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その考えを裏づけるかのように───ブラッケンが気絶した今、自分が動く気になったのだろうか、ソウルの声が聞こえてきた。
「賢しい者供ヨ……駒尽くと
虚空から聞こえてくると思えた声は、そうして聞いてみると、鐘の中から響いているようでもあった。
「もう、何もさせませんよ!」シェリーが、今度こそとばかりに、新たな光球を準備した。鐘に打ち込んでソウルを退治し、ブラッケンの意識を取り戻すつもりなんだろう。
「消えなさい、ソウル!」気合いのこもった声とともに、その手から光球が放たれ、鐘を白い光で包み込む……。このときおれの頭に一片の疑念がよぎった……鐘って、カスになるものなんだろうか。
その答えはすぐ明らかになった。しだいに光が消えてゆく……だが鐘は、何もなかったかのようにそこに吊り下がったままだった。
「え……効かない?!」シェリーが目を丸くする。
「なるほどな……」旦那が言った。「シェリー、俺の知識が間違っていなければ、あんたらの神聖魔法は金属を透過できないんじゃなかったか?」
「あ……!」手を口にあてがい、息をのむシェリー。ひどく疲れた表情で、肩を落とした。
「魔法鍛冶を禁じる理由が治安のためってのは建前さ。本当は、操金魔法を上手く使われると、神聖魔法の制圧力が鈍って、世の中を自分たちの思い通りにしにくくなるからだ。神の御威光が陰っちまうのが、気に入らなかっただけなのさ。……だがそんな手前勝手に隠した弱みを、ソウルに利用されてりゃ世話はねぇ。奴は最大の弱点である神聖魔法から身を守るために、金属に取り憑く
そうだったのか。なるほど、それでやっとすべてに合点がいった。
なぜ、奴が魔法鍛冶を「戮ス」とほざいたのか。本来、ソウルの最大の敵は神聖魔法……神聖魔法がまるで効かずおまけに刃物にも傷つかない体を手に入れたうえ、教区長クラスのハイレベルな神官を操ることに成功した奴に、もはや敵などいないはずだったんだ。
だが、幸か不幸か、魔法鍛冶という存在は、神官よりも恐ろしい天敵だったというわけだ。なぜなら。操金魔法なら、
「そうるは人などに
そのことを知っているはずのソウルが、まだ何かをしてくる腹だ。勝ち誇った笑い声。
「慴伏するは汝等ヨ!」
操る手先をなくしたソウルの反撃……それは、新たな手先を作ろうと試みるものだった。鐘が激しく、だが細かく振動を始めたのだ。
びぃぃぃぃぃぃんんん……という、不快な響きが、鐘楼から街中に伝わっていく。もちろん、否応なくおれたちの耳の中にも飛び込んでくる。
その音を聞いていると、何かが精神の中に入り込んで来ようとする、不気味な感覚に襲われた。この感覚を受け入れちゃいけない。もし受け入れたら、おれたちもブラッケンの二の舞だ。
「いやぁ……ッ!」シェリーが耳を押さえて、かたく目を閉じてうめいた。
「アッジ! 何ぼさっとしてやがんだ!」旦那が、怒鳴る。
「了解っスよ、旦那!」
おれは旦那の声に答えて、さっきの短針梯子を持ち上げると、手を光らせて細長く棍状に伸ばしていった。
「魔法鍛冶ィ……」
虚空からの声がまだ何かを訴えている。おれを操ろうとする振動音が強まる。おれを操ってしまえばもう敵はないということなんだろうが、もう、遅い。おれは、槍を持つ要領で腰を落として、手の中の金属棍を構えた。
これで、終わりだ!
金属棍をさらに長く伸ばす、伸ばして、鐘に突き立てる!
接触、溶接、錆びやがれ!
棍と溶接された鐘とが、一体化して赤く光る。鐘の振動が止まり、音が、やんだ。
錆びて褐色に変じた鐘は、やがて完全に沈黙し。
そのまま粉々になるまで酸化してやるつもりだったが、先に龍頭(梁からぶら下がる綱を、つなぎ止める部分)がもたなくなり、ひびわれ、壊れた。支えを失った鐘は、一度だけ、ガラ……と鳴った後、吹抜の底へ落ちてゆく。
……少し間を置いて、……ガジャァンと、脆く砕ける響きが、吹抜を突き抜けた。
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