エピローグ

エピローグ それは別世界での物語

「な、なんで桃園さんと小鳥遊がくっつかないんだよーーーー!!」


 晴れ渡る青空の下、俺は声の限り叫んだ。


「しっ、声が大きいよ、武田」


 親友の鈴木が俺の口を必死で抑えた。けど、こんなの叫ばずにいられるだろうか。


 だって俺の愛読書である大人気マンガ『桃色学園がーるず』――通称『桃学』の最終話で、主人公の小鳥遊が、俺の推しヒロインの桃園さんじゃなくて、別のヒロインとくっついたんだから。


「うう、なんでだよ、桃園さん」


 落ち込む僕の肩を、鈴木はポンポンと叩く。


「気持ちは分かるよ。俺はユウちゃん推しだけど、正ヒロインは桃園さんだと思ってたからさ」


「だよな、だよな!」


「でも桃園さんにはがいるし、ミカンは幼稚園の時から小鳥遊を思い続けてたんだから仕方ないよ」


 ボソリと鈴木がつぶやく。ちなみに武田というのは桃園さんに思いを寄せる小鳥遊の親友キャラで、まあ言ってみればモブ。


 優柔不断で鈍感で、俺と同じ苗字という以外は何の特徴の無いキャラだ。


 そんなモブキャラが桃園さんと数合わせみたいに最終回でくっついたのも、俺は気に食わなかった。


「そうだけど、武田だぜ!?」


「分かったから、そう興奮するなって」


 鈴木が俺をなだめ、続きのページを指さす。


「ほら、見ろよ。ここに続編の情報が載ってるし、今度からはそれを楽しみに生きようぜ」


「続編?」


 ページをめくると、そこには桃園さんそっくりな美少年が微笑んでいた。


「へー、可愛いな。桃園ミズキくんかぁ」


 女優となった桃園さんと脚本家になった武田の長男ミズキは、女装が似合うお母さん譲りのイケメン。十四歳の中学二年生だ。


 苗字が「桃園」ってことは、武田は婿養子に入ったのかな。


「ミズキの妹のエマちゃんも可愛いぜ」


「本当だ。こっちも桃園さん似だ」


 へえ、可愛いな。ピンク色の髪をした美少女を見ているうちに、自然に頬がゆるんでくる。


 俺は更に続編情報に目を通してみた。


 主人公である桃園さんの息子、ミズキに思いを寄せるのは、小鳥遊ユズ。小鳥遊とデキ婚したミカンの娘で、元気いっぱいの幼馴染らしい。


 二人は将来を誓い合う仲なんだけど、そこへ少しヤンデレでストーカー気質の巨乳美少女、山田さんがやってくる。


「この子、山田と渡辺さんの娘かな?」


 鈴木がニヤニヤしながら山田さんを指さす。


「お前、何だかんだで渡辺さん好きだな」


 鈴木のやつ、ユウちゃん推しとか言いながら、途中から完全に渡辺さんと山田のこと応援してたもんな。


 まあ、確かに渡辺さんはチョイ役にしては出番も多いし可愛かった。山田と結婚するのは惜しいぐらいだ。


「あ、この子!」


 鈴木がさらに声を上げる。


 どうやらアメリカからクール系美少女の青梅ソフィアちゃんという子が転校してきて、この子もミズキにアプローチをかけてくるらしい。


「この子、ユウちゃんの娘だよな!? ユウちゃん、望み通りアメリカの大学に合格して化学者になったんだな。お金持ちキャラっぽいし、旦那はアメリカのIT長者とかかな?」


「いや、石油王かもな」


「これは小鳥遊と結婚しなくて正解だったかもな」


「うん。一番の勝ち組かも」


 そんな話をしながら鈴木と笑っていると、バンと屋上の扉が開いた。


「お前ら、そんな所で何してるんだ! ここは立ち入り禁止だぞ!」


 入ってきたのはクラスの担任だ。


「あ、やべ」


「す、すみません、先生」


 二人で頭を下げる。

 先生は腰に手を当て、呆れたようにため息をつく。


「全く、こんな所で逢い引きか!? カップルで青春するのはいいが、ここはフェンスが腐りかけてて危ないんだぞ」


 その言葉に、鈴木は顔をボッと赤くする。

 俺は慌てて弁解した。


「ち、違いますよ! こんな漫画ばっかり読んでて、自分のこと「俺」とか言っちゃうオタク女、彼女なんかじゃありません!」


 俺が叫ぶと、鈴木はそんな俺の尻に思い切り蹴りを入れた。紺色のスカートがヒラリと揺れる。


「ふんっ、武田のバーカ!!」


 二人で読んでた少年漫画誌がバサリと床に落ちる。


「何だよ、鈴木のやつ、訳分かんねー……」


 相変わらず乱暴なやつだ。そんなんだから彼氏もできないんだぞ。


 俺は漫画を拾い上げようとかがみこんだ。


 ――と、武田と結婚し、幸せになった桃園さんの姿が目に飛び込んできた。


 なぜだろう、妙に胸が熱い。


 桃園さんの幸せそうな笑顔を見ているうちに、俺はなぜだか泣きたいほど嬉しくなった。


 色々あったけど、幸せになったんだよな?


 そうだといいな。俺は桃園さんの悲しい顔は見たくない。


 そしてきっと――桃園さんと結婚した武田もそうに違いない。


 いや、結婚して桃園さんになっちゃったから、もう「武田」ではないのか。まあ、いいや。


「桃園さん……お幸せに」


 俺はそう呟いて雑誌を閉じた。

 なぜだかとても満ち足りた気分だ。


 桃園さん――さようなら、僕の特別なヒロイン。君が幸せなら、俺も幸せだ。








【『負けヒロインの桃園さん』 ~完~】






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負けヒロインの桃園さん~ラブコメ世界に転生したので推しヒロインを勝たせようと頑張ったらなぜか俺のフラグばかり立って困る~ 深水えいな @einatu

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