第5話 ちっぱい勘弁ならず成敗なり

「ちっぱいに気が付いてしまったな」

 ふうー。

 俺はため息をついた。

「そこー! 何、そこなの?」

 俺と猫先輩は定位置に腰掛けた。

「エコたわし萌えにも気が付いてしまったな」

 ふうー。

 二度のため息はしつこいか。

「それは、勘弁してよ」

 拝んでもダメだね。


「いや、おめでとう! 売れっ子ライトノベル作家」

 ここはそう讃えるべきだ。

 握手を求めよう。

 あれ?

 猫先輩は握手にこたえないや。


「どうしたの? 犬君。その遠い目は……。異世界で疲れたかな?」

 むっ。

 分かりきったことを。

 妬いているだけではないか。


「俺だけ、スランプ抜けてないではないですか」

 むすっとした横顔はいけないな。

 しかし、後ろを向いて頬杖をついてしまった。

 よく見れば、今はあの時と同じ黄昏時だ。

 もしかして、時間は変わらないのだろうか。


「おう、ミスター・クール。素直になちゃって」

「俺だって、やんややんやされたいのですよ」

 拗ねたい。

 ああ、拗ねたい。


「犬君、毒キノコ食べたな。暴露ダケか?」

「違うキノコの胞子は、飛んでいたようですけれども」

 あれは、危険だったな。

 激かわキノコは小生を揺さぶる。

 いつにも増して、可愛かったな……。

 そうか、猫先輩は生き生きしていたのか。

 小説で生き甲斐を感じたのだろうか。

 俺も、そうなりたい。

 文芸部で、今度の部誌までに、会心の作を作り上げたい。

 それが、受賞への一歩だ。


「ああ、黄昏が美しい……。犬君、そろそろ帰る?」

 会心の作は、ノートパソコンに移して整理していたようだ。

「俺は、ちょっと原稿用紙と対話したいのですけれども」


「分かった。ちょっと疲れたのは私も同じみたい。先に帰ってもいい?」

 俺は、ガタリと席を立った。

 いくらちっぱいでも、猫先輩は可愛いから、変質者が出たらどうしよう。

 俺の焦燥は当たりやすい。


「送りますよ。原稿は、家で書きます」

「え? マジで優しいじゃない。ミスター・クール」

 俺の微笑みは鬼がつく程気味が悪いからな。

 笑わない。

 ニヤつかない。

 

「犬飼涼静って立派な名前があるのですけれども」

「いや、悪かったわ。犬君がクールって呼ばれるのは、どうしてだか分かるかな?」

 帰り支度を終えて、俺達は昇降口へ向かった。

 大抵は土手道から帰る。


「頭がいいからでしょう」

「そこはちょっと違うかな。……皆と沢山話できている?」

 友達の話……?

 俺に友達……。


「いや、俺は、名前に反して、犬みたいに群れるのが嫌ですから」

 俺だって、全く話をしない訳ではないけれども。


「なら、私は猫みたいに孤立している訳でもなく、親友の千葉さんもいれば、仲良しグループもあるよ。友達と楽しく過ごしたり、悩みを話し合ったりできたらいいなと思うよ」


 下校途中の土手の道。

 夕日が沈むそのシルエットは猫先輩。

 笑顔とひるがえしたセーラー服が眩しい。

 だめだっ。


 俺は、やっぱりこの人を好きだ……。


「俺、帰って原稿書きます」

 今なら、思いの丈を書けそうだ。

 どんな作品か、頭の中にふわふわと浮かぶ。


「原稿を書いて、どうなるの?」


「会心の作で、俺は……」

 俺は、スランプを抜けたいんだ。

 友達は、いらない。

 俺は、東大を受けるから、一緒に合格するヤツはいないと思う。

 だから、受験勉強一点になる三年生になったら、文芸部も引退し、コツコツ努力をするんだ。

 受験生の猫野春香先輩は、勿論、文系だよな。

 その後、どうするのだろう。


 別れは、安易に到来するものだな……。


 何かが去来し、帰り道は黙々としていた。

 土手に面したマンションへと猫先輩を送った。


 一戸建ての自室に着くと、学ランを椅子に引っ掛けた。


 俺は、早速、原稿用紙に肉筆を加えた。


「原稿を書いて、どうなるの?」

 猫先輩の言葉が耳に残る。

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