第4話日程4 竜の通り道 危険度★★★ その1

「なぁ、相武。暴舞は、先に戻っているんだろう? だったらさっさとバスに戻ろう」

 ここは完全なる安全地帯とは言い難い。

「ミツキは、戻っていないよ」

「え?」

 相武が、バスの停車場とは真逆の方向を指差した。嫌な予感がする。

「どうして、お主の連れは戻ったのじゃ?」

 さすがの姫も心配しているようだ。姫曰く、竜という生き物は賢いらしい。だから、無暗に人を襲うことはない。中には人語を操る個体もいるそうだ。ただし、それは成竜に限る話だ。まだ、欲求に忠実な幼体は、容赦なく血生臭い害をもたらす存在にほかならない。


「落とし物をしたみたいで……わざわざ戻って探すほどのものではないって言ったんだけど……」

 どうにも歯切れが悪い。これは予想的中だな。

「グズグズしていても仕方がない。早く連れ戻さないと。はあっ!?」

 ガタガタと水筒が揺れている。地震だろうか。

 どんどん揺れが大きくなっていく。その内、揺れも収まるだろう。楽観視。精神が摩耗した時は、これが一番の対処療法だ。


「なんかヤバくない?」

 地震というより、何かが近づいてくる感じがする。きっと、きのせいだろう。くうがんだ、くうがん。空観とは、存在に本質はなく――

「駄目じゃ、こりゃ。目が死んでおる。賢者タイムもたいがいにせんと――」

「ああっ、ミツキだ」

 草原の向こう側から暴舞が現れた。なだらかな傾斜を利用して、全速疾駆でこちらに向かってくる。紫ジャージの上着――背中に「ブドウ」って刺繍された体操着――はまだ良い。問題は、踝まで届きそうなロングスカートのほうだ。裾をいつ踏み転ぶのか、見ていてハラハラする。

 それにしても、見事なフォームだ。暴舞は、陸上部に所属しているのかもしれない。ということは、暴舞は文系毒舌メガネボッチではなく、運動部ストイック系ソロプレイヤーなのか。


「現実逃避をしておる場合ではないぞ。ほら、本隊のお出ましじゃ」

 あぁそっかここは異世界などではなく、ただの白亜紀なんだ。暴舞を追尾している幼竜の群れはもはやヴェロキラプトルにしか見えない。

「ミツキーーー!!! 速く、速く!」

 相武がブンブンと手を振って応援に興じる。暴舞は親指を前に突き出し、レスポンスを忘れない。今時の女子高生の脚力には驚嘆するばかりだ。


「相武、逃げるぞ」

「えっ?」

 相武が心底驚いた表情している。頭痛がする。今は、断じて体育祭の最中などではない。もう少し、危機感を持ってもらいたいものだ。でも、どうする? 背の高い木でも登ってみるか。いや、自然の木なんて易々とは登れない。やはり、バスまで戻るべきだろう。これほど人工物を愛おしいと思ったのはいつ以来だろう。


「旦那様、逃げきれはせんぞ。退路は断たれた、後は勇気だけじゃ」

 ドヤ顔の姫。相武は、平素を装っている。こんなパーティーでどうにかなるのか。ここは異世界で、エルフとか竜が生息している――いわゆる剣と魔法の世界的だ。でも、俺達は丸腰だ。素手で恐竜と戦うとか、どこのC級映画だよ!

 

 幼竜の群れが三方に別れた。どうやら包囲網形成するようだ。くそ、やっぱり逃げられないか。

「心配無用じゃよ。妾が駄竜をいっちょもんできてやるわ」

「姫」

 右手首に手をかける。ひんやりとした感触が、オーバーヒート気味の頭を冷やしてくれる。

「必要ない」

 姫が「では、いってくると」言い残し、颯爽と草原に飛び出して行く。それと入れ違いに、暴舞がスライディングで陣地に飛び込んできた。

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