刀筋は素人にゃ避けられねぇよ! おれなら多少はわかる! 何とかする!」


 何とかって、どうやってだ。シェリーの魔法でどうにもならないことが、今の自分に何とかなるのか。自分で言って吐き気がする。


 だが、今は方法を考えるしかない。考えろ。旦那を操るソウルを倒す方法を。


 そう、倒すのは旦那じゃなくてソウルだ。

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