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 「ひとつ安心しな。ブラッケンはソウルに取り憑かれてるわけじゃない。もしそうなら、少なくとも、鐘を合図に動くなんてありえないからな。あくまで『操られてるだけ』だ」


 「なら、……助かりますか、ブラッケン様は?」


 「まだ姿の変容が見られないから、完全に魔物になっちまう前にソウル本体を倒すことができればなんとかなる……ここらへんはおれも旦那の受け売りだけど、大丈夫だろう」


 「よかった……」シェリーは安堵の笑みを浮かべた、が、おれの今の言葉は、多分に気休めだった。嘘は言っていないが、相手は、人間の神官、それも教区長というクラスの知性を持つ者を操るほどの、めったにお目にかかれない超強力なソウルなのだ。永遠にお目にかかりたかなかったがね!


 倒すことが、本当に可能なのか……頼りは、むしろシェリーだろうな。


 「……で、シェリー」おれは、上方の回廊に気配を感じて、ふっと上を見た。「リトゥリー様はあといったい何回助けてくれる?」




 ブラッケンが真上にいた。相変わらず生気のない目。壊れた柵、つまりおれたちが弾き出された場所から身を乗り出している。……そこまでの高低差は、ざっと五メートル。


 「何故? 何故其処に居ル?」発された声は、やや驚きを含んでいた。叩き落としたはずのおれたちが生き延びていることが、よほど意外だったらしい。奴はすぐに、おれの手の中の、変形したトンカチに気づいた。「ヨモヤ汝は、魔法鍛冶では有るまいナ?」


 「魔法鍛冶なら、どうだというんだ?」


 反駁すると、鐘が、ガラガラガランと鳴り喚いた。あぁ、もはや快音などとはいうべくもない。そして今までとは違う、底知れぬところからわき出す雷雲のような声が轟いた。「ころス!」


 おれを?! 魔法鍛冶だから、だって? 一瞬何を言われたのかわからなかった、が、考えてる間もなく、ブラッケンがおれたちに、つまり下に向けて手を差し出してきた。むろん救いの手なんてわけはない。手の先には、すでに白い光球が生まれ、直径を増していた。……あの位置からまた魔法を撃たれたら、今度こそおれたちは叩き落とされる。


 これを見て、シェリーが教区長に向けて、つまり上へと腕を突き出した。


 「このぉ!」


 教区長と、シェリーが、それぞれ光球を放ったのは、ほぼ同時だった。


 時計の上、鐘の下、操られる強者、ふっ切れた弱者、その真ん中で、魔法が激突する。


 激しい光がほとばしり……シェリーの魔法が、ブラッケンのそれを弾き飛ばした!


 光球は、身を乗り出していたブラッケンの下顎にアッパーをかまして、後方へのけぞらせ、はるか空の雲へ向かって消えていく。……神聖魔法の直撃だ、やったか?


 だが、鐘の音はしつこく鳴り続ける。ブラッケンはすぐ、再び身を乗り出してきて、再び魔法を放つ構えを見せた。


 「さかしらナ……ッ!」


 これでわかったことが三つある、魔物化していなければ、たとえソウルに操られていようと、神聖魔法でカスになることはないということ、逆に、ソウルにダメージを与えなければ、ブラッケンにいくら魔法をぶち当てても無駄だということ、そして最後は、今のが無駄だった以上、おれたちはまだ大ピンチのままだってことだ。


 シェリーには、神聖魔法の連射ができないらしい。リトゥリー様への祈りもむなしく、下唇を噛んで、新たな光球を手の中に生み出そうとするが、なかなか出てこない。これを見て、ブラッケンがにやりと笑った。奴の手の中には三発目が準備されつつある。


 白眼のままで笑うな、気色が悪い! シェリーが間に合わないと気づいたおれは、手を光らせて、時計に残る短針の先端部を折り取った。すばやく撫でて金属棒にすると、そいつを長ぁく伸ばしてやった。……上へ上へと伸びる棒は、今度はブラッケンのデコを突き上げ、もう一度のけぞらせた。


 「魔法鍛冶ィィィィッ!」


 度重なる顔面攻撃に、ついに怒髪天を衝いたか、再び雷音のような声が響きわたる。やはりガラガラガラと鐘が鳴り響く。ブラッケンの手に、再度三発目が準備された。今度のものは、特大だった。


 悪あがきもここまでか、と観念しかかったおれの耳に、建物の内側から、時計機構以外の音が伝わってきた。それは、おれにとっては全幅の安心感を含んだ靴音だった。悪あがきは、しておくもんだ!


 「リトゥリー様……!」同じように観念したか、顔を伏せて手を合わせるシェリーに、耳打ちする。「いいやシェリー、次に助けてくれるのは、神様じゃないぜ!」


 ブラッケンが、今まさにその特大光球をぶちかまそうとしたとき、……ようやく階段を駆け上がってきた、フェザートの旦那のごつい手が、ブラッケンの襟首をひっつかんで回廊に引きずり倒した。

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