魔法鍛冶ブレイクハード
DA☆
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「旦那、ゆうべから何か斬ったッスか?」
フェザートの旦那から渡された剣を、鞘からそろり引き出し、剣を立てて、太陽光線にすかしてみる。ほんの少しだけ、見慣れない欠けがあった。……欠けというよりは光線の歪み、見るというより陰影を感じるものだ。この感覚は、多少なりとも修行しないと身につかない。
「ふむ、やはりおまえにはわかるか」
里程標を腰掛けに昼食のパンを食らっていた旦那は、白く豊かな鼻ひげについたジャムを指で拭ってなめながら、にやりと笑った。
「それで、何を」
「ゆうべ宿で寝る前に一杯やったんだが、つまみのビーフジャーキーがやけに硬くてな」
「……剣でビーフジャーキーを斬らんでくださいっ!」
「がっはっはっはっはっは、まぁ、そう怖い顔をするな。すまんがちょいちょいと直してやってくれ」
おれはひとつため息をつき、それから手に魔力を込めて刃に触れた。すべての欠けや傷みは、魔力で光を放つ指がその部位をなぞるだけで、きらきらとわずかな光を後に引きながら直っていく。……それを、何度か丁寧に繰り返す。剣が、最高の状態になるように。これがおれの仕事。魔法鍛冶のわざ。
剣は、「斬る」ことにダメージの主眼をおいた武器である───というのが、一般的な認識である。
だが、実際に扱ってみればわかることだが、剣という武器は、すぐに「鈍器」になってしまう。つまり、すぐ刃がこぼれ、なまくらになって斬れなくなるのだ。しかたないんで、実戦では多くの戦士が、ただ殴るためだけに剣を振り回している。
鈍器だと割り切って使う、それはそれで正しいと思う。しかし、「斬る」ことにこだわりを持つ者は多い。戦いに満ちたこのご時世なら───魔物どもが跋扈し、剣と魔法を駆使して、次から次へ退治してかなけりゃならないこんな世の中なら、なおさらだ。一瞬のダメージが大きいか小さいかで、自分の生死が決まりかねない。
だから、自分の武器は、常に最高の状態に保っておきたい。
そういう戦士たちの想いが、ひとつの魔法体系を生んだ。
通常の魔法の枠組みを離れ、「金属を加工変形する」という目的に向かってひたすらに特化したその魔法体系を、「操金魔法」と呼び───そしてそれを駆使する魔術師のことを、「魔法鍛冶」と呼ぶ。
おれは、アッジ・グラスク。正真正銘、その魔法鍛冶ってやつだ。
剣にこだわるすぐれた老戦士フェザートに雇われ、ともに旅を初めて、もう半年になる。こき使われちゃあいるが、おれみたいな世に出たばかりの若造には、いろいろいい刺激だ。
よく晴れたのどかな春の日だった。街道をてくてく歩いて旅してきたおれたちは、里程票の周りにぼつぼつと並べられた石に腰掛けて、メシを食った後のひと休みをしていた。……昼メシの後に旦那の剣の手入れをするのは、おれの日課なのだ。
眼光鋭く、頬に傷跡があり、しわのひとつひとつに人生の重みを見せる歴戦の老戦士フェザートには、のどかな春の日、なんて言葉は似合わないが、まぁ、メシどきは別だろう。
景色のいい場所だった。盆地の北端、いわば盆の縁にあたるこの場所からは、南方に盆地全体が一望できた。街道はここから、盆の内側を弧を描いてネジ溝のように下っていき、やがて盆の底を流れゆく川沿いに築かれた、城塞都市へと達する。城壁はほぼ円形で、川の上にコインを乗せたようにも見え、教会の高い鐘楼だけが頭ひとつ飛び出して見えていた。
この近辺を治めるプリストリ公が住まうかの城塞都市で、いま魔物が目立って増えており、その一掃に近々多額の懸賞金がかかるという噂を、旦那が秘密の情報網から仕入れてきた。もう四〇年近く魔物退治の賞金でメシを食ってきた旦那としては、逃しちゃおけないメシのタネだった。旦那とおれは、他の戦士たちがこの噂を知って駆けつけてくる前に、懸賞金の独占をもくろんでさっそく出向いてきたというわけだ。
はるかかなたから、カランカラン……カランカラン……と、快い響きが聞こえてきた。プリストリの教会が鳴らす、時鐘だ。そろそろ出発の頃合かな……。
……だが、春の日がのどかだったのは、そこまでだった。まるで、その鐘が合図でもあるかのように、状況が一変した。
フェザートの旦那が、くわと目を見開く。ばっと振り向き、眉間にしわを寄せ、街道の北側に広がる木々の合間をぎらりと見据えた。街道にほど近く日当たりのよい場所は灌木や草が生い茂っているが、その向こうは鬱蒼とした森で、木々が重なり合って奥を見通すことができない。暗く暗くどこまでも広がっていることだけがわかる。
すばやく剣を仕上げて旦那に手渡した。おれ自身も、背負ったままにしていた戦闘用大トンカチを手に取り、構えた。やたらと長い、背負って運ぶしかないこのヘビー級は、握りから柄から頭から全部金属製なので、操金魔法を使えば剣にでも槍にでも加工できる魔法鍛冶専用武装だ。が、トンカチのまま振り回す方が、おれとしては使い勝手がいい。
がざがざがざっ、と音が聞こえ始め、待つこと数秒その音はどんどん大きくなっていき、やがて生い繁る潅木をかきわけて出てきたのは、巨大なかぶと虫と、木に目鼻がついたような魔物との混成部隊だった。どちらも、退治すれば、一匹なんぼで賞金が出る。
連中が陽光燦々降り注ぐ街道までわざわざ何しに出てきたかって、そりゃあ仲良く握手をしに来たのではあるまいさ!
「目的地に着く前からさっそくメシの種だ」軽口を言いながらも、待ち構えていた旦那の目は真剣だ。すぐに作戦をはじき出す。「おまえはかぶと虫を頼む、俺は木の方をやる」
「マジっスか?!」
思わず反駁してしまったのは、木に比べてかぶと虫の方が明らかにでかくて強そうだったからだ。巨大も巨大、角だけで人の背丈ほどもある。おれみたいなぺーぺーにゃとてもかないそうにない、でかぶつだ。
……が、コンマ数秒で旦那の判断が正しいことに気づく。あの手の甲虫の外皮……つまりかぶと虫の「かぶと」は、剣ではなかなか斬れない。斬ってもあまりダメージがいかない。つまりおれのトンカチの方が有効なのだ。虫はつぶすのがいちばん手っ取り早いってことだ。
それに、理由がもうひとつ。
「『ソウル』は、こっちだ!」
旦那が叫んで、木の魔物に挑みかかる。
そう。こういう魔物の集団に襲われたとき、常に意識しなければならないこと……。
それは、ソウルの存在だ。魔物の核をなすともいうべき、無法のカタマリ。
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