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 ソウルは、魂魄だともいわれるし、生命体だともいわれるし、病気の一種だとさえいわれる、まだ実体は何もわかっていない奇妙な怪異だ。だが明らかに別の知性であり、そのふるまいは「取り憑く」と形容するのがいちばん正確なので、「ソウル」と呼ばれるようになった。


 奴らは何にでも取り憑く。対象は主に生命体だが、野菜にだって取り憑くし、あるいは人間の「腕だけ」に取り憑くこともある。そうして何かに取り憑いたソウルは、対象の姿かたちを醜く凶暴な魔物に変えてしまう。


 その知性はさまざまだ。取り憑いて魔物になって暴れるだけのようなものがほとんどだ(いま目の前にいる木の魔物は、おそらくそのタイプだ)が、一部の強力なソウルは、近くにいる「別の何か」を取り憑くことなく魔物に変えることができ(かぶと虫は、そうされてしまった存在だ)、さらに強力で高い知性を持つソウルは、他のソウルや魔物を組織化して、魔物でない他の生物を襲わせたりする(目の前にいる混成部隊は、おそらくそういうことだ!)。


 ソウルの目的は単純だ。純粋に彼らの勢力域を広げることだ。理由などない。本能的にそうする。ソウルでないもの、ソウルの支配下に入らぬ者は、排除しようとする……つまり、無差別に殺していく。人間たちは、ソウルに抗して戦い続け、戦いを通じて武器や魔法や文明を発展させ、歴史を築いてきた。


 ソウルを倒すには、取り憑いた対象を殺したり破壊したりして、活動を完全に停止するしかない。もっともソウルは、取り憑く相手を変えられるので、うまくやれば追い出すこともできる。逆に、ソウルの宿主を殺したと思った瞬間、ソウルが逃れて別のものに取り憑き直してしまい、元の木阿弥ということもある。


 何に取り憑くか、あるいは憑いたり逃れたりの遅速もまた、ソウルの性質や能力に左右される。ソウルと戦う者は常に、己の経験を総動員してその能力を測り、的確に対処しなければならない。


 つまるところ、ソウルつきの魔物は知性が高いので、倒すのが難しい。そして、旦那はすぐれた戦士だから、倒すのが困難な敵にこそ、自ら進んで立ち向かっていくのだ。




 ……そんなわけで、旦那対木、おれ対かぶと虫という線引きが、はっきりできあがった。


 その頃、おれたちのやって来た街道東の方角から、はるか遠くかすかな異音が聞こえ始めた。ちらと見ると、馬車がこの場所へ近づいてきている。まずいな、と思うのは当然のこと───街道の真ん中という目立つ場所で戦闘をするのはあまりよろしくない。農民や商人といったかたぎの人間を戦闘に巻き込むわけにはいかないし、同業者ならおれたちの取り分が減ってしまう。はやいとこ、ケリをつけなけりゃ。


 おれは、かぶと虫の注意を引きつけるべく、荷物の中から、さっき昼飯に使ったジャムの瓶をすばやく引っ張り出した。こいつを持たせてくれた、昨夜の宿屋のおばちゃんに感謝だ。栓をひっこぬいて地面に置き、甘い匂いを漂わせると、かぶと虫はあっさり罠にかかった。ばかでかい角を振り振り、ざりざりと細い脚をフル回転させて瓶へ突進していった。しょせんはかぶと虫!


 その突進をじゅうぶん引きつけてから、かぶと虫のドタマめがけ、遠心力にまかせてトンカチを横薙ぎに振り回した。命中!


 ……だが、響きわたったのは、ごいぃん、という金属音。でもっておれの手に骨に響く響く。……ちっ、さすがに頑丈なかぶとだぜ。多少ひびを入れてやることはできたようだが、ダメージはほとんど入っていない。頭のひびからいくつもかけらを落としながら、かぶと虫は体を揺すった。


 「脳天にもう一発くれてやれ! そのひびの奥の組織をつぶせばそいつぁおだぶつだ!」旦那が叫んだ。


 旦那は旦那で、枝をロープのようにするする伸ばして絡め取ろうとする木の魔物を、的確な剣さばきで全部斬り落として防いでいた。ふむ、申し分ない斬れ味だし、おれにアドバイスを送る余裕があるくらいだから、問題なしだ、じきに決着がつくだろう。


 おれはかぶと虫が新たな動きを始める前に、すばやくジャムの瓶を拾った。ジャムを狙うか、おれを狙うか、かぶと虫は、ざりざりとおれの方へ向きを変える。今度は角の位置を下げ、突き攻撃をしてくる腹だ。


 かぶと虫が動く、とほぼ同時に、おれは角の真横をすり抜けて奴の懐に飛び込み(懐といっても、実際は顔の真ん前だ)、その触角にジャムをぶちまけた。


 混乱をきたしたか、餌にありついたと思ったか、ともかくおれにしてみれば、足を止めてくれればそれでよかった。甘い悦楽に酔いしれるかぶと虫、なに、幸せなのは一瞬さ。


 おれは、トンカチを持つ手を魔力で光らせた。つまりは操金魔法を駆使して───トンカチの形状を尖端鋭い槍に変える。巨大な千枚通し、っていった方がいいかもしれない。こいつを、さっきつけたかぶとの傷に突き立てて、昆虫標本にしてやる!


 ちらと横目で旦那の方を見ると、こちらも決着がついていた。木の魔物は、まるで剪定しすぎた盆栽となり、もはや旦那に一刀両断にされるのを待つばかりといったあんばい……。


 勝負は決した。あとはとどめを刺して、死体の一部を専門の役所に持ち込めば換金できる。この程度の魔物だと、せいぜい一宿一飯がいいとこだが、小さいことでも仕事は仕事。旦那とおれは、こうやって稼ぐことに命を張っているのだ。


 が……。


 今回は、小さな仕事の積み重ねというわけには、いかなかった。思いもよらない、最悪の展開が控えていた。

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