第2話日程2 赤エルフの森(通過) 危険度★★

「――二人は、翻訳機を持っていないのか?」

「コンニャク?」

「相武、先生をからかうんじゃない。未だに、青狸ロボット様は開発されていないんだ。ついぞや、俺の引き出しからは現れてくれなかった」

 悲しい現実。


「キモッ。てか、何で私の名前しってんの。オジさん、ストーカーなの、なのね、なんなのさ!」

 相武独自の三段活用。中々に意味不明だ。

「姫。下ネタ、プリーズ」

「旦那様、妾を何だとおもっているのじゃ。そもそも妾は、十八禁方面にはめっぽう弱いのじゃが……。ふむ、しかしながら、昨日視聴した『ドエロ女騎士、オーク里にご乱入』は良かったのう。ゴリマッチョなオークの勇姿にはそそられたものじゃ」

「いやーーーっ!」

「ぐはっ!!!」

 俺までダメージを受けてしまった。俺の薄い胸板とか、細腕とか好きって言ってくれたじゃないか……。イヤホンで、ミミを塞いでしまおう。パーカーのポケットに手を突っ込む。


「それは?」

 今まで、無言を貫いていた暴舞が口を開いた。

「駄目だよ、ミツキ。こんな変態オジサンと喋ったら妊娠しちゃうんだから」

「――ミコトちゃん、全くヤレヤレだよ。友達として恥ずかしいよ。そんな簡単に妊娠するなら、少子高齢化社会なんて問題にならいと思うよ。それに、お兄さんカッコいいし」

「ミツキアンタ、どんだけ眼が悪いのよ! こいつはストーカーなのよ。JKの敵よ、敵」

「それも勘違いだよ。乗車する時、座席表があったじゃない。そこにバッチリ書かれていたよ。責めるなら、運営側だと思うよ。個人情報がおざなりだってね」

 相武がばつが悪そうに目をそらした。


「謝らないとダメだよ。それくらいのこと花のJKならわかるよね? もしかして、キャラものの下着を愛用しているミコトちゃんにじゃまだ早かったかな」

 こ、これはまさかの革命!? 校外、特殊な環境でおこりうる奇跡。暴舞は、意趣返しのつもりだろうが、これはあくまでその場しのぎにしかならない。


「……ごめんなさい」

「いや、こちらこそ悪ノリが過ぎた。これで、本当の教師と先生になれたわけだ」

「旦那様、まだその設定を続けるのか?」

「そんな関係が適切だろう、この場合……」

 

 バスガイドは、手摺につかまりながら、フロントガラスの向こう側を注視している。彼女が適時、運転手に指示を出しているみたいだ。このバスツアーは、どうにもキナ臭い。異世界に行くには、異界門(スカー)と呼ばれる次元の亀裂を通らなければならない。常時開いている異界門は少数でばか高い通行料を支払わなければいけない。

 

 基本的に激安ツアーは、野良の異界門――突発的に発生した亀裂を利用する。偶然、異世界に到達してしまったという体裁をとるのだ。法律の隙間、グレーゾーン。ただ、正確な予想なんてできないから、ある日突然旅行会社から連絡がくる。その激安ツアーにしたって、何十万とするわけだが……。今回のツアーはお一人様9646円。しかも、日程が確定していた。常識のある人間なら、まず詐欺だと疑うレベルの内容だ。


「お兄さんも、気になりますか?」

「何が?」

「何って、あのガイドって異世界人――エルフですよね。翻訳機もつけていないみたいだし、まず真面な――」

「ストップだ、暴舞。人を見かけで判断するのはよくない。それに、こちら側にきている異世界人のすべてが翻訳機を持っているわけじゃない」

 そう翻訳機はとても高いのだ。正規ルート格安ツアーの落とし穴として、翻訳機レンタルが別料金ってオチもあるくらいだ。言葉がわからなければ、旅行のウキウキ気分も半減なわけだ。上手い商売ではあるな。


「そうだよ、ミツキ。私達だってコンニャク持っていないじゃない」

「翻訳機な」

 女子高生が持っているわけがないか。このツアーにレンタル制度はないようだし。

「ほら、これ」

 イヤホン型翻訳機を片方ずつ手渡す。

「試作品だけど性能は保証する」

 姫にアイコンタクトで事後承諾をとる。異論はないようだ。


「お客さん方、そろそろシートベルトを着用して下さーい。私達は、これから赤エルフの森に侵入しまーす」

 異世界語での案内。代表的な言語で助かった。ん? ちょっと待て。今、侵入って言わなかったか。

「では、突貫でーす。頭を膝の上で抱えて下さーい」

「えっ? 何、ちょっと――」

 相武が混乱している。オンボロマイクロバスが、森林地帯に突入した。スピードを落とさず、木々の間を縫うように進む。


「おい――」

 抗議の声は、バスの揺れに掻き消された。

「おい、嘘だろう……」

 後部座席の窓ガラスが割れている。座椅子に深々と刺さった弓矢が言い知れぬ威圧感を放っている。


「きゃあああっ!?」

 相武が悲鳴を上げる

「喋るの禁止でーす。居場所がばれてしまうでーす」

 いつの間にか近づいていたバスガイドが、相武の頭を押さえつけている。

「おい!」

「旦那様、大丈夫じゃ。これは、あれじゃろう。東京シーにある、何と言ったか、水晶シャレコウベ魔宮みたいな」

 暴舞は頭を抱えて震えている。状況を正しく認識していないのは、姫だけみたいだ。


「あっ」

 視界の端に、飛来する矢がうつりこんだ。

「姫!!!」

 咄嗟に姫に覆いかぶさった。ガラスは割れていない。どうやら強化ガラスが使われているようだ。おそるおそる窓を見遣る。ひび割れが全体に広がっていて、次は防げそうにない。


「――冒険には、ビックな危険と、少量のサプライズが必要でーす」

 そんな声が聞こえてくる。ここは、断じて夢と魔法の世界ではない。命がけのデスツアー。失敗は死を意味する。正直、オッサンには荷が重すぎる。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る