第6話 日程5 城下町(バザール) 危険度★★

「あれ、先生。少し若くなっていない?」

 唐突な言葉。そんな戯言で俺が騙されると思っているのか。まぁ、このメンツであれば、俺が足場になるしかないんだけどさ。いや、気持ちの問題だ。気持ちの。

 人気のない野原。正面ゲートからは、遠く離れた死角。見上げた石壁は、約5メートル程度。絶対に無理だと言い張るには微妙な高さだ。それこそ脚立があれば容易だろうが――


「じゃあ、行くよ」

「ちょっと待て、やっぱり」

「舌噛むよ」 

はい、はい黙りますよ。年長者を敬え。今時の若者はこれだから……。

ずしんと背中に衝撃が走る。ゴツゴツとし石壁が手のひらに食い込む。この荒々しいリアルな感触が俺の不安を煽る。

どう考えてもこのツアーは黒だ。無許可で非認可。未だに法律は穴だらけなので、大したお咎めもないだろうが、問題になるのは異世界の事情だ。

法治国家に住まう俺達は、無意識のうちにその在りようを異世界にも適用してしまっている。だから、どこかテーマパークにでも来たようなノリで壁をよじ登ろうとしている。


「うぐっ」

 第2波がやってきた。しかし、苦行もこれで終わりだ。それにしても、相武にしても暴舞にしても、身体能力が高すぎやしないか。俺――踏み切り台があったとしても壁をけって石壁を飛び越えるなんて……もしかしたら、二人はパルクールの選手なのかもしれない。


「はよ」

石壁の上に仁王立ちした暴舞が、来い来いと手招きする。完全に俺のことを見下していやがる。三つ編みチャイナメガネめ。アラサーを馬鹿にしやがって。経験値の差をみせてやろうじゃないか。

 勢いよく石壁をける。つま先を強打した。痛みが駆け上ってくる。もしかしたら、爪が割れたかもしれない。


「助けてほしいの?」

 暴舞がニヤリと笑った。完全に読み違えていた。暴舞ミツキはスクールカーストなんて、ちっぽけな枠組みには収まりはしない。完全なるイレギュラー。

「グスン、JK様、哀れな僕を助け下さい」

 暴舞が、どこからともなく小型のナイフを取り出した。そして

「おい、何をするつもりだ」

「何って引き上げるためのロープは必須でしょうが」

「だからって」

「髪なら強度に問題はない」

 幼竜との激闘から暴舞は、ときおり敵意を向けてくる。大半を姫がのした後、バスまで全速力で走った。どれだけ仲間がいるかわからない。逃げるにこしたことはない。英断だと思ったんだけどな……。この武闘派娘はその選択が気に食わなかったらしい。


「駄目だ」

「…………」

 暴舞は俺を睨んだあと、壁の向こう側に降りた。どうやら見捨てられたらしい。さて、これからどうするべきか。バスに戻って姫と合流する。いや、二人を単独行動させるのは危ない。バスガイドは城下町の中にいるらしいが、それだって眉唾物だ。

『オプショナルツアーでーす』と何やら理由を付けられて、結局この有様だ。あのバスガイドの狙いは何なのだろう。破格のツアーを餌に、釣れたのは女子高生だけだ。そうなると本命は……。


「先生」

 白いロープがするすると降りてくる。

「はやく、昇って」

 どうやら俺は見捨てられていなかったようだ。純白のロープを手に取り、壁をよじ登る。不思議な感触だ。絹糸のようになめらかで、強度も抜群だ。

「すまん、相武。手間かけさせて悪いな」

「弱者を守るのは当たり前のことだから気にしないで」

「弱者って、お前っ――」

「二人とも黙りな」

 いつの間にか、暴舞が戦闘モードに移行している。

「どうしたの、ミツキ?」

「ここは完全なるアウェー。今襲われたら詰む」

 そうだ。ここが安全な場所なのかどうかは確定事項ではない。今、俺達は異世界にいるのだから。

「まずは、マッピング。それから――」

 暴舞の主張は、もっともだ。しかし、数時間の滞在の上でそれをこなすのは不可能だろう。だから、折衷案。単独行動はしない。危なそうなところには近づかない。当たり前かもしれないけど、これで大半の危険は回避できるはずだ。


 アスファルト舗装されていない道。露天商が並んでいる。ザ・異世界。賑やかな大通り。テンションが急上昇中だ。

「それ、もらえますか?」

「一つでいいかい」

 俺もだてに歳をとったわけじゃない。こうして、知識がちゃんと身についている。

「三つ下さい」

 ピンク色の果物。味は、ブドウ。食感は洋ナシ。冷やしたらもっと上手くなると思う。

「兄ちゃんたち、外からきたのかい」

 変な服装をした三人組が目立たないはずがない

「まぁ、そんな所です」

「それはどこで手に入れた?」

 店主が俺の肩にかけてあるロープを注視している。

「拾った」

 相武が返答する。

「だったらいいんだ。だったら」

 店主の歯切れがどうにも悪い。


「一つ聞きたい。どうにも殺気だっている。何かあるのか?」

 暴舞がぶしつけな質問を投げつける。翻訳機に大いに改良の余地ありだな。

「ついさっきお尋ね者が捕まったんだよ。狂ったエルフと忌種の連れ合い。凶悪な犯罪者だ。それにな、竜が襲われたんだ――」

 ドクンッ。心拍数が跳ね上がる。竜は、ここ「ドラグニア王国」では竜は神聖な生き物らしい。竜の巣穴周辺は保護区になっていて一般人は立ち入ることすら許されないとか……悪い冗談だ。

「ありがとう」

 店主に礼を言い。平素を装いながら立ち去る。


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