EP.02 0X陣: E-part <2Rt1STα>

 オープンチャンネルの通信が切れる。ジスタートのモニターからサウンドオンリーの表示が消えた。

 次の瞬間、Ω級X式は動き出す。ジスタートの首手前に突き出していた剣を引き、両手で構えた。


「やべ!」


 頭の中は放心状態でも、今にでも攻撃しようと構える敵を見れば、デルの手は自然と動いた。

 すぐさまジスタートの膝バーニアを使って急後退する。


 ——貴方を殺す。

 

 そのパイロットの声質、冷淡な音色が頭から離れない。

 目の前の敵機は自分を殺さんと剣を振るう。

 自然と操縦桿を強く握ることに気がつく。


「クッソ、どうすれば‼︎」


 Ω級X式の一振りを躱して後退。

 

「ちっ、何か武装はァ⁉︎」


 先ほどまで持っていた剣は、地上に降りた時の衝撃でマニピュレーターから離れてしまっていた。


「せめてライフルがあればァ‼︎」


 ライフルも無くなっていた。Ω級X式に接近戦を持ちかける際に投げ捨てていたからだ。

 また、そのライフルはパナセルの残量が少なかったので、今あっても役に立たなかっただろう。


「ったくぅ!」


 苛立ちを募らせながら抵抗するデル。


「今のには、こんくらいしかねえのかよ‼︎」


 ジスタートの頭部、その左右から発される銃撃。

 パナセルバルカン砲だ。


「これならァ‼︎」


 しかし、威力の弱いビームは敵機のボディに爪痕を残すだけ。塗装を削るだけで命中打にはならない。


「クッソォ‼︎」


 武装のない機体はただのまと


 ——このまま、Ω級X式こいつの餌食になるのか?


 Ω級X式のビーム剣で溶かされる自分、その様子がデルの脳裏に浮かび上がる。


 ——貴方を殺す。


 また木霊こだまする敵機パイロットの言葉。

 デルの顔が歪む。


 ——どうすれば良いんだ?


 青年はもう一度自答する。この黒鷲から逃れるための糸口を。


「嫌だ……」


 そして、恐怖の中に一つの意思が湧き上がる。

 それはデルを突き動かす。心を掴む。体を駆り立てる。


「諦めたくない……」


 ——こんなところで自分の最悪な人生を終わらせる訳にはいかない。


は変わって……認められて……強くならなきゃいけない!」


 これがデル・アドバンテージを言葉だ。

 今までのデル・アドバンテージと言う青年の思いであり、これからのデルと言う人間の原動力。


「だから、この戦いは何としても!」


 デルは思う。今は敵機に勝てなくても良い。でも、と。

 なぜか? そうすれば、リベンジできるからだ。

 冷酷な兵士に、トルムを破壊した仇に——


 そして、デルの願いに応じて助けが到来した。


『デル……いや、デルじゃないのか? ああもう、訳分かんねえ! で……でも、助けに来ましたぁ‼︎』


 通信画面に映る男——それはジェームズだった。


「なんで……」


 デルは飛び出るような目でモニターを凝視する。しかし、驚きはそれだけではない。


『はぁ? 本当にあのお嬢さんがデルなのか? まあいいや……デルでないとしてもレディが困っているなら助けるべきだ』

「ウェルト⁉︎」

『養育生には退却命令が出ていたがが戦っていると言われればなあ。これは一回拝まないといけないと思ったのさ』


 そう言いながら、親友はジスタートが射線上に重ならない位置からビームを撃ち放っていた。


『俺も忘れてもらっちゃ困るぜ!』


 ジェームズも同じようにライフルをΩ級X式に向ける。

 彼は、二人が話していた間に素早くウェルト機から逆方向に移動していた。

 敵機は左右からビームを受けてジスタートに近づけない。

 これが挟み撃ちするように動くアイリスのコンビネーション攻撃。そのうちの一つだ。


『デルから離れろォ‼︎』


 ジェームズが叫ぶ。


『デル、早く逃げろ!』


 ウェルトの声が荒ぶる。


「あ、ああ」


 ウェルトの声が呆気にとられているデルを現実へ引き戻した。

 Ω級X式を見ると、ウェルトとジェームズの攻撃に阻まれて一歩も動けていない。陽動は成功しているのだ。


『どうした? 俺たちの戦闘に惚れたか?』

「そんな訳ないだろ!」

『じゃあ逃げろ! ボーッとするなら逃げてからにしろ‼︎』

「うるせえなあ‼︎」


 軽口を叩いていると気持ちが楽になる。

 いつも通りに相手をしてくれるウェルト。デルは、それに対して心の中で感謝した。


『お前ら、戦闘中だぞ! 気を抜くな!』


 そこにジェームズの怒鳴り声が舞い込んで、二人の顔が凍る。

 ジェームズは既に接近戦を始めていて、パナセルソードでΩ級X式に斬りかかっていた。


 ——ジェームズ、無茶しやがって。せっかく逃げさせたのにな。


「すまない。お前ら、死ぬなよ」


 直後、ジスタートは宙に浮き、彼方へ消え去った。






  ◆  ◆  ◆







 結局、ジスタートは適当なアイリスの搬入口を見つけることで潜むことができた。


「終わったのか……?」


 ウェルトやジェームズは無事なのだろうか。

 デルは不安に駆られる。


 ——もし二人が死んだら、俺のせいだ。


 戦闘の終わりを今か今かと待っていると、しばらくして幾十もの人型兵器が東の空へ消えていく様子が見えた。


「あいつは⁉︎」


 シートから立つ勢いで敵機の中にアイリスを探す。


「いた……」


 Ω級X式が生存しているということはつまり——

 ますます二人の安否が気になって、デルは不安に苛まれる。


「あいつら、無事かあ⁉︎」


 声を上げてしまうほど焦燥に駆られる。


 その時、通信が繋がった。


『あー、あー。デル、無事か?』

「あれ、意外と簡単に確認できるもんだな」

『どうしたあ? 俺たちが死んでると思って、ギャーギャーわめいてたのか?』

「はあ? そんな訳ないだろ。馬鹿にするんじゃねーよ!」


 少女の出そうになっていた涙が引っ込んだ。

 結局、ウェルトは戦闘中も戦闘後もいつも通りのノリを保っていた。デルの調子が狂いそうになるくらいだ。笑ってしまう。


『まあ、敵も劣勢になったのが分かったんだろうな。急に撤退しやがったよ」

「そっか……」


 その言葉を最後に沈黙の時間が始まった。

 会話が途切れると現実へ引き戻される。不安な時はなおさらだ。

 二人は真顔に戻ってしまった。


「それにしても、俺たち生き延びられたんだな……」


 敵の脅威が消えることはない。

 むしろ今日、トルムは新たな脅威アイリスに出会ってしまった。

 トルムは三百年、十二年の時を越え「戦争」と向き合わなければいけない。そして、「外界」——未知の空間——と。

 それでも、デルには呟きたい言葉があった。


「ありがとう」

『ええ?』

「あれ、ジェームズも聞いてたのか」

『あれじゃねーよ。あれじゃ!』


 ジェームズのツッコミによって三人の顔に笑顔が戻る。


『もし君が本当にデルなら、その言葉ほど似合わない言葉はないよ』


 笑いながら呟くウェルト。

 デルはその軽口に言葉を繋ぐ。


「馬鹿にしているのかあ‼︎」


 放った言葉は負の印象を与えるが、反してその顔は満足そうに笑顔だった。


「だって、こんなに夜空がきれいなんだ。少しは感慨にふけっても良いじゃないか」


 心の中は、意外と爽やかな気分でいっぱいだったからだ。


『はは、気持ち悪』

「ウェルトォ! うっせえなあ‼︎」






  ◆  ◆  ◆






 二人と別れた後、デルはアドバンテージ家の格納庫に戻った。


「ったく……疲れたよ」


 帰って来てようやく脱力できた気がする。


「この髪もなんとかしないとなあ」


 起動時の“異常現象”で伸びた髪をはらいながらコクピットを開く。

 デルが顔を上げると、母と妹、執事が顔を覗かせていた。


「あれ、お待ちくださったのか」


 そう呟きながら彼らに顔を向ける。


「ん……?」


 しかし、様子がおかしい。


「どうかなさいましたか……?」


 不安になって問いかけてみる。何がおかしいのか、本当に自分では分からないからだ。

 すると、怯えた表情で妹——ソニアが声を発した。


「お、お兄様なのですか?」

「は、はあ? 何を……言っているんだ……?」

「だって、そのお姿……の方ですもの」

「え……?」


 月明かりの下、少女の人生が始まりを告げた。

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