第99話 俺の愛しい人、桃園さん
「……話って、何ですか? 武田くん」
放課後、僕はあの伝説の木の下に桃園さんを呼び出した。
真剣な顔で俺を見つめる桃園さん。
びゅうと冷たい風が吹いた。
「実は、桃園さんに隠していたことがあって」
「隠していたこと……ですか?」
僕はギュッと拳を握りしめた。
「実は俺――この町から居なくなるかもしれないんだ」
「えっ?」
桃園さんが困惑したような顔で俺を見てくる。
本当はこの町というより、この世界からなんだけど、という言葉を飲み込む。
「それは――お引越しをするってことですか? いつですか?」
「いや、まだ本決まりじゃないんだ。いつになるのかとか、ハッキリしたことも分からないし……というか」
俺はチラリと桃園さんの顔を見た。こうなったら仕方ない。
「今から話すこと、桃園さんには信じてもらえないかもしれないけど――」
俺は迷った末、全てを桃園さんに話すことにした。
「……それで桃園さんに言おうかどうか迷ってたんだ。こんな話、とてもじゃないけど信じてもらえないだろうけど」
だけど、桃園さんは俺が真実を話し終えると、少しホッとした表情を見せた。
「いえ、信じますよ。武田くんの言うこと、信じられないこともあるけど――私、信じます」
「えっ、本当!?」
まさかこんな突拍子のない話を信じてくれるだなんて!
桃園さんはクスクスと笑う。
「だって武田くんは、嘘をつくのが下手ですから、嘘をついていたらすぐに分かります。だから私、武田くんの言うことを信じます」
「ありがとう」
桃園さんが少しほっとしたような顔をする。
「実を言うと、私、今日ここに武田くんに呼び出されて――別れ話を切り出されるのかと覚悟していたんです。てっきり他に好きな人ができたとか、そういう話かと……」
「い……いやいや、そんな訳ないよ! 俺は――俺がずっと好きなのは、桃園さんだけだよ!」
思った以上に大きな声が出てしまい、ハッと顔が熱くなる。
何言ってるんだ、俺。
「……心配かけてごめん」
桃園さんは、心底嬉しそうな顔をして、「はい」とうなずいた。
「正直なところ、悩んでたんだ。もしも、これから先、もう会えなくなったら、桃園さんに悲しい思いをさせてしまう。その前に、別れた方がいいんじゃないかって考えたこともあった」
「そんなこと――!」
否定する桃園さんに、俺は笑いかけた。
「でも、できなかったよ。俺は、やっぱり桃園さんが――メグのことが好きだ。ずっと一緒にいたい」
「……武田くん」
桃園さんの目からポロリと一粒の涙がこぼれ落ちた。
そう、これが僕の本当の気持ちだ。
桃園さんと一緒にいたい。ずっと、ずっと。
「――私も、武田くんとずっと一緒にいたいです。ずっと、ずっと……」
俺は桃園さんの背中に手を回し、ギュッときつく抱きしめた。
暖かなその温もりに、胸がいっぱいになる。
ああ、この時が永遠に続けばいいのに。
サワサワサワ。
幾多の恋愛を見守り続けた伝説の木が、囁くようにサワサワと揺れる。
まるで僕らを見守ってくれているかのように。
そう、この木はいつも俺たちを見守ってくれていた。
初めて桃園さんとお弁当を食べた時も、一年目の文化祭も、二年目の文化祭も。
ああ、やっぱり俺は桃園さんと一緒にいたい。
三年目の文化祭も桃園さんと一緒に踊りたいし、一緒に卒業式を迎えたい。そして、その後も、ずっと――。
「――この木に、お願いしましょう」
桃園さんがポツリとつぶやく。
「……この木に?」
「はい。この裏庭の木には伝説があるんです。この木の下で愛を誓ったカップルは一生幸せになれるって。だから……神頼みなんて無駄かもしれませんが」
うん、知ってるよ。
この世界に来る前から知ってた。この木には特別な力があるって。「桃学」の世界で一番重要な場所の一つがここだから。
その時、俺の頭に杏ちゃんの言葉が蘇ってきた。
『この世界は、他の並行世界よりも神秘性が強いでございますよ』
そうか。
と、いうことは、この木の神秘の力も強いはず。
「いや、無駄なんかじゃないよ」
俺は桃園さんの手を取った。
「武田くん……」
「一緒に祈ろう。二人で!」
桃園さんは俺の顔をじっと見つめる。
俺が本気だと分かったのだろう。桃園さんも決心を固めたような顔をしてうなずいた。
「はい」
俺は目をつぶり、この木の持つ力が俺たちの望みを叶えてくれる僅かな可能性にかけ、心の底から祈った。
神秘には神秘を。
願い事には願い事で対抗する。あの時よりも、ずっと強い願いの力で、俺はこの運命を塗り替えてやる!
俺は心の限り祈った。
桃園さんと一生一緒に居られますように。
どうか、桃園さんが幸せでいられますようにように。
ずっと、ずっと――。
そう祈った瞬間、眩い光が俺たちを包んだ。
それは、今まで感じたことがないほど暖かな光だった。
そして、俺と桃園さんは――。
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